黒の章 第二十話 ちょっと嬉しいかも
あの絶望の夜から五日後の朝
美珠の下に一通の手紙が届いた。
「私に?」
「そう」
相馬に渡されて白い封筒の裏を見るとはじめて見る文字で知った名前が書かれていた。
思わず顔がほころぶ。
「祥伽から?」
「ええ、祥子様から王へあてた贈り物の中に入っておりました。祥子様の分厚い手紙にまるで飲み込まれるように」
国王の事務官は王のもとへと祥子の手紙を届けた。
確かに、手紙は分厚くなりすぎて巻物へと変貌していた。
「改まってどうしたのかしら、あの人」
美珠は手紙を開いてみた。
白いたった一枚の便箋は言い訳から始まっていた。
『別に、お前を喜ばせるためじゃない。ババアに言われたから書いてるだけだ』
まるでそばで聞いているかのように文字を目で追うだけで声が甦ってくる。
『特に用もないが、元気か? この前、秦奈国で見つけた。お前にやる』
すると隣から相馬が白い毛氈の小箱を取り出した。
「これ?」
「うん。祥子様の荷物に紛れ込んでた」
受け取って開いて見ると星の形をした薄く小さな銀細工のしおりが入っていた。
「え? で、お手紙これだけ?」
裏を読み返しても、どこにももう文字はない。
もう一度、文字に目を走らせて見る。
(もしかして、この前やかましく手紙を書けって言ったから書いてくれたのかしら。でも、それならちょっと嬉しいかも)
一方、父は難しい顔をして、まだまだ続く長い文章に目を走らせていた。
「祥子叔母様の贈り物はどんなものだったんですか?」
すると事務官は目録にざっと目を通して顔を持ち上げた。
「どうやら、今回は美珠様への贈り物がほとんどですよ」
「私?」
「ええ、ドレスの生地ですとか、あとは若い女の子が好みそうな装飾品」
「そんなに気に入ってもらえたのかしら」
美珠が怖気づくと、相馬が顔を突っ込み目録を眺めてゆく。
ざっとみただけでかなりの金額が使われている。
「随分、お気に入りみたいだね。光東さん、ちょっと見積もってみてよ」
「え~、できるかなあ」
頭を掻きながら、光東は頭の中のそろばんをはじいてゆく。
常人には及びも着かない速さで。
「うわ、この茶器なんて、超高級品ですよ、この香炉だって」
そして計算し終えてため息をついた。
「金貨二百枚で足りるかな? ってかんじですねえ」
「そんなに?」
あまり貨幣価値のわからない美珠でも流石にひいた。
「さあ、その裏にどんな思惑があるのやら」
遜頌の言葉に教皇も困ったように頷く。
一方、王はまだ手紙を読んでいた。
こころなしかさらに深く眉間に皺が刻まれている。
そしてやっとその巻物を読み上げたのか、けりをつけたのか、またもとの形状に戻すと、今度は教皇に手渡した。
ただその父の瞳はまっすぐ美珠を捕らえていた。
*
「あ、珠利さん」
待ち伏せしていたような国友をみて珠利は視線を反らした。
それを見て国友が珠利を覗き込むと、珠利はまた顔を別のほうへと持っていってしまう。
「どうか、しましたか?」
「別に、急ぐんだ。何か用?」
「あの、今晩、お食事いかがですか?」
「ごめん、仕事忙しくてさ、もう誘うのやめてもらえるかな」
即答だった。
まっすぐ射抜かれるように見られ、冷たい声でぴしゃりと言われ国友は言葉をなくして固まる。
「え?」
「迷惑なんだよね」
珠利はまた目を反らしてすぐに歩き出した。
すたすたと歩いてゆく珠利の態度に国友は暫くあっけに取られていたが、すぐに我に帰り駆け足で追いかける。
「ちょっと、待って! 珠利さん! どうしてそんなこというんです!」
腕を掴もうとすると、珠利はサッと移動し、その腕をねじりあげた。
「迷惑だって言ってるでしょ! これ以上付きまとうとボコるよ」
そして国友の背中を突き飛ばすと早足で歩いていった。
「珠利さん、どうして」
ポツンと取り残された国友は理解もできずその場に立ち尽くしていたが、どうしても納得できなくて別の場所へと足を向けた。
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久々の祥伽登場ですww(文字だけですけど)
一体、祥子様は何を考えておられるのか?