表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/171

緑の章 第四話 熊のぬいぐるみ

 暗守の部屋の隣にある聖斗の部屋。

 その扉を叩くと許可する声が聞こえた。

「いいですか?」

 美珠が顔を出すと、少し驚いたように聖斗は顔を上げた。

「どうなさいました? 何か?」

「あの、ちょっとだけお話があって」

「どうぞ」

 中に入ると剣が五本飾ってある。

 それ以外、飾ってあるものといえば、小さな棚の上においてある汚れたぬいぐるみと一輪の花だけだった。

 それがこの部屋の中で異質だった。

 そのほか、何もかもが押入れにでも入れられているのか、もともと持ち物が少ないのか本も服も、生活用品は何も目に付かない。

 部屋自体、男臭さもない。

 かといって教会のように香の匂いがするでもない、全てが無機質な空間だった。

(すごく性格が出てらっしゃる気がします。でも、)

 武人の聖斗が剣を飾るのは理解できても、熊の意味が分からなかった。


 そんな中、珠利がそれに駆け寄った。

「熊吉だ~。わ~なんかすっごい懐かしい」

 聖斗は鋭い瞳を珠利へと向ける。

 けれど美珠は気がつくこともなく、熊へと寄ってみた。

「熊吉? 珠利なにそれ?」

「え? あ、昔これと同じので遊んでたんだ。うちの家はこれは熊吉って名前のぬいぐるみだったんだ」

「大量に作られた安物だったんだろう」

 そんな抑揚のない聖斗の声に珠利と美珠は振り向いた。

「ここにあるってことは聖斗さんの家にもこれが?」

「ええ。それが家族の唯一の形見です。両親は死んでますので」

 静かな声音で言われた途端、前においてある花の意味が分かった。

 供えてあったのだ。

 これは聖斗の両親の家族の祭壇なのだ。

「はしゃいでごめんなさい」

「ごめん。気安く触ってさ」

 美珠と珠利が頭を下げると聖斗は首を振って、美珠へと目を向ける。

「で? ご用件は?」

「あ、あのお休みを取られると聞いて。何かあったのかなって」

 すると聖斗はもう一度熊のぬいぐるみを見つめた。

 それから数秒、美珠と珠利は居心地の悪い空間で目を合わせてどうするかを思案していた。

 結局答えは、予想通り冷たい回答だった。

「何もありません」

「でも、今までずっとお母様のお供をしてくださったのに」

「ええ、今までは何かあったからですよ」

「え?」

 聞き返した美珠に聖斗は目を向けた。

 けれど聖斗はそれ以上言うことなく、立ち上がって窓の外を見つめた。

 ガラスに反射した聖斗の顔はどこか穏やかだった。

「何かあったから、おそばを離れられなかった。けれど今は違います。何もないんです」

(お母様との関係、ですか?)

 更に追求するのは珠利がいたことでやめておいた。

「今回、魔央と暗守が行くのであれば私が無理についてゆかなくてもいいでしょう」

 窓の外からは教会が見える。

 いつも教皇が祈りを捧げる教会が。

 そこに主の存在がなくても聖斗の視線はずっとそこに注がれていた。

「その間、どうされるんです?」

 聖斗は暫く黙っていたが、やがてポツリと声を出した。

「一度、村に戻ってみようと思います」


「村って?」

「生まれた村ですよ。もう誰もいませんけれど」

 聖斗が首を動かしたせいで、ガラスに顔が映らず、もう、表情は分からなかった。

 どんな思いで村に行くことにしたのか。

 どうして教えてくれる気になったのか。

「そうですか」

 彼の生まれた村は知らない。

 孤児だというのは知ってる。

 そして孤児になった理由は知らない。

 何も彼を知らない自分がそれ以上、立ち入れない気がした。

「あ、そうだ。聖斗さん、今から剣術教えてくださいませんか?」

 すると聖斗は振り返り美珠に顔を向けた。

 少し、笑みを混ぜた顔だった。

 そし五本のうちの、一番飾りのない剣を腰に差すと美珠のために扉を開けた。

「構いませんよ。私も少し体を動かしたいから」

 美珠について部屋を出ようとして珠利は一度振り返った。

 熊が目を惹いた。

「どうして、熊吉が。そんなにあるものなの?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ