緑の章 第十七話 勝つことのできなかった親子
城を出て四日目の夕方、見慣れた城が聳え立つ王都の前に着いた。
街道から王都の門へと一歩踏み入れるともうそこはこの大陸最大の街。
喧騒と埃っぽさと華やぎのある巨大な都市。
「やっと、ついたあ!」
珠利が声を上げて荷物を振り回すと、運悪くぶつかり、相馬が悲鳴を上げて前へと倒れこむ。
「なにすんだ! このガサツ女!」
「ああ、ごめん、ごめん。さ、美珠様、かえろ~」
珠利の暢気な声にしっかり頷き返し、王城へと美珠は目を向ける。
夕日に照らされた王城は、黄金に輝いていた。
この国の威厳を見せるけるように。
けれど美珠は今回この国の闇の部分に触れてきた。
(聖斗さんの村とはまったく違う。空間。でも、あの村のことは絶対わすれちゃいけない)
そう誓う美珠の隣を歩いていた聖斗は、ある店に目を留めて、それから足も止めた。
少し顔を緩め、帰ろうとしていたものたちの足も止める。
「そうだ、城にいるやつらにお土産を買って帰りましょうか」
「お土産?」
「ええ、おいしいお菓子があるんですよ、行きましょう」
聖斗は大通りに面したちんまりとした菓子屋へと慣れたように入ってゆく。
あわててそれを追う美珠が足を踏み入れると、店の中はバニラと苺とミルクの匂いで溢れていた。
「はうう、この匂い、たまらない」
美珠が正面のケースに張り付いて置かれたお菓子を眺めていると、聖斗を見つけて中肉中背の店主がわざわざ奥から現われた。
「珍しい、人と一緒とは、彼女かい? 可愛いね」
そんな店主の言葉に聖斗は少し顔を崩して首を振ってから、慣れたように苺の乗ったお菓子を十個注文した。
白亜の宮に着くと、門番の当番にあたっていた教会騎士達が丁寧に団長を迎えた。
聖斗はそんな騎士達を労うこともなく、厳しい顔で頷くと足を踏み入れる。
手には甘いお菓子を持ったまま。
王の私室へと向かうと、中ではチェスに興じる父と光東。
それを眺めている国明。
「ただいま帰りました」
美珠は挨拶をすると外套を脱いで、何よりもまず二人の騎士団長に問いかけた。
「お父様の浮気は大丈夫でしたか?」
「我ら二人で寝ずの番をいたしましたし、大丈夫です」
顔を見合わせ笑う光東と国明。
困ったように頭を掻く国王。
そして国明が今度は美珠に問いかけた。
「美珠様、今回は無茶はなさいませんでしたか?」
「ええ、危険なんてそうそう落ちてるものでもありませんし。今回は大丈夫です」
美珠は自慢げに胸を叩いて父の隣に座った。
そして聖斗が今回の行動の終止符を打つように、一礼して父の前に先ほどの土産のお菓子を置くと、父の頬は緩まってゆく。
包みを開けずとも、もう中に入っているものは何かわかっているようだった。
そして遠慮なく王の手が白い紙包みへと伸びてゆき、すぐに姿を現したものは苺ののった焼き菓子。
パイ生地の中にカスタードを入れて、上に苺を一個のせたもの。
「教皇様が一番お好きなお菓子です」
聖斗に手渡され、美珠も眺めてみたが、それが母の好きな菓子だということは今まで、知らなかった。
「これを? 母が?」
「ええ、結婚前に教皇様のもとに忍んでいらした国王様が持参されたお菓子です。その時、私も頂きましたが、それ以来教皇様の最も好まれるお菓子になりました」
王はその説明を最後まで聞かず、ただかぶりついて目じりを下げた。
妙に自慢げな顔で。
美珠もかぶりついた。
父のように目じりを下げた娘を見て、聖斗は柄にもなく噴出すと、自分もかぶりついて結局、自分が勝つことのできなかった親子をただ眺めていた。
お待たせいたしました。
なんとか、更新できました!
今回、国明はちょい役ですね。
まあ、こんな時もあるかな・・・
緑の章は残すところあと一話。
次に控えるのは黒の章。
名前のとおり、どす黒い話です。