黒の章 第六話 どうしてか一人
「まさか、本当にここまで馬鹿姫だったなんて。俺達乳兄弟だよ、なのにさ、なんだよ、なんだよ……」
その夜相馬が美珠の部屋で床に倒れながら散々、呻いていた。
美珠は珠利の服を仕上げてしまいたかったけれど、さすがに相馬の前でやると怒られそうな気がして、後ろに隠したまま、相馬の機嫌を取っていた。
「でも、お相手も本気みたいだから。こればっかりは仕方ないわよ」
「何! 相手聞いたの? どこのどいつ!」
「え? 相馬ちゃん、見つけられなかったの? 有能なのに? 見つけるまで帰ってこないって言ってたのに?」
「ムキ~! 馬鹿にしてるだろう」
美珠の言葉に相馬は髪をかきむしって、床を叩いた。
「どんな奴だよ? 年上なんだろ? 何してる人? 騎士? 役職にはついてるんだろうね」
「年下みたいよ。ほら、あの前に国王騎士団の竜舎掃除してた」
相馬はその人物に思い当たったのだろう、暫く思案しているのか、回路が停止したのか目と口をこれ以上ない程開けていた。
けれどピクリと体が揺れて、我に帰ると今度は美珠へ怒鳴った。
「国王騎士団の問題児じゃないか! あ~もう、人助けなんてしないで、俺が初音と行けばよかった。そしたら珠利を監視できるのに!」
「相馬ちゃん、とりあえず落ち着いて!」
「落ち着いてられるか~! 俺、行くから! 入れなくてもつけるから。どこで何したとか、何食べたとか調べてやる!」
「相馬ちゃん、ねえ、それは趣味が悪いよ」
「うるさい! この馬鹿姫がぁ」
相馬は主を罵った上で、部屋を出て行ってしまった。
取り残された美珠は部屋で一人、ぼんやりと椅子に座って息を吐く。
妙に一人だった。
母も帰ってきて、団長も皆揃っているのに、どうしてか一人だった。
*
日曜日の朝、いつものように申し送りをしていた。
昨日から休みを取っている国明以外の団長が部屋に集い、本日の王族の予定を確認しあう。
まず、国王の側近が予定を読み上げた。
「では、陛下には午前中ひたすら判を押していただいた後、教皇様、美珠様とともに、白亜の宮でお過ごしになるということで。教会騎士の方々、よろしくお願いいたします」
「あれ?」
光東の不思議そうな声に国王は口の端を持ち上げる。
まるで掛かった獲物を見つけたときのように。
「国王様、今日は一日、王城に籠もられて判を押す日では?」
「それが父が母と一緒にいたいと言い出したもので。今日は三人で過ごすことに決めたんです。わがままですいませんねえ」
割り込んだ美珠の言葉に頷いた光東は国王の側近に声をかけた。
「でしたら、私も警備に加えて下さい」
けれど王の側近は首を振って、手元に持っていた紙を読み上げた。
「いいえ。光騎士団長には行って頂くところがあります。王の名代として」
「あ、はい」
すると王は懐からやたら豪奢な封筒を取り出し、光東に手渡した。
どんな手紙が入っているのかと思うような金箔の貼られた立派な封筒。
そして裏には王の自筆のサインまで書かれていた。
「これを十七時半に東和商会にお持ち下さい」
「うちに……ですか?」
少し緊張した面持ちで受け取った光東は王へ救いを求めるような目をした。
すると国王の側近は続けた。
「はい、国王からの密書となります。騎士の格好ではなく、東和商会の息子としての格好で家にお戻りいただきたいのです」
「陛下、父がなにかいたしましたか?」
すると王は黙れと言いたげな目を向けて光東を下がらせた。
光東は持たされているものを不審がったが、結局、主の言葉に抗うわけもなく、顔を戻して、申し送りに耳を傾けた。
「教皇様におかれましては、午前中は新任の司教、司祭の任命式がございまして、午後は先日ありました陳情の聞き取りをお願いいたします」
教皇の側近、遜頌の言葉に教皇が頷くと、相馬の番になったが、相馬は口を尖らせていた。
遜頌が咳払いをしながら、相馬を促すと相馬は嫌々ため息混じりにはき捨てる。
「姫様は~、兎に角じっとしててよ~」
「え? 何かお仕事はないの?」
「べっつに~? 珠利も俺も出かけるし、なあんにもないよ、迷惑かけないようにじっとしてといて」
相馬は隣に立つどこかうわの空の珠利に舌打ちして、力を込めてファイルを閉じた。
この数日、相馬も珠利のことで上の空で、美珠にとって仕事の無い日が続いていた。
今になって、相馬がどれだけ美珠に向いた仕事を集めてくれていたのか、そのありがたさが分った。
すると気の毒に思ったのか、遜頌が一つ、提案をしてくれた。
「でしたら司教の任命式に一緒に参加なさいますか? 皆も喜びますし」
「ええ! 是非」
美珠は諸手をあげてやっとまわってきた仕事に歓声をあげた。
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しかし、相馬ちゃん、君、有能なんですか?