紅の章 第百十五話 触れてないと気がすまないの
「国王騎士団長のお越しです」
日が高く上って、穏やかな天候の中侍女の鈴のような声が聞こえた。
もう一人の侍女が甲冑姿の男を中に入れた時、美珠は目を閉じて椅子にもたれかかっていた。
国明はその様子を見て駆け寄った。
「お具合でも? あの一件で、どこかお怪我なさっているのでは?」
「心配ないよ、二日酔いだから」
愛想のない相馬の言葉に国明は頷いた。
美珠は今さっき、祥伽と酒を飲み気持ち悪くなったとはどうしてもいえなかった。
そこは自分の名誉の為にはかくしておかなければいけないところだった。
一生懸命浮つきそうになる体を制御していた。
「少し、お話をしても?」
「あ、はい。大丈夫」
美珠が目を開けるとそこには愛しい人を見る国明の顔があった。
美珠はその顔を見て少し安心して顔を緩めた。
「強くなられましたね。知らないうちに」
「え?」
「重臣会議の話です。正直、何をおっしゃるのかはじめは分かりかねていました。重臣を集めて一体突然、何をおっしゃるのかと。けれど、貴方は貴方なりに色々感じて、考えておられた。俺が思っている以上に」
「国明さん」
わかってもらえたことが嬉しくて、美珠はその場ではにかんだ。
すると国明も軽く微笑む。
「正直、驚きました。貴方に何一つ難しい質問をぶつけられないくらいに」
「政治に口出しをしたことを怒ってますか? 呆れてますか?」
「いいえ、とんでもない。あなたの考えられたこと、俺は異存はありません」
そういわれて美珠はほっとして、心の中の何かが外れた。
国明に怒られて反対されるかもしれないという恐怖が去ったためだ。
「文官たちも動いています。美珠様が出された初めての議案。懸念する意見も多いようですが、それでも動き出したんです」
動き出したといわれて嬉しくて仕方なかった。
相馬と珠利も後ろでやっと笑みを浮かべた美珠を見て笑みを浮かべていた。
「これで夢が叶えられるのですか? 項慶やあの官吏の方のお姉さまの」
「かもしれません。ただ、何もしないで終わるということだけは防がれたんです。美珠様が発議した。その事実は歴史に残ります」
「なんとしてでも叶えなければ」
「しかし」
突然国明が険しい顔をした。
逆に美珠は不安を覚え、伺うような顔をする。
「何?」
「あの王子は俺の夢を奪おうとした。許しません」
「確かに、珠以の言うとおりだよね。美珠様狙うなんてさあ。あとでギャフンって言わせようか、珠以」
指をバキバキならす珠利の前で美珠は必死に手を振った。
「や、待って! 祥伽があれだけしてくれなかったら勇気が出なかったんだから」
「それとこれとは話が別です」
困ったような顔をする美珠を見て国明は噴出した。
「嘘です。貴方は祥伽様とご友人になられたと聞きました」
「誰から?」
「俺、言ったよ。昨日、いきなりきてさあ、馬鹿ボンと美珠様の関係について聞いて来るんだもん。ヤキモチ焼きだからね。国明は」
「ヤキモチ?」
「いいえ、何故美珠様の部屋に秦奈国の酒があったのか気になって」
慌てて取り繕う照れた国明を見て美珠は顔を緩めて国明に抱きついた。
そして国明の首筋に顔を埋める。
「嬉しい。国明さんにヤキモチやかせられただなんて」
「美珠様」
「でも、ね?」
美珠は腕の中で幸せそうにささやいた。
「祥伽は隣で充分なんですけど、珠以はこうやって触れてないと気がすまないの」
美珠の言葉に耳まで真っ赤にした国明は、ニヤついて見ている珠利と相馬に顔を見られないように顔を伏せた。
「あれ?」
美珠の不思議そうな声に国明は顔を上げた。
「どうして、私の部屋に秦奈国のお酒があったんです? ん? そういえば、私昨日祥伽と飲んでいた後、どうしたんでしたっけ? あれ? 昨日は国明さんと踊る約束もすっぽかしてしまったような気が?」
「わ、昨日の猛獣の記憶なくしてる」
「まあ、黒歴史だからね。忘れてた方がいいんじゃない?」
「何よ、二人とも、何のこと?」
美珠が国明ごしに顔を出すと二人は顔を見合わせて国明の肩を叩いた。
国明は耳まで真っ赤にしたまま美珠の髪に触れた。
「昨日の貴方はかわいい猛獣だったって話ですよ」
「どういうことそれ?」
「さてと、そろそろ、あの王子様たち送りに行かないとね」
相馬は沈みかけた陽を見て声をかけた。
「え? 何よ。ちょっと、相馬ちゃん、珠利! 教えてよ」
「早く行こうよ。美珠様。あの馬鹿ボン帰っちゃうよ」
「行きましょう」
「待ってたら! 何よ! もう!」
美珠は立ち上がると鏡の前で衣服を整えた。
そして首から提げた月と星の首飾りを確認すると部屋から出た。
いつもありがとうございますww
もう終わりそうな雰囲気と思いきや……。
あともう一波来そうな予感。
ただ、この話もうラストスパート。
少し文字多めになりますがお付き合いお願いします。
さて、お気に入り登録ありがとうございます☆今日一日の糧となりました。