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黒の章 第十八話 闇夜に動く頭

 闇夜の中、頭が動いていた。

 その小さな頭は廊下を進むと、周りを探るように左右に動き庭へと突っ込んだ。

 そのままその奥にあるかなりの高さの柵へと駆け寄り、勢いをつけて登ると、向こう側へと見事に着地した。

 そして左右の道路へと視線をやってから、こっそり月明かりを頼りに地図を開く。

 赤い丸印が小さく書かれていた。

 王城からさほど離れてはいない場所に書き込まれた丸印。

 そして顔を上げて少女は走り出した。


          *


「やっぱり」


「追うぞ」


 聖斗と暗守は柵を超えた美珠の背を追いかけて、自分達も柵を越えた。

 きっと動くのだろうとふんで、見張っていて良かった。

 別に示し合わせたわけでもないが、暗守が廊下で様子を見ていると、隣にいつの間にか聖斗もいたのだ。

 そして二人で部屋を見張って間もなく、扉が開いて大きな瞳が外の様子を窺う。

 二人は死角になっていて見えないのか、姫は音もなく扉を閉めると兎に角走り出したのだ。

 宮の外へと向かって。

 そして今、美珠は王都の大通りを進んでいた。


「これだけ簡単に抜け出せるとなると対策も必要だな」


「確かに、美珠様はどこへ向かわれるのか。しかし、鎧なしでこの姿で歩くのも初めてだな」


「そうか? 別に気にならないが」


 暗守は銀の髪を簡単に一つにまとめ、そして適当な黒い服を羽織っていた。

 けれど少し銀色の髪は、往来の中で目を引いた。


「お前達は見慣れたから」


「それもお前の個性だろう」


 すると暗守は軽く笑って頷いた。


「そうだな。違いない」

 


 何度か方向を失い地図を開いていた美珠だったが、やがて大きな屋敷の前で立ち止まった。

  赤茶の煉瓦作りの巨大な家の前でウロウロしていた美珠は、人の流れが切れると、意を決したように塀をよじ登り中へと侵入した。

 後ろを歩いていた暗守は屋敷を見て声をあげた。


「ここは?」


「麓珠様の屋敷だ」


 聖斗の言葉に暗守は息を吐く。


「成る程、国明に会いにこられたのか。全く、あの姫様は、無茶をなさる」


「仕方ない、でも、話すことも必要だろう。今は待とうか」



 美珠は見事に整えられた庭の薄暗闇の中から、家の様子を探って徘徊していた。

 光の差す窓を見つけては中を窺い、ある人を探した。


 程なくして目当ての人物を見つけた。

 目当ての人物は庭の椅子に座って、ぼんやりと前に広がる暗闇に目をやっていた。

 美珠はどう声をかけてよいかわからなかった。

 突然怒鳴って、殴りつけるのがいいのか、泣きながら抱きついて捨てないでと叫ぶのがよいのか。

 けれど結局、声もかけず、ただ歩み寄った。

 草を踏む人の気配に国明が顔を上げる。

 そして息を呑んだ。

 もう何度も、何度も見つめあった瞳が絡み合う。

 いつも見つめあうと幸せな気持ちになった瞳は、今日は辛いだけだった。

 美珠はすぐに視線を反らすと居心地悪そうに自分の左腕を痛いほど握った。

 手が妙に汗ばんでいた。

 

「ごめんなさい。勝手に入ったわ」


 美珠が様子を窺っていると、国明は唇を噛んでゆっくり問いかけた。


「いいえ。どうなさいました」


「ちゃんと二人で話がしたくて」


 すると国明は静かに頷いた。

 そして目で開いている椅子を勧める。

 けれど美珠は隣には座れなかった。

 かなりの距離を保ったまま、建物の様子を見て声を出した。


「ここにレイナと子供が住んでるの?」


「いいえ、別の場所を借りています。私も白亜の宮を出てそこへ行くつもりです」


(本当に、もう終わっちゃうの?)


 その言葉に涙が毀れそうになったが、泣くよりも聞くことがあった。


「はぐらかさないで教えて。私のこと本当に」


 声がかすれた。

 視界が涙で一杯になってゆく。

 けれど美珠は必死にそれを拭うと前を向いた。


「私のこと、本当に好きでいてくれたのなら」


 国明はしっかり頷くと美珠へと向いた。

 美珠は自分の心をえぐると分かってながらも、本当のことを知るために質問を始めた。

 

「いつ子供がいるって分ったの?」


「一週間くらい前、突然手紙が届きました。そしてそこに子供と帰る旨が書かれていました」


「本当に父親は貴方なの?」


「さあ。確証はありません。けれど彼女は俺だと言いました。確かに俺は彼女と昔そういう行為をしましたから、違うとも言い切れませんし」


「そんな適当なこと!」


(じゃあ、国明さんの子供だって分からないじゃない! だったら知らないふりをすればいいのに!)


 その想いが国明にも伝わったのかもしれない。


「じゃあ、どうしろというんです? 子供の前で俺はお前の父親じゃないと言い張るんですか? お父さんと呼んでくる子供の手を振り払うんですか」


「でも」


 すると国明は静かに首を振った。


「国明があるのは彼女のお陰なんです。十五のあの一時期、俺は彼女と一緒に暮らして彼女に心を救ってもらった。それは事実なんですよ」


「何があったの?」


 国明は何一つ隠さず美珠に話すことに決めたようだった。 


「珠以を捨てたすぐ後です。貴方やあいつらと引き離されて、剣すらもつことができなくなって、俺はそんな現実を見たくなくて家に寄り付かなくなりました。毎晩、浴びるくらい酒を飲んで、見も知らない生意気そうなやつらに喧嘩を吹っかけてるような毎日でした」


 今まで知らなかった過去を聞いて目を見開く美珠の隣で、国明は静かな顔で言葉を吐いた。


「あの日も酒に潰れて地面に転がっていたんです。別に生きることになんの執着もしてなかったから。……そして彼女、玲那に会った。当時、酒場で歌を歌っていた彼女に。まるで捨て犬みたいに拾われて、そのまま彼女の家に居つくようになりました。彼女も自分の身の上は話さなかったし、自分も話さなくて良かったし、全て投げ出すにはいい環境でした」


 全然知らない国明の一面に美珠は面食らっていた。


(そんなこと知らない。国明さんは珠以と変わらないさわやかな人で、間違ったことなんて絶対しない人だった)


「別にもうどうでも良かった。働くこともせず、彼女にただ、たかって生きてたんですよ。そして何度も体の関係を持った。そんな中で子供ができたって不思議じゃないでしょう」


 美珠は信じられない事実にただ耳を傾けた。

 珠以から国明へと変化した男の全てを知る為。

 責める気持ちはどこかになりを潜めていた。


「でも彼女はある日、狭い家を出て行った。歌をお忍びの北晋国の要人に気に入られて。狭いアパートで犬みたいに待ってる俺のケツをひっぱたいて笑って出て行ったんです。『逃げる人生は終わりにする』って笑って」


(逃げる? 何から?)


「俺は逃げてるつもりなんてなかった。ただ疲れただけだって、もう充分やったんだって、はじめはそう自分の中で結論付けてた。でも、その言葉がすごく引っかかって、彼女のいない部屋で散々考えました」


「答えは?」


「やっぱり、逃げてたんですよ。本当の自分を失った恐怖から。貴方に二度とわかってもらえないかもしれない恐怖から。信じるものも何もない、守るものも何もない、そんな世界から。でも、最後に見た彼女のすがすがしい笑顔のお陰で、作ろうって思ったんです。明という人間を作って、絶対貴方ともう一度出会おうって。分かってもらえなくても、知ってもらえばいいって……彼女はそんな勇気を俺にくれた人なんです」


 美珠は何も言い返せなくてただ足をぶらつかせた。

 絶望の底にいた珠以を立ち直らせたという女。

 その女がいたから、また自分達は巡りあえたのだ。


「暫く私、貴方の幸せなんか祈らないわ」


 国明はただ美珠を見ていた。

 いつものような優しい瞳で。

 目が合うと美珠はどうしても堪えきれず国明に抱きついた。

 きっともう二度と自分のものにならない強い腕を。


「それで構いません」


 国明も美珠のことを抱きしめ返した。

 いつものように優しさをこめて。


「私、恋人なんてもう作らない。どこかから養子でもとって、その子に後を継がせる」


「いいえ、貴方はまた誰かに愛されて、人を愛せるようになる」


「珠以と国明さん以外に好きになる人なんてもう現われない」


「いいえ、貴方を見てくれる男を貴方は愛するようになる」


 美珠は何度も何度も首を振った。


「もう、恋愛なんかしない。裏切られたくないから、絶対嫌。国明さんのことだって絶対に許さない。一生恨んでやる。……でも、ちゃんと仕事はするわ。無視したりイジワルしたりはしない」


「団長を辞めることだって覚悟しています。姫を、大切な貴方を悲しませたんだ。どんな罰でも受けるつもりです」


 美珠は最後は泣かなかった。

 絶対泣かないと心に決めた。

 そして腕から出ると、まっすぐ国明を見て言葉をつむいだ。


「……さよなら」


こんばんは~^^


黒の章も半分経過いたしました。

やっぱり、姫様は納得できてないです。

そりゃあ、納得できないよね。


では、では

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