表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/171

緑の章 第一話 珠利のお花

「珍しい、花束などもってどうした?」

 珠利は突然の男性の声に慌て、両手でしっかり握りこんでいた小さな花束を隠した。

 そして顔には見られて困ったような苦笑い。

「びっくりした。聖斗様か」

「美珠様は? 会議か?」

「ええ、予定よりも長引いてるみたいですね」

「そうか、昨日も長く続いていたのに」

「ええ、大詰めのようです。それでも、充実されてるんでしょう。恋に仕事に、いいことです」

 すると聖斗は左の会議室の巨大な木の扉に目を遣りながら珠利に声をかけた。

「君はどうなんだ? 君の実力は分かってきたつもりだ。ただ、君も女性として他の幸せを得ようと思わないのか?」

「じゃあ、聖斗様はどうなんです? この国一の剣術使いなのに、どうして恋人を作らないんです? その容姿だったら、いっぱいいいよってくるでしょう? 付き合ってみたら合う子だっているでしょう?」

 すると聖斗は黙った。

 言葉をなくしたわけではなく、詮索をされたくなかったからだ。

 珠利にはそんな聖斗の気持ちが分っていたのかもしれない。

「私も一緒です。私には美珠様が、聖斗様には教皇様がいる。それ以外何もいらない。あの人が笑ってくれてたらいいんだ」

「そうか」

 聖斗は同志に顔を緩めることもなく、無表情のまま話を切り上げ背中を向けた。


 珠利はその後ろで花束に顔を埋めた。

 今の自分の言葉を胸にしっかり刻もうとしても花のせいでどこか心が浮ついてしまっていた。

 これは今日休みだという年下の騎士から貰ったものだった。

 白亜の宮に住まわせてもらうことになった珠利が一日の申し送りを聞き終え、城の外を走ろうとしたとき、突然彼は現れた。


『あの! 珠利さん!』

『おはよう! 国友!』

『おはようございます。今日もいい日ですね』

『そうだねえ、暖かくて気持ちいい。国友、今日は休み?』

『あ、はい。あの珠利さん。これ、』

 突然渡された黄色の花束。

『ん? 何? これ?』

『あの! 深い意味はないんです! ただ! あの、珠利さんにあげたいなって! あの、えっと、黄色い花ってなんか珠利さんみたいだし』

 そして彼自身、恥ずかしかったのか、一度頭を下げると振り向くことなく駆けていった。


 花を貰って悪い気はしなかった。

 剣術しかない「ガサツ女」である自分には不釣合いなものを貰ったと思ってはいても、殆どいない部屋においておくよりも、暫くその余韻に浸りたかった。

「黄色とオレンジのガーベラかあ。しかし花って可愛いものだねえ」

 もう一度、みずみずしい太陽の色をした花びらに触れてみる。

 どこかドキドキしていた。

 気持ちがフワフワと浮いていた。

「珠利? どうしたの珠利?」

 顔を上げると小首を傾げた美珠がいた。

「わ! 美珠様、いつからそこに。会議終わったんだ」

「ええ、今さっきね。声をかけたのよ? 気分でも悪い? どうしたの一体。あら、お花?」

 はじめ花に注がれていた美珠と相馬の瞳はすぐにその花に見とれる女に注がれてゆく。

 見たこともない思いつめた目と赤らんだ顔をしていた。

 そして視線に気がついて顔を上げると、慌てて花を後ろに隠した。

「あ、や。あの」

「どうしたの? そのお花。頂いたの?」

「あ、これ。あのさっき顔見知りに貰って。本当に顔見知り程度なんだ、深い意味は無いんだ」

 珠利はそういいながらも、隠せない自分に苛ついた。

 背中と足の裏に吹き上がる汗。

 上ずる声。

 すると美珠は満面の笑顔を作って珠利の隣に座った。

「顔見知りって? どんな方? 私の知ってる方?」

「あ、うん、や、でもあんまり知らないと思うよ。うん、きっと美珠様は知らない」

「何焦ってんの? ってか、ガサツ女に花なんて似合わないよ。」

 隣で口を尖らせた相馬の足を美珠は踵で踏んで、一瞬、睨みつけるとまごつく珠利に優しい笑みを向けた。

「兎に角、生けましょうよ。花がしおれてしまうから」

「持ってたいんだ。こんなの貰ったの初めてだから」

「そう。じゃあ、そうしましょうか」

 どこか少女のような珠利を見て、美珠は優しく微笑んでいたが、珠利は暫く考えてから立ち上がった。

「やっぱり、生けてくる! 枯れちゃもったいないし!」

「そう。じゃあ、私は暫くお父様の部屋にいるわね」

「うん!」


 珠利の背中を見送ってから、美珠と相馬は顔を見合わせた。

 顔で理解したふりをしても気になるに決まってる。

 本当はその花について知りたくて知りたくてたまらなかった。

「あんなガサツ女に花やるなんて。豚に真珠だよ」

「あら、あの珠利の顔を見た? もう女の子、そのものじゃない! そんなに悔しいのなら、私の隣にいる人もあげればいいのに」

 美珠の言葉に相馬は気まずそうに口を尖らせる。

「俺はそういうの柄じゃない。しかし、どこの誰だろう。花なんて渡すなんて、そうとうなやり手かな。まさかあいつ騙されてるんじゃ! 免疫なさそうだし」

「さあ? でも、ぼやぼやしてると取られちゃうわよ」

「生憎、俺には国明みたいな強引さもエロさもないからね」

「国明さんのどこがエロいっていうんですか?」

「わかんない?」

 今度は美珠が口を尖らせると相馬と見合った。

 お互い沈黙したままにらみ合う。

「でも、俺達にらみ合っても何も解決しないよ」

「そうね。まあ、珠利のことだし、いつかちゃんと話してくれるわよ」

「そうだね。だいぶカモられてからかもしれないけどさ」

「どうして、相馬ちゃんはそんな可愛くないのかしら」

 美珠と相馬は好きなことを言い合いながら、何か話題を求めて父の部屋へと向かった。


こんにちは!

アクセスありがとうございます。


今回は珠利と聖斗が過去を振り返る「緑の章」です。

短い章ですが、お付き合いいただければ幸いです☆


☆登場人物☆

美珠(みじゅ)… 紗伊那の跡継ぎ。16歳。

相馬(そうま)… 美珠の乳兄弟。あまり動じることはない。美珠のよき相談相手。

珠利(じゅり)… 美珠の幼馴染。女兵士。


・国王… 美珠の父、軍を纏める最高司令官。戦いで喉を切られ声が出せない。

・教皇… 美珠の母、名は黎仙(れいせん) この国の精神的支柱。

       


~国王側の騎士団長~

国明(くにあき)… 国王騎士団長 現在美珠の夫最有力候補であり幼馴染。

           22歳 幼名、珠以(じゅい)

光東(こうとう)… 光騎士団長 温厚な男 実家はこの国一の商家。

           24歳 妹、初音(はつね)と念願叶い両思いに。



~教会側の騎士団長~

聖斗(せいと)…教会騎士団長 もっとも大きな騎士団を束ねる最強の男、

         教皇を愛し盾となることを誓う。23歳 幼名、北斗

         ↑彼の幼い頃の話は『姫君の婿選び』に掲載中。

暗守(あんしゅ)… 暗黒騎士団長 水銀の髪と瞳を持つ。純粋に美珠を想う。

魔央(まお)… 魔法騎士団長 部下、魔希を愛する冷静な男。29歳



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ