紅の章 第百〇五話 舞踏会の夜
城の広間は着飾った男女でごった返していた。
城の一番大きな広場であるのに床すら見えない。
秦奈国王族を歓迎するこの国最大規模の舞踏会が行われていた。
やはりその中で一番目立ったのは、
「すごいわね、叔母様」
もともと華やかな存在感の持ち主だけあって、何をしても目立った。
そしてかつての知り合いを見つけると積極的に声をかけてゆく。
「俺はこういうの嫌いだ」
「でしょうね」
「お前に言われるのがムカつく」
美珠は目で挑発すると、自分も舞踏会で社交性を発揮するために、人ごみへと飛び込んだ。
けれど飛び込んだ瞬間、後悔した。
(ひ、人が多すぎて)
美珠の周りには人垣が出来ていた。
この機に美珠と近づこうとする者たち、そしてその熱気で息さえ苦しかった。
すると、大きな咳払いが聞こえて、誰かが美珠の前に割り込んできた。
「項慶」
「美珠様、おひさしぶりです」
「来てくれて嬉しいわ」
美珠が項慶の手を握ると、項慶も顔を緩めた。
しかし、美珠は次の瞬間、胸元に目が釘付けになった。
(大きい)
項慶は胸の大きくあいた金色のマーメイド型のドレスを着て、長い黒髪を下ろした上で、いつもの眼鏡をつけていた。
その眼鏡がまた妙に色気があった。
周りの男達もその胸に釘付けになっているようだった。
美珠はそのまま悲しげに自分の桃色のふんわりしたドレスの微かなふくらみに目を遣る。
(私のはペタンコ? これは目の錯覚? いや、これが現実なのかしら?)
すると頭の上から項慶の笑い声が聞こえた。
「まあ、十歳から成長なさってないの?」
美珠はあまりの悔しさに何かを言いたかったが、どれも負け惜しみになるように思えた。
そんな時助けが入った。
「でかけりゃあ、いいってもんじゃない」
「あら、これは秦奈国の第二王子」
項慶は後ろから現れた祥伽に膝を下げてお辞儀をすると祥伽にも挑戦的な瞳を向けた。
「少しはいい面構えになったのではありませんか? 以前は驚くほど、無関心であろうとなさっていたようですが」
「まあ、色々思うことろがあってな」
「成る程。少しは学習されたようですね」
項慶は眼鏡を上げると、二人に礼をしてまた人ごみにまぎれていった。
一方、美珠と祥伽はまた人ごみに呑まれてゆく。
「美珠様はやはり人気でらっしゃるのね」
初音はそんな姿を遠くから見ながら、隣に立つ兄へと声をかけた。
警備に当たっていた光東は妹を見つけると顔を緩めた。
「初音」
兄の笑顔を見て初音も顔を緩める。
「お兄様、ちゃんとお休みは取ってるの?」
「ああ。最近は休みがなかなか合わないから、あまり一緒にはいられないが、皆元気か?」
「ええ。お父様も来てるのよ。でも、さっき、取引先の社長を見つけて走っていったけれど」
「そうか。初音は? 頑張りすぎてないか?」
「頑張ってるか? じゃないんだ」
すると光東は顔を緩め、初音の頭を撫でた。
「お前が頑張りやさんなのは知ってるから」
初音は一度、泣きそうな顔を伏せると兄に笑みを見せた。
泣き顔よりも笑顔を見せたかった。
今日失敗して怒鳴られたことを愚痴るよりも、楽しくて幸せな気持ちでいたかった。
そして可愛いと思われたかった。
「お兄様、大好き」
すると光東も周りを見てから妹の耳元でささやいた。
「俺も大好きだよ」
初音はそんな兄の言葉に満面の笑みを浮かべると後ろに下がった。
「邪魔になるわけにはいかないし、もう行くわね。私明後日お休みなの。お兄様は?」
「明後日はちょっと無理かな。でも、手が空いたら会いに行くよ」
「うん。待ってる」
初音は手を振って、それでも物足りない自分の心を奮い立たせるように社交場での付き合いへと戻っていった。
「顔が溶けてるぞ」
「君だって美珠様の前ではそうだろう?」
国明は光東の隣に立つと腕組みをして美珠へと目を向けた。
「しかし、揉みくちゃだ。相馬殿も捌こうとしてるけどあれじゃあなあ」
「まあ、昔は逃げ出されたことを考えれば大きな進歩というべきところだがな」
「無理して。頃合見計らって助けに行こうと思ってるくせに」
そういわれると国明は少しバツが悪そうに隣を向いた。
「残念だな、騎士じゃなければ今日の舞踏会だって一緒に踊れたのに」
「お前だってそう思ってるくせに」
光東が眉を上げておどけて見せると国明は美珠の方へと歩き出した。
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