紅の章 第百十九話 もう一組の訪問者
「え? 今?」
夕暮れに城が包まれ始めた頃だった。
襲撃の際、傷を負った秦奈国将軍や騎士の手当てにつつきそっていた美珠の元へ面会に来た人物がいた。
「取り込み中って追い返そうか」
相馬が気を遣ったが、美珠は首を振って立ち上がった。
名前を聞いた時どうしても会いたくなった。
そしてその人物達と祥伽にも会ってもらいたかった。
「ねえ、祥伽、少し付き合って」
「こんな時にか? どこに?」
心配そうに将軍の傍にいた祥伽は美珠へと視線を向けた。
「あと、国明さん、魔央さんもいいですか?」
「あ、はい」
「ええ。では、あとの治療はお前達でできるな」
廊下を歩きながら祥伽が美珠に声をかける。
どこへ、何の目的で連れて行かれるのかが分らず不快そうにしながら。
「何なんだ?」
「きっと、モチーフができたんです」
相馬が告げた来訪者は犀帽一行三人だった。
「貴方に初めて会った時、散々なじられた、あのモチーフが」
三人は小さな部屋で美珠を待っていた。
そして美珠の姿を見つけるとそろって頭を下げた。
今日はいつもメイド服の女性は黒いスーツを着て明るい顔をしていた。
「お待たせいたしましたね」
「いいえ、突然申し訳ございません。出来上がったものをすぐにお見せしたくて」
丁重に美珠に挨拶したのは息子の犀競だった。
美珠は気にしないでと首を振ると祥伽とともに椅子に座り、犀帽と向かい合った。
途中から相馬に声をかけられた光東と暗守が、そして珠利に声をかけられた聖斗が顔を見せた。
犀帽は何も言わず職人のように難しい顔をしたまま、紙を取り出した。
美珠は生唾を飲み込む。
その緊張は祥伽にも伝わり、祥伽も何故か唾を飲み込んだ。
そして紙が犀帽と犀競の手で開かれた時、美珠は息を飲んだ。
自分には後光はなかった。
けれど中心で人より高い位置にはいた。
そして目を閉じ、耳に手を当てて微笑んでいた。
美珠の周りを六人の騎士が囲み、その周りの民衆にまぎれて以前犀競に頼んでおいたツンツン頭の相馬、兵士の服を着た珠利、若い女性の初音の三人らしき人がいた。
「これは」
そして美珠を取り囲む騎士団長一人一人の表情もまた違った。
聖斗はまっすぐ美珠を見つめ、暗守はやさしい瞳で美珠を見ていた。
一方、魔央は口を開き美珠に何かを伝えているようだった、その隣で光東は目を細めて微笑んでいた。
そして国明は珠以としての愛しいものを見る瞳で美珠を見ていた。
そして一番端に遠近法で小さくなった竜とそして目を閉じ、けれども口元には笑みをたたえた騎士の姿。
「六騎士揃ってる」
相馬があえぐように声を出す前に美珠は涙を落としていた。
描かれている自分の姿にどこか高潔さと親しみがあった。
人の言葉に笑顔で耳を傾ける姿。
それが自分の理想の姿だった。
「まあ、いいように神格化されてるんじゃないのか? 誰もこれを見て血の気の多い小娘だとは思わないだろう。前よりも良くなった」
祥伽も目で絵の隅から隅までを見ていた。
「ご納得いただけましたかな?」
犀帽の言葉に美珠は何度もうなづいた。
「こんなすばらしい絵にしてくださるなんて、ありがとうございます。私もこの絵に恥じないような人間にならないといけません」
「これがこの先何百年と美珠様の栄光を伝えるモチーフとなります」
犀競も嬉しそうに頷いた。
美珠はその絵が嬉しくて仕方なかった。
「これは犀帽様お一人で?」
「いいえ。この娘っ子と二人で初めてひとつの机で作業いたしました」
犀帽の言葉に女性ははにかんで頭を小さく下げた。
「竜騎士は入れるとこやつ聞きませんでな。この美珠様の姿も自分の話を聞いて下さった美珠様そのもの、なのだと譲りませんで。ただ私も美珠様の表情だけは譲りたくなくてですな、間に入る犀競は大変だったでしょうな」
犀帽は大声で笑い、使用人と犀競の二人も顔を見合わせて微笑んだ。
そして犀帽は美珠に隅にある名前を指した。
そこには三つの名前が書かれていた。
犀帽
犀競
裕犀
「今回製作した三人の名前です。これをお入れいただいてもよろしいか? この二人は名前は要らぬと言いましたが、これから裕犀が世に出るときこのモチーフが代表作になるでしょう。ですから、こやつの名前を入れて欲しいのです」
それは裕犀と名の付けられた女性にとっては初めて聞く言葉だったようだ。
「大旦那様! 私、おうちを出てゆくつもりはございません!使用人として働かせて頂きたいです」
「もちろん、家にはいてもらう。出すのはお前の作品だ。我が弟子として私の名前を継いだお前、裕犀がこれから作品を出す際にということだ」
その言葉を聴いて裕犀は人前かまわず声を上げ泣いた。
それを犀競が頭をなで抱きしめた。
「我が息子には才はなかったが、嫁には恵まれそうじゃわい」
犀帽は呆れたようにそう言った。
犀競はその言葉に驚いた顔をしていた。
「はあ、お前たちの気持ちなどハナから分かっておるわ。それも堂々とこの絵にそれを書き込みよってからに」
よく見ると絵の中の民衆の中に手を握ってお互い見詰め合っている男女が一組いた。
それを指摘され、犀競は頭を掻いて、裕犀をまた撫でた。
「そうだよ。俺は裕犀にいて欲しいからね。裕犀を妻にする」
泣いていた裕犀はその言葉に一瞬泣き止んだが、またジワリと浮かんだ涙にこらえきれずただ泣いた。
「もっと反対されるつもりだったのに」
犀競はそう言って裕犀の涙を何度も拭いた。
「そんな私的なことが許されるなら」
声を出したのは祥伽だった。
「この男、俺に変えろ。」
それは群集の中で一番大きく描かれている男だった。
「旅人の風体でな。あと、隣のこれは蕗伎にしてやる」
ぽかんとしている犀帽一家を見て美珠は笑いかけた。
「ええ、この人は私が初めてできたお友達なんです。ぜひ。尊大無比で私に文句言ってる姿を書いておいてください」
アクセスありがとうございます^^
なんだか「紅の章」長くなってしまいました。
ですが、残すところ一話。
明日更新予定ですww
最後までお付き合いいただければ幸いです。
あと、お気に入り登録ありがとうございます。
めちゃめちゃ嬉しいです。
〃 ̄∇)ゞアリガトォーーーーーーーーーーーーーーー♪
……余談ですが……
お気づきの方、多いかもしれませんが、
今回の「紅の章」は祥伽の瞳の色から色をとりました。
え? だから何って?(゜ロ[-盾-]
イエ、アノただそれだけです
では、では失礼します。