紅の章 第百十八話 三人の友情
お互いがお互いの止めを刺そうとしたときだった。
祥伽の銃口が手首を返され祥伽へと向き、剣を握っていた蕗伎の腕がねじり上げられた。
「何やってるの!」
高い声が脳に響いた後、祥伽は将軍に抱きかかえられるように引かれ後ろに下がり、蕗伎は体ごと倒され、国明に体を押さえつけられていた。
「美……珠か」
美珠は怒った顔をして、祥伽の腕をねじり銃口を祥伽へと向けたまま国明に押し倒された蕗伎の頬を思いっきり引っ張った。
「痛い、痛いって、美珠」
「どうして祥伽を苦しめるの!」
「何言ってんの? 苦しめるも何も俺達は敵なんだから。殺しあわなきゃ」
「私達は友達でしょ」
美珠は蕗伎の言葉を遮って強く言い放った。
そしてそのまま、何度も何度も蕗伎の頬を引っ張る。
四肢を押さえつけられ動けない蕗伎は美珠の思うように頬を引かれていた。
「痛いよ! ってか、その攻撃地味に痛い!」
祥伽も近寄ると美珠が引っ張っていた左頬を譲ってもらい引っ張った。
「祥伽! 本気で痛い! 千切れる!」
「自業自得だ」
「ねえ、二人がいてくれたから私、動き出せたのに。こんなことしないでよ、悲しくなっちゃうよ」
美珠が蕗伎の頬を伸ばしながら笑うと祥伽と蕗伎は顔を見合わせた。
いつものように軽い感じで。
「だそうだ」
「へえ」
蕗伎は意地悪く笑うと、二人の顔を見た。
「友達、友達って全くさあ。一体どこをどうしたら王子と姫と暗殺者が友達になれるの? 何か、間違ってない? 大体友達って何? 定義を教えて」
「定義なんかしらん!」
いつもの強い調子の祥伽の声が飛ぶ。
「ただ……俺は友達ってのにずっと憧れてた。王子だからな、国でできる人に選ばれた友達ってのはどうしても目下に思っていた。でも、お前らは違う。俺と同等で俺に意見して、俺に怒って」
「そうだよ。私、どれだけ祥伽と喧嘩してきたか、見てたでしょ? 私だっておんなじ。自分と同じ目線でいてくれる二人がいる。困ったときに二人が声をかけてくれた。そういうの本当に嬉しいんだよ」
蕗伎はまた鼻で笑った。
「俺達はそれぞれ本当はどういう身分でどういう存在なのか一回も言ったことない。隠してきたんだ。大切なことはそれぞれ。なのに友達かよ。そんな三人が友達かよ」
「でも、またこうやって三人揃って話しできてるじゃない。今、本音をぶつけてるじゃない」
すると蕗伎はため息をついた。
呆れたような顔をしていたが、口元は緩めたまま。
「どこまで楽観主義なんだよ。言っとく俺は暗殺者だ。だから生きてる限り命令があれば殺す。今は祥伽を狙ってる。でも命令が変われば美珠を殺しにくる。それがいやなら殺せばいい」
「いいよ、殺しに来れば。でも私を守ってくれてる人達に捕まってまたこんな目にあうよ。友達だって言ってくれれば痛い思いしないのに」
すると国明が知らしめるように蕗伎に力をかけた。
「痛い! 折れてる手を踏むな!」
「だから、腕が折れたのも自業自得だろう」
祥伽の冷たい言葉に蕗伎はそうだねと呟いて苦笑いを浮かべた。
「まあいいか。今回は帰ろうか。全滅かよ。全く」
「帰らずにこの国にいればいいじゃない」
「そういうわけには行かない」
刃物を取り上げられた蕗伎は国明から開放された体を起こすと、真顔で返した。
その顔は始めてみる男らしい顔だった。
けれどすぐにいつもの笑みを作った。
「まあ、いいや。また帰るさ。祥伽も今日、帰るんだろう? 俺、腕治したらすぐに祥伽、殺しに行くから」
「勝手にしろ」
「勝手にするよ」
蕗伎は微笑むとそのままスタスタと庭を歩いていった。
「美珠様、よろしいのですか?」
暗守が声をかけた。
美珠は静かに頷いた。
「私を殺そうとしたって私を守ってくれる人はたくさんいますから。それに、あの人もおそろいの首飾りつけてましたから」
その隣で祥伽も微笑んだ。
彼の瞳にも、自分が用意しておいた男物の月の首飾りが蕗伎の首にかかっているのを見ていた。
「何か蕗伎は国に大切なものを抱えてるんだろう。あんな瞳初めてだ」
「ええ。そうですね。北晋国、気になります」