緑の章 第十一話 マーマガーデン
これ以上、朝の極上の音楽はないというほど、美しい鳥のさえずりを聞きつつ、緑の街道を歩くという、美珠にとってはこの上ない旅になる。
……はずだった。
(兄妹かもしれないなんて)
けれどそう意識してしまって結局ろくに眠ることもできず、そして珠利にも聖斗にも目を向けられなかった。
相馬を横に伴ったまま、後ろを歩く珠利と聖斗の気配へと意識を向ける。
気配一つにでも、何か共通のものがないかと探りつつ。
しかし、もともと精神を御することが最も得意な聖斗が何か美珠に弱みや付けいる隙を与えてくれることはなかった。
昼前になって、珠利が見えてきた建物に声を上げた。
「あ、あれ! マーマガーデンだ!」
「え? 何?」
美珠は後ろから前へと強制的に意識をもっていかされた。
目の前には煉瓦と鉄の長い柵。
生い茂った木の隙間から覗く、歩くごとに姿を現し始める大きな煉瓦造りの建物。
少し早歩きで近寄って、柵から覗いていてみる。
中では子供達が元気に駆け回っていた。
(珠利もここにいたのね。ここで育ったのね)
目をチラリと向けると珠利は懐かしそうに目を細めて子供達を見守っていた。
そして美珠の視線に気付くと、笑みを向けた。
「ここはマーマガーデン、だいぶ前の光騎士団長の奥さんが、離婚した際に夫からもらった慰謝料と自宅を使って建てた孤児院だよ」
「慰謝料で?」
すると珠利は楽しそうに頷いた。
「そう、ぶん取ったんだってさ。孤児院になってからは国の援助もあったらしくてさあ、時々、王様や麓珠様、数馬将軍が来てくれてたんだよ。三人の剣の師匠はぶん取られた光騎士団長だったからね。実は、その団長に泣きつかれて王様達はちょくちょくマーマ先生の様子を見に来てたらしいよ」
「すごい人ね、マーマ先生って」
「うん、とても素敵な方だよ」
珠利は笑顔を見せたまま再び建物へと目を遣る。
美珠も孤児たちへと目を向けた。
ヨチヨチ歩きの子供から、十を超えた子供たちまでが芝生の上を駆け回っていた。
「おや、どうされました?」
美珠一行に声をかけたのは老齢の女性だった。
白いベールから少し覗いたグレーの髪。
丸っこい優しそうな瞳。
そしてその両隣には子供が二人ジョウロを持って立っていた。
珠利はそんな女性を見て、一瞬言葉をなくしてから、すぐに嬉しそうに声をあげた。
「マーマ先生! おひさしぶりです! 私のこと覚えてますか?」
すると女性は一度瞬きした後、すぐ珠利に手を開けた。
「まあ、利ちゃん。こんなに大きくなって」
「先生! お元気そうで」
珠利とその女性は暫く抱き合っていたが、やがて女性の方が美珠たちへと目を向けた。
「ああ、先生。私ね、今、国におつかえしてるんだ」
すると女性は嬉しそうに頷いて、中へと導いた。
あまりに嬉しそうな顔を珠利がしているので、美珠たちも邪魔をしてはいけないような気がして、黙って中へと足を進める。
中では絵を描いていた子供達が不思議そうに美珠たちを見ていた。
美珠は何かお土産でもないかと思案して、鞄から街道沿いで買った飴を取り出して子供達の手に乗せてみる。
すると子供達はちゃんとお礼を言って走っていったり、そのまま客である美珠に視線を送ったりと、各々自由に行動をはじめた。
そのまま美珠たちは中の食堂に通されて、妙に長い椅子に腰掛けた。
「わ、懐かしいこの椅子。この椅子にね、皆座ってご飯食べるんだよ」
「こんなに沢山? 今、何人ぐらいいらっしゃるんですか?」
「子供は三十人ですよ。国の援助で、やっています」
美珠の言葉にマーマ先生は丁寧に答えて、少し美珠と相馬を見てからまた珠利へと目を向けた。
「ねえ、利ちゃん、この方たち、貴方が引き取られるときに来てくれた子かしら?」
「ああ、うん。その背の高いむっつりさんは違うけど。この可愛い女の子と、ヒヨコはそうなんだ」
「まあ、皆大きくなったのね」
老女は目を細めて、庭の樫の木に目を遣った。
「なつかしいわね」
「うん」
二人が目を細める隣で美珠は、例のごとくウズウズしてマーマ先生に声をかけた。
「私と、珠利ってどうして知り合ったんですか?」
美珠の質問にマーマ先生は口に笑みを湛えて目を閉じた。
こんばんは。
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早いもので、もう二月も終わり、
私、二月は一体何をしていたのかしら?
さてと、今日は珠利のルーツが少し顔を覗かせましたね。
次回は美珠と珠利の出会いをお送りいたします!