紅の章 第十五話 二人でデート
王城から馬車で五分のところにある国立音楽劇場は築二百八十年という国の遺産の一つだった。
改築はされているものの中も当時の建築様式を残し、柱には当時の国王と、その家臣が掘られていた。
夏の一日にだけ、正午になると太陽が石像の王の額にはめられた巨大な一枚の鏡に反射し、神々しい光が王城に届く。
それは美珠の幼い頃の楽しみの一つだった。
ちょうどその日に雨が降ると父に晴れるようにしてくれと頼んだことを今更ながらに思い出した。
感慨深げに見上げていると人々が自分を呼ぶ声に気づかされた。
教皇がこられずとも、民は美珠が来るということに喜んでいた。
殆どのものが名前だけは知っている美珠という存在。
そしてその現物に拝めるのだ。
美珠が手を振ると、民はさらに歓声を上げ、大人子供入り乱れしきりに手を振った。
「国明様〜。」
そして例のごとく国明の歓声も聞こえた。
そして追っかけ達はいつもと違う燕尾服姿の国明に悲鳴を上げてその場に倒れこんだ。
建物に入ると、関係者が美珠を特別席へと招いてゆく。
美珠はいつもより近くにいる国明に声をかけた。
「国明さんには熱狂的信者がいるみたいですね。」
「ええ、どこで調べてくるんでしょうね。あれ。」
会場でも観客が美珠が姿を見て大きな歓声を上げた。
皆立ち上がり好奇の目と拍手で美珠を迎える。
美珠もそれを手を振って返すと王と教皇の席の隣に作られた貴賓席に着いた。
椅子に腰掛けても、まだ人々の目はこちらにある。
どこか居心地が悪かった。
気を反らそうと隣に立っているはずの国明を見ると、部下たちに指さし何か指示していた。
(一緒もここまで・・・ですか。)
(やはり騎士と王女、この距離が公式の場での限界ですか。)
悲しげに見上げていると、指示を終えた国明は微笑み隣に腰掛けた。
(え?)
「国明さん?」
「はい?」
「はいじゃなくて。」
「何ですか?」
「隣に・・・座っていいの?」
「今日は教皇様と陛下からお許しをいただいてまいりました。」
「お父様とお母様が?」
「ええ。最近私が仕事にかまけてあなたと話も満足にできなかったの で今日は二人で思う存分語ってこいとおっしゃっていただきました。」
「国明さん。」
父と母に深く頭を下げて感謝したい気持ちになった。
「さあ、始まります。」
国明は話すのをやめたが、暗くなり、人々の視線も前の舞台へと向くと美珠の手を握った。その手には篭手も手袋もはめられていない、直の彼の手だった。
美珠は顔を赤らめて気持ちを込めてその手を握った。
(大好き。)
「はあ、素敵な音楽会でしたね。」
「ええ。」
国明は廊下を歩きながら美珠に優しく微笑んでいた。
「お疲れ様、じゃあ、こっち二人とも。」
「相馬ちゃん!」
一室から顔を出したのはついてきていないと聞かされていた相馬だった。
その他にも部屋の中には美珠の侍女たちがいた。
「あれ、二人ともどうしたの?」
「美珠様、これがお似合いになると良いのですが。」
それは民がきる平服だった。
黄色く染められた地味な木綿のワンピース。
「相馬、これは?」
国明も声を上げた。
聞かされていなかったのだろう。
「ん?城には僕たちが影武者のふりして帰るから、二人は町にいる恋人みたいに街を楽しんでおいでよ。」
「相馬!」
「言っとくけど、これ、国王と教皇命令だから。」