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紅の章 第百〇八話 友達の証

「繋げるのか」

「『無理』に銅貨三枚」

「俺は踊りきるに金貨一枚だ」

 祥侘は兵士達の賭けにのると、全く愛想のない弟を見守った。

 母、祥子に前に駆り出され、この国の姫と踊ることになった哀れな弟は、生まれてこの方、未だ女性と手を繋いで踊ったことなどなかった。


「踊れるの?」

 前にいる美珠は不思議そうに見ていた。

 祥伽はそんな美珠に手を伸ばした。

 その優雅な仕草に美珠も手を重ねた。

 周りでも男女が手を取っていた。

 そして踊りが始まると、二人の呼吸は見事に合っていた。

「若様が女性と踊ってる」

 秦奈国の兵士達は口をあんぐりとあけ、自分達の王子に視線を送り、母、祥子もまた扇で口元を隠しながら満足そうに二人を見ていた。

「上手なのね」

「伊達に人形で練習してきたわけじゃないからな」

「人形で」

 美珠が顔を緩めると祥伽も顔を緩め、少し美珠へと体を寄せる。

「これが終わったら、この部屋を抜け出すぞ」

「え?」

「お前、まさか忘れてるのか? 昼間に今晩、酒を飲む約束をしただろう?」

「あ」

 美珠は思い出して祥伽を見つめた。

「ごめんなさい。すっかり忘れてて」

(珠以と今日は過ごす約束してしまいました)

「まあ、いいや。この踊りが終わったらここから抜けるぞ。先に俺がでるからな。お前は俺が出て暫くしたらここを出て庭に来い」

「あ、あのね」

 けれど曲が終わり体が離れた。

 祥伽はよそよそしい他人行儀な丁寧な礼をして離れていった。


「よし、踊りきった。賭けは俺の勝ちだな、金よこせ」

「そんな、大若様!」

 祥侘は弟によくやったと言わんばかりに何度も頷くと、今度は目の前にやってきた女性と踊るために自分が出て行った。


(どうして人の話をきかないのかしら)

 先に国明にでも今夜の約束を断りたかったが、警備をしている国明とは少し距離があった。

 そして視界の端で祥伽がさっさと部屋を出てゆくのが見えると美珠は待たせるわけも行かず、外に出ることにした。

 しかし、そんな美珠を相馬が止めた。

「どこ行くの?」

「あ、あのね。ちょっと外の空気を吸ってくる」

(お酒飲んでくるなんて言えませんしね)

「そう。あのさあ、珠利が、まだ戻ってこないんだけどさあ、あの~珠利に」

「ちょっと急ぐの、すぐ戻るから。」

 美珠はもじもじしている相馬を捨てて、祥伽を追いかけて庭へと出た。


 月の明るい夜だった。

 祥伽は庭の隅に座ってグラス三つに透明な酒を注いでいた。

「三つ? 誰か来るの?」

「さあな」

 そういうとそれを置いて、美珠にも手渡した。

 口をつけるときついアルコールの味が鼻を抜けた。

「これ、無理。痛い」

「だから子供なんだ。これが秦奈国で一番有名な酒だ」

 祥伽はそういうと数口つけて大きく息を吐いた。

 二人はただ静かに黙っていた。

 けれど祥伽は突然、美珠へと箱を差し出した。

「何、これ?」

「欲しそうだったから」

「え?」

 包みを開けると美珠が昼間気になった三日月に星のついた首飾り。

「え? もらう意味がわかんないよ」

「お前、欲しそうにしてただろ?」

「でも」

「俺もおそろい」

 祥伽は鎖のついた男物を首から出して見せた。

「祥伽とおそろい?」

(それは誤解されるんじゃ)

「ついでに、こいつも」

 祥伽はそういうともう一つのグラスの隣に箱を置いた。

「それって、蕗伎の分?」

「ああ。友達だからな」

 美珠と祥伽は暫く蕗伎の席として設けられた空間を見つめていた。

 友達の証といわれれば嬉しくなった。

 姫としての自分に何の見返りも期待しない贈り物は嬉しかった。

「蕗伎、今頃何してるのかな?」

「さあ、その辺にいるんじゃないのか?」

「そうだね。蕗伎の友達はここで待ってるのに何してるのかな」

「さあな、さっさと出て来いよ」

 祥伽が酒をあおり、また自分のグラスに注ごうとすると美珠はそれを制し、瓶を握って注いで遣りながら自分のグラスにも並々注いだ。

「乾杯」

 そう言って飲み干してゆく。

 国明にもらったさっきの飲み物とは全く味ものど越しも違う。

 焼きつくような感じに咳き込んだものの、祥伽の気持ちが嬉しかった。

 三人を友達だとゆるぎない心で思ってくれる。

「この首飾りは友達の証なんだよね」

「ああ、そうだ」

 美珠はその場で転がると空を見上げた。

「今日は満月。月でもこんなに明るいんだよね」

「おい。お前、酔っ払ったのか?」

「ううん」

「お前、重いんだからな、しっかりおきてろよ」

「重いですって?」

 美珠は体を起こすと、祥伽に詰め寄った。

「私の大好きな人は私のこと抱き上げて女神ですって言ってくれるのよ。重いなんていわれたことないんだから!」

「お前の男は頭がおかしいんだ。気持ち悪いだろう、そんな事を言う男なんて。どこをどうみたらお前が女神に見える。どうやって洗脳した」

「はあ?」

 美珠は眉間に深く皺を刻んで、祥伽とは気が合わないとでも言いたげに首をかしげると酒瓶に口をつけた。

 そしてそのまま飲み込んでゆく。

「ちょっと、お前飲みすぎ」

「飲んでなんてないもん!」

「飲んでるだろう。放せ!」

 祥伽に酒瓶を奪われそうになり美珠は祥伽に飛び掛った。

 祥伽は美珠に体重をかけられ後ろに向いて倒れてゆく。

「美珠様!」

 悲鳴に近い声だった。

 主の所在を確認しようとした相馬は全力で駆けよってくると美珠を引き剥がした。

「何押し倒してるの!」

「え? 押し倒し?」

 美珠はぼんやりした顔をしていた。

「何、変な薬飲んだの?」

 焦る相馬は手に持つ酒瓶を見て、祥伽をにらみつけた。

「姫を酔わせてどうするおつもりですか?」

「勝手に飲んだんだ」

「美珠様! しっかりして! 部屋に帰ろう」

「え~でも、まだお話したいの」

 相馬はそんな美珠を引きずってゆく。

 祥伽はそんな相馬の姿を見て吐き捨てた。

「重そうにしてるじゃないか。どうやって抱き上げて女神ですなんていうんだ」

 そして結局自分も部屋へと戻っていた。



 その場に残されたグラスを男は持ち上げた。

 そして一口口に運ぶ。

「あ、うまい。でも、傷に響くかな」

 蕗伎はグラスの酒を味わいながら隣にある箱を開いた。

「男から首飾りもらってもなあ。でも、まあ、いいか。大好きな祥伽にもらったんだから」

 蕗伎は笑うと、グラスの酒を飲み干して消えた。


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