緑の章 第十三話 この腕で守るから
庭には何故か木の上に三人の子供。
珠以、美珠、相馬。
そして先程まで座っていた少女がそっちへと歩いていっていた。
まだ状況が把握できないまま、それでも泣き叫ぶ子供を救うため慌てて駆け寄ろうとした麓珠を制したのはマーマだった。
長身痩躯の麓珠の体を制止し、ゆっくりと歩いてゆく子供の様子を窺う。
麓珠にかけた声もまるで子供にかけるような優しい声音だった。
『少し待ってください。ね?』
その間にも、木の上で相馬が激しく泣き喚き、美珠がその声に驚いてすすり泣いていた。
麓珠が一呼吸して様子を窺うと、どうやらいたずら盛りの珠以について、年少二人、木登りしたはいいが、降りられなくなり恐怖しているようだった。
可愛い息子、珠以の諭すような声が麓珠の耳に入ってくる。
『泣くなよ。相馬、先に美珠様を降ろしたらすぐに迎えにくるから』
『いやああ!』
相馬は一人置いておかれると知り、激しく泣き喚き、美珠も
『相馬ちゃんと一緒じゃなきゃやだあ』
と珠以にしがみついて泣き叫んでいた。
麓珠がなんてことなかったと安心して、助けに向かうべく駆けようとしたときだった。
木の下までやってきた髪を縛った少女がゆっくり手を伸ばした。
けれどそのまま何一つ言葉を発することはない。
珠以もその少女に気がついてはいたが、まったく見も知らない子供を相手にすることはなかった。
珠以に無視されて、少女はまず蚊の泣くような声で何かを言った。
けれどそれは誰にも認識されず、また無視される形になった。
すると今度は声を張り上げた。
『私がちゃんと受け止める』
すぐに珠以はその申し出に首を振った。
『駄目だ。この方は大切な』
『絶対、受け止めるから! 信じて!』
珠以と少女は暫く見合っていたが、やがて珠以は相馬に声をかけた。
『飛び降りたら、あいつが受け止めてくれる』
『いやあああ! こわいいい!』
ヒヨコでしかない相馬は泣き叫んで珠以の腕に自分の腕を絡ませる。
すると先に行動したのは美珠だった。
自分にいいきかせるように一度頷くと、珠以の手からするりと抜けた。
『美珠様!』
美珠は地面へと落ちてゆく恐怖を見ないように固く瞼を閉じて、木を蹴り少女へと飛んだ。
それを見て少女も目一杯手を伸ばし、そして体全てで美珠を受け止め、衝撃を受けてしりもちをついた。
珠以はその後、相馬を抱えて飛び降りて着地すると美珠に駆け寄った。
『お怪我は?』
すると美珠は大きな瞳を少女へと向けて、少女の腕の中でにこっと笑った。
『あ~がとう』
美珠の手はしっかり少女の服を掴んでいたし、少女の手も美珠の手を掴んでいた。
少女は暫く美珠の瞳を見ていたが、やがて嬉しそうに目がなくなるほどの笑顔を見せて、声を上げた。
『どういたしまして!』
『あの子を引き取りましょう』
麓珠の隣でマーマは静かに頷いた。
『ええ、あの子があんな顔するなんて、家族に見えたのかもしれませんね。美珠様が』
麓珠は息子たちが輪になところへと歩いてゆくと、少女の前に屈んだ。
少女は大人の存在に少し、怯えたが、美珠と握った手に力を込めるとぐっと、見返した。
『お嬢ちゃん、名前は?』
『利』
『じゃあ、君に特別な名前をあげよう』
『特別?』
『そう。うちの可愛い息子と同じ、宝石という意味を込めた珠という字を。君は今日から珠利だ。可愛い息子と共に、この親友に似たかわいいお嬢様を守るために強くならないか?』
すると利という少女はもう一度美珠の大きな瞳へと視線を向けた。
嬉しそうな美珠の瞳がそこにはあった。
利と言う少女の中で何かに火がついてゆく。
愛らしい瞳を見ているだけでまるで心が温かくなっていった。
初めてその瞳を守りたいと思った。
『なる』
美珠は理解できないのか少し麓珠を見て首をかしげたが、また少女と目が会ってうれしそうに微笑んだ。
『よし、珠以。今日からこの子をうちで面倒をみる。きっとお前のほうが年上だろうから面倒をみてやれ、美珠様にとってははじめての女の子のお付きだ。きっとお前のいい片腕になってくれるさ』
『はい。父上』
『なんていい返事なんだ。珠以。さすが我が子。なんと利発で愛らしい』
親ばかが息子に頬ずりしている間、珠利は美珠の手を握って立ち上がった。美珠もしっかり珠利の手を握り返す。
『おねえちゃん、これからいっしょ?』
『うん、よろしくね。これから、何があっても私がこの腕で守るから』
その日の空はとても高くて、そして青かった。
やっと週末、皆様いかがお過ごしですか?
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さてと、前回、今回と美珠と珠利の出逢いをお届けしました。
命を懸けた何かがあるわけでもなく
どこにでもあるような出逢い。
けれどこの二人の姉妹のような
主従関係の端緒を見ていただければ……
と、思いました。
では、失礼いたします^^