紅の章 第百十三話 友達
美珠は重臣会議までの時間、部屋で心を落ち着けようとしていた。
感情の高ぶりから重臣会議など言ってしまったが、自分が会議を主催したことはないし、人の前で理路整然と話をしたこともなかった。
足の裏も手も、脇の下も汗が止まらない。
美珠は自分を落ち着けようと窓へとよって深呼吸を何度もした。
「ガチガチすぎじゃん」
その声に覚えがあった。
「しっかし、祥伽も無茶するよね。下手したら死罪か戦争だっていうのに」
「友達のためにはなんだってしてくれるんだよ」
「確かに。友達友達ってさあ。一体なんだろうね」
窓の外で蕗伎が壁にもたれていた。
「あら? さっき、蕗伎も手伝ってくれたでしょ? でも、珠利に小刀当ててたら私きっと怒ってたけれど」
「あの女には折れてる手を蹴られたからそのお返しだ。それに、あそこで祥伽が簡単に斬られて死んだらつまらないからね」
「本当に、祥伽を狙ってるの?」
「うん」
あっけらかんという蕗伎に驚きつつも美珠が黙り込むと蕗伎は美珠に声をかけた。
「自分がその人たちを信じてるならぶつけてみなよ。向こうも美珠を本当に思ってるなら考えてくれる。もし、案が通らなくても納得する答えが返ってくるかもしれない」
「蕗伎。それって励ましてくれてるの?」
「わ、柄にもないこと言っちゃった。まあ、いいや。あ、そうだ。今日の夜、もう一回来るからね」
「え? それってどういうこと?」
美珠が質問しようとすると蕗伎は微笑だけを残して走っていってしまった。
それと同時に扉が叩かれ、会議の用意が整ったと告げられた。
普段、当たり前のように接している父と母がこれほど威圧感のある人間だと感じたことはなかった。
公人の二人は美珠に微笑むことはない。
王は顎に手を当てて、美珠を見ていたし、教皇もまた静かに姿勢をただし美珠を見ていた。
そしていつも自分を心配そうに、そして愛しそうに見つめる国明の瞳も、騎士団長達も公人だった。
その中でただ一人光東は逆に、まるで兄のような眼をして美珠を応援してくれていた。
美珠は二人の前に跪いて頭を下げた。
「これほど急ぎ重臣達を集めたのはどういうことですか」
教皇の凛とした声が会議室に響いた。
「緊急に発議したいことがあります」
「言ってみなさい」
教皇の言葉に美珠はもう一度、軽く頭を下げた。
「官吏に女性の登用を」
すると後ろの文官たちから声が漏れた。
その声に批判の言葉が入っていると怖くなってきたが、ここで怖気づいて自分が泣くわけには行かなかった。
「騎士には女性登用の試験があります。男性よりは少ないですが、それでも門戸は開いています。けれどどうして女性官吏登用のための試験がないのです? 私はそのようなものを廃止したいのです」
そこでもう一度呼吸を整えた。
「私は今回、外を見る機会がありました。そこで出会った女性は官吏になるためにひたすら勉強を重ねています。受けることの出来ない試験のための勉強を。野菜は自然に出来るものじゃなくて作っている人がいるって言うことすら知らない姫が跡継ぎであるこの国の官吏になるために。夢を諦められずに。私がその人にできることは門戸を開くことです。夢を自分の手に引き寄せられるようにしてあげたいのです」
言い切った後、一つ息をした。
誰も何も言わない。
長い長い沈黙が続いた。
大体この会議室にいる女性は自分と教皇のみ。
そんな世界で受け入れてもらうのは難しいのかも知れない。
自分は何も言わないほうがいいのかもしれない。
そうすればうまく全てが収まる。
そんなことを思ったときだった。
「申し上げます」
声を出したのは最後列にいた若い男の官吏だった。
それでも重臣会議に列席するあたり、かなりの速度で出世街道を登ってきたのであろう。
「申してみよ」
教皇の言葉が響く。
「我が出身の地にも有能な女性がおります。我が姉ながら故郷で塾を開き教えております。この国に尽くす人間を育てるために。私も姉に教えられた一人です。もし美珠様のおっしゃるように門戸が開けたのならこの国の為に働こうとする志の高い者たちが増えることは間違いありません。姉も本懐が遂げられます。家族としてもこれほど嬉しいことはございません」
「しかし、女性はいずれ家庭を守らなければ」
いさめたのは年老いた前列にいる老人。
美珠はすかさず切り替えした。
「ならば、私の跡継ぎというのは建前で、子供が出来れば仕事をするなとおっしゃるのですか? 子供ができれば全て人任せにしろと」
「そうは言っておりません。ですが」
「女性は体力的に男性に劣るだろう」
「しかし確かに侍女の中にももったいないと思えるほど才気に満ちたものがいたりする。もしや、彼女達も官吏を目指していたりするのだろうか。一度、調査をしてみてはどうだ」
それから暫く、色々な意見が出てきた。
女性が子供を産む際仕事はどうするのだとか、
寮は男女別に分ける必要があるのかとか。
収集がつかなくなったところで止めたのは麓珠だった。
「では、この件については各省の意見をまとめた代表者一名を選び協議をさせましょう」
その言葉に数馬や居並ぶ大臣達も頷き、団長達も頷いた。
「次回の試験まであと半年、それに間に合うように結果を出す」
麓珠の言葉に美珠は驚いた。
具体的な日にちが目の前に来るとぐっと現実味が帯びてきた。
「次回、会議は二日後とする。それまでに各省でも女性官吏が配属された際の計画書を提出すること、良いな」
突然取り決められた強引なやりかたに抗うものはいなかった。
決定すると国王は教皇の手を引いて出てゆき、場が解散してゆく。
美珠はその場に座り込みそうになったが、首飾りを握った。
祥伽と蕗伎が力をくれた。
だから乗り切れた。
言いたいことが言えた。
「ありがとう、二人とも」
こんばんはww
いつもありがとうございます。
紅の章もラストスパート、
最後までお付き合いただければ幸いです。