紅の章 第百〇六話 すごい変
美珠は国明が寄ってくるのを見つけ、すぐさま祥伽へと視線を送る。
「何だ?」
「後、よろしくお願いします」
「はあ?」
すると美珠は人の波を掻き分け愛しい人のほうへと進み、自分へと伸びてきた篭手を掴んだ。
と力技で人の中から連れ出された。
残された人たちは美珠に視線を送っていたが、すぐにまだ輪の中心にいる祥伽へと視線を戻した。
祥伽は人ごみの中で嫌いな女達に囲まれて、愛想笑いすらすることもなく、ただ無愛想に棒のように立っていた。
「可哀想なことしちゃったかしら」
「さあ? 人の愛しい人に手を出そうとした罰です」
「え? 昼間に二人でテラスに出たこと?」
国明は嫉妬を見せないように曖昧に微笑むと侍女が持ってきた飲み物を美珠へと手渡す。
「ありがとう。人ごみ蒸し暑いから。余計疲れますね」
渡された水を水とも気がつかずまるで周りの者たちが飲んでいる酒の一種だと思い込み一気に煽ると、息を吐いた。
「あら、このお酒飲みやすい」
「ええ、そうですね。飲みやすいお酒を選びましたから」
「ありがとう。さてと、また戻ってきます」
「この中にですか?」
「だって、皆と折角お知り合いになれる時間なんですもの」
国明は一昔前と違って頑張ろうとする美珠が愛しくて仕方がなかったが、ここで抱きしめるわけにはいかなかった。
その代わり、手を取るとその手の甲に口付ける。
「な、何? どうしたの?」
「今夜、よろしければ踊りませんか?」
「え?」
「貴方の部屋で」
美珠は少しした後、顔を赤らめて頷いた。
その顔がまた国明には愛しく思えたが、美珠はその手をゆっくりと離して、人ごみへと入っていった。
また美珠が人に飲まれてゆくのを見て、国明が少し複雑な顔をしていると、
「本当に踊るだけですむの?」
「珠利」
長い髪を結い上げ、宝石を着けた珠利は女らしく見えて、背の高さを生かした青いロングドレスが良く似合っていた。
「馬子にも衣装。っていったら張り倒すよ」
「何も言ってないだろう。でも良く似合ってる」
「本気で言ってる?」
「ああ」
すると珠利は視線を自分の服へと落として後ろを確認する。
「足元スースーする」
「大人しくしてたらどこかの令嬢にしか見えないさ」
「何、それ? 令嬢になんて見えなくていいよ。全く」
それでも悪い気がしないのか、笑みを浮かべたまま周りに目をやっていた。
「ガサツ女、何だそれ」
相馬は美珠を助けることよりも初めて見る珠利の衣装に興味を持ち、主を放り出して珠利のところまで飛んできた。
そして顔を赤らめながら悪ぶってみせた。
「ちょっと、その格好、おかしいんじゃないの?」
珠利はどこか自分でも合わないと思っていたのかもしれない、悲しそうな顔をしてもう一度相馬に問いかけた。
「変かな」
「変だ。すごい変」
すると珠利は口を尖らせ、背を向けた。
「着替えてくる」
「あ!」
相馬は何か言おうとして、女らしい珠利の背中を見つめたが結局何も言えず黙ってしまった。
国明はそんな相馬の背中を叩いた。
「相馬、不器用だな。何で可愛いって言えないんだ?」
「俺のキャラで珠利に言えると思う? ……ってか、今の俺、やっぱり悪いよな」
「ああ、完全にな」
「だよな」
相馬はそれでもぼんやり今、初めて見た珠利の女性らしい姿を思い出しながら胸を押さえた。