紅の章 第百〇二話 嫌な音
その日の観光を全て終えると美珠達は城へ戻って昼食を取った。
城の庭で美珠、祥侘、祥伽という若者三人だけで太陽の光を浴びてこの国の伝統料理である羊の香草焼きを口に運ぶ。
祥伽達は気の張らない相手との食事を満喫していた。
「この後、時間があるのなら、外に行きたい」
「外で? 何をするの?」
美珠が目を輝かせて問うと、祥伽は何故か自慢げに頷いた。
「探し物があるんだ」
「祥伽、あまり迷惑をかけるんじゃない」
「兄貴面すんな!」
「兄貴なんだよ」
兄弟げんかが始まろうとしたときに嫌な音が近づいてきた。
陶器を乗せた台車がこちらへと近づいてくる音。
カップとソーサの振動音。
美珠は嫌な予感がして初めから見ないようにすることにした。
(相馬ちゃんのお茶だ!)
幸い相馬は美珠の後ろを陣取った。
顔を見なくてすむと安堵した美珠の背中から、それでも気持ち悪い何かが体を覆う。
まるで負の気。
けれど美珠の前にいる二人のこわばった顔を見ると相馬を直視しなくて良かったと思えた。
二人は背筋を伸ばして相馬の動きを見ていたが、相馬がお茶を蒸らすとなると慌てて知らぬほうへ視線を投げる。
美珠は万国共通のその姿を見て噴出した。
「何がおかしいの?」
相馬の怒鳴り声に美珠は笑いを堪えて背筋を伸ばした。
音すら立てず、相馬は机の上に三つのお茶を置いた。
色も香りも今までとは比較にならないものだったが、一口飲んだ祥伽はただポツリと
「まあ、普通」
「普通だあ!」
ギャフンといわせたかった相馬にとってそれは屈辱の一言だった。
「ああ、昨日のお前よりはましだけど。まだ人並み?」
最後に語尾を上げられて相馬の怒りはさらに増した。
けれど祥伽はそんなこと気にもしない。
そして相馬に仕事を命じた。
「そうだ。外に行きたいんだ。手続きしといて」
「はあ? 外だあ?」
相馬は眉間に皺を寄せて、祥伽を睨みつける。
「何のために」
「勉強だ。この国の産業を見て歩きたい。この国は大国だからな」
「こちらも護衛はつける。出られるように上の方に話をつけてはもらえないだろうか?」
相馬の怒りに気がついていた祥侘が相馬に丁重にいうと相馬はきっとこの王子に同調するであろう美珠を見た。
「え? 私も行っちゃダメ? 折角なんだから異国の王子様をご案内してあげないと」
「一応、制限するようには言われてるけど。じゃあ、話してくるよ」