緑の章 第六話 信じられない誘い
次の朝、高い青空の中、父と共に母を白亜の宮の外まで見送りに出た。
真っ白い法衣を纏った魔法騎士、漆黒の暗黒騎士を引き連れ、白い馬車にのる母は本当に高潔なものに見えた。
「お母様、ご無理なさらないで」
「ええ、ありがとう美珠、貴方も無理しては駄目よ」
馬車の窓から身を乗り出し、娘の頬を撫でていた教皇をそばにいた国王は突然抱きしめる。
人前で抱きしめられて少し困惑した教皇だったが、ゆっくり瞳を閉じて一度頷いた。
「ちゃんと待っていてくださいね」
国王は出せない声のかわりに深く頷くと、右手を伸ばして美珠までひっくるめて抱きしめた。
「では、行ってきます」
美珠は母の馬車が見えなくなるまで父とその場で手を振り続けた。
その後、美珠は静かに自室で麓珠につけてもらった家庭教師から勉強を教わっていた。
家庭教師は政治、経済、軍事、財務 法務、多岐にわたりそれを三人の官僚が週に二回ずつ合計六回、一日三時間教えに来ていた。
今日の先生は、人事を司る吏部から来たその部署では一目置かれているという四十代の男。
そして彼が部屋へ来て、三時間後、侍女がお茶を静かに置く。
それが勉強の時間が終わったという合図だった。
官吏に特別丁寧にお茶を置いた城づとめ半年の千佳という侍女は男に微笑み、男もまんざら悪くなさそうな顔で返す。
(絶対、この二人つきあってるんだわ)
美珠の目が鋭く光る。
(だって、他の先生にはこんなに丁寧じゃないもの、この子)
まるで主婦のような視線で二人を見ていた美珠の下に、新たに男が現れた。
彼のほうから、美珠の元へ足を運んでくれるのは初めてだった。
だから、美珠は少し焦った。
(何か、私いたしましたかー?)
「よろしいですか?」
「聖斗さん! こんな時間に一体、どうなさいました?」
「少し、お話が」
チラリと冷たい目をして聖斗が部屋にいた官吏を一瞥すると、官吏はその視線に気がつき腰を上げた。
美珠もその様子に気がついて、侍女を下がらせることにした。
「千佳、貴方も少し下がっていて頂戴」
すると、その声に千佳は嬉しそうに頷き、官吏を追うために部屋から飛び出ていった。
官吏が出て行った後、美珠は聖斗へと目を向けた。
表情から全く何も悟らせてくれないこの男。
美珠は恐々言葉を待った。
すると、
「明日朝、故郷へ帰ろうと思います」
「そうですか」
「もしよろしければ私と共に来てくださいませんか? 姫の護衛二人とご一緒に」
「え? 相馬ちゃんと珠利ってことですか?」
すると聖斗は静かに顎を引いた。
(な、なんですかそのお誘い!)
「教皇様はここにいるように命じられましたが、折角の機会です。一度、街道を歩いてみませんか? 今回は私も同行いたしますし、もし美珠様が一緒に行ってくださるのなら国王様に私からお願いしてみようと思うのです」
(行く! 行く!)
美珠は心の中で飛び跳ねたが、頑張って顔は平静を装った。
「ちょっと、父に聞いてきます。あ、もちろん私は行きたいですし。父の返事が出次第、すぐにお伝えにあがります」
「分りました」
美珠は廊下をかけて父の元へと行く。
まさか聖斗から誘われるとは思ってもいなかった。
(聖斗さんの生まれ故郷。絶対にお父様に頷かせるんだから! いざ!)
こんにちは!
さてと、まさかまさかの、聖斗さんからのお誘い。
一体、どういうことに?