黒の章 第二十二話 気付いてあげられなくてごめんね
「何、呼んだ? どっかいく?」
暫くして相馬につれられ、珠利が姿を見せた。
珠利はここ数日笑顔を絶やすことがなかった。
いつも誰よりもハキハキした声で、笑顔ばかりを美珠に向けてくれていた。
だからこそ美珠も笑みを浮かべた。
「ごめんね、珠利の話聞いてあげられてなかったね」
「ん? 何のこと?」
珠利は突然の言葉に見当もつかずただ首をかしげた。
「公演の次の日、お話を聞いてあげる約束だったもんね。ねえ、教えて、どんな楽しいことあったの?」
まるでねだるような美珠の言葉に珠利は言葉を詰まらせた。
やがていつものように笑みを浮かべると首を振った。
「何にも楽しくなかったよ。ぜ~んぜん」
(そうやって無理させた。自分のせいで、珠利の大切な話をさせなくしたのだ)
「ねえ、珠利」
「そのことで呼んだの? もう、もっと楽しい話がよかったよ」
「珠利、ねえ、ちゃんと」
「この話は、なし!」
話をきろうとする珠利に相馬は同調した。
「もういいんじゃない? 美珠様。ガサツ女もこう言ってるんだし。だって、どう考えたって、あんな国王騎士の問題児といたって楽しいわけあるもんか。おまけに珠利よりも弱いんだよ。全然合わないね。この二人」
「黙ってな、ヒヨコ! あんたにも爪の垢煎じて飲ましてやりたいよ。国友はすごく男らしいんだから」
「はいはい、だったら、ちゃんと話しなよ」
相馬はそう言って美珠の隣に座った。
そして美珠と同じように珠利を見上げた。
珠利は相馬に言わされたことに気がついて少しバツが悪そうに顔を背ける。
「ヒヨコよりは、って言う意味だから、もういいでしょ?」
「結婚するの?」
すぐに、とんでもないと言って、それから考えてもいなかった言葉に、突如珠利の顔は赤らんでゆく。
「え? 何で? そんなのしないよ。何でそんな話になるの?」
「だって、ねえ」
「ねえ」
美珠と相馬が言葉を濁していると珠利は笑うことすら忘れて声を荒げた。
「私は美珠様の護衛だよ? 私が一番に考えるべきは美珠様のこと、それ以外いらないの」
「珠利が一番に私のことを考えてくれてるのは嬉しい。でも、私、珠利には幸せになって欲しいの。もちろん、相馬ちゃんにも」
美珠は珠利の目を見て微笑んだ。
笑みは自然に出ていた。
「珠利は私のことを考えてくれたのよね。私があんなことになったから、好きな人よりも私のことを考えてくれたんでしょ? でも、私、珠利が幸せになってくれないと、私も何も幸せじゃないの」
珠利から一筋、涙が落ちた。
そして慌ててそれをぐいっと拭う。
「違う、違うんだ、美珠様。まだ、分らない。国友が好きなのか分らないんだ。確かに、一緒にいてとても楽しいし、ドキドキすることもあるんだよ。でも、まだ私にとっては美珠様が一番なんだ。美珠様のこと考えてたいし、美珠様で頭の中を一杯にしてたいんだ。だから無理なんてしてない」
「珠利……」
「悔しかった。私が浮かれてる間に、美珠様は沈みこんでた。浮かれてたからついててあげられなかった。こんなの私の仕事じゃないんだ。私にとったら、美珠様が一番なんだよ。聖斗さんにとっての教皇様みたいに、私には美珠様が一番なんだ」
美珠はもう何も言えなかった。
ただ珠利の想いがありがたくて、その言葉を胸に刻み込む。
それから珠利は自分の言葉が恥ずかしくなったのか、美珠の隣の相馬につめたい言葉をぶつけた。
「ま、ヒヨコは果てしなくべべに近いけどね」
「ヒヨコじゃない! 有能な執事だ!」
「は? 笑わせるね。この無能ヒヨコ」
「なんだと? この超ガサツ女!」
「やめて、ほら、二人とも!」
変わらない二人を見ていて安心できた。
自分は一人じゃない。
まだ、ここに私を愛してくれる人はいてくれる。
愛されている。