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紅の章 第十話 真っ向から否定する男

 城から詰め所に向かう渡り廊下は太陽が沈み、紫色に包まれつつあった。

 一人の騎士が廊下の松明に火をつけ歩いていたが、美珠の存在に気がつくと丁寧に頭を下げた。

「あの、団長のお部屋は?」

 すると丁寧に教えてくれた。

 正面にあるレンガ造りの国王騎士団の宿舎兼屯所の一階奥が団長の部屋だという。

 建物に足を踏み入れると手前の部屋では灯りがもれ、のぞくと食堂なのか、騎士達が食事を取っていた。

 そのまま、暗い廊下を進んでゆく。

 突き当りには大きな扉があった。

(ここかしら?)

 一歩寄ると、声が聞こえた。

「今日中にその仕事、終えていただけなければ我が騎士が恥をかくのです!ただでさえ、あなたは姫に時間を取られているのに、昨日は一日、他団長と稽古に明け暮れるとは、正気の沙汰と思えませんな。ただの子供ではないですか。騎士団長ともあろう人が、優先順位もわからぬとは。」

「分かってる。書類は今日中に仕上げる。先に帰っていてくれてくれればいいさ。」

「私が先に帰って、もし姫様があなたと夕食でもと声をかけられたらどういたします?下がるのはあなたの価値ですよ。」

「分かった。禁欲のためにもいてもらおう。」

「ええ、姫の誘いなど私が全て断って差し上げます。」

 美珠はその言葉を聞いて扉にかけていた手を放した。

 そんなことを聞くと声をかけるわけにはいかなかった。

(どうしたらいいんでしょう。)

 どんどん気が滅入っていったが、何一つ改善策は見つからなかった。


 宿舎を出て暫く歩いた美珠の前には柵があった。

 その柵に手をかけてみる。

 冷たい金属の感触が両手に伝わってくる。

 自分の身を守るための柵がまるで自分と噂を切り離しているように思えた。

(私はまず何をすればいいの?)

 何を学ぶのが人に認められるのか。

 人を納得させられるのか。

(人のことばっかり、こんな考え方でいいの?一体、私は何がしたいの?何が必要なの?)

 混乱して柵に頭をつけてみる。

 冷たい金属がこめかみに当たった。

「おい、女官。」

 突然の声だった。

 慌てて金属から頭を離し、眼を上げる。

 そこにいたのは黒い男だった。

 肌が黒いわけではない。

 黒い外套に身を包み、顔の半分まで隠していた。が、見えた肌は白く、そして目は赤い色だった。

「女官?」

 美珠は意味が分からず、あたりを見回したがそこにいたのは自分ひとりだった。

「私の…こと?」

「お前以外誰がいる。」

「え。あ、」

 美珠が躊躇っていると男はさらに言葉をかけた。

「女官ではないのか?ならば下働きか。何でもいいが。」

「何です?」

「この国の跡継ぎはそれほどまでに素晴らしいのか?」

「え?」

 突然の言葉に美珠は意味が分からず、もう一度柵へと近寄った。

 すると美珠が少し見上げるほどの背丈の男は一歩下がり、もう一度問いかけた。

「素晴らしいのか?この国の跡継ぎは。」

「素晴らしくなんてない。」

 即答。

 すると男は鼻で笑った。

「なるほど。城の者にそういわれるとは飾り物の王になるか?」

「このままじゃあ、きっとそうなるかもしれない。ううん。きっと、もうなってる。」

「馬鹿なのか?」

「うん。馬鹿で我侭で、自己中心的で人に劣ってて…。きっと心も醜い、私は…嫌い。」

 男は暫く美珠を見つめていた。

 美珠はうつむいて自分で出した言葉に動揺した。

(私…今、何を。何を言ってるの?)

「けれど、町の奴らはそうは思ってない。さっき回ってきたら、皆、聖女だの、女神だの跡継ぎを褒め称えていた。どちらが本当だ?」

「皆・・・何も知らないから。」

「なるほどな。やはりそうか。先ほど、新しい建造物の予定地を目にした。完成予定図が張り出してあったが、あんなもの何を考えて作るのか。自分を神だといいたいのか?」

「それは・・・私もそう思う。」

 初めて美珠は自分の批判を声に出されて逆に安心した。

「あんな光なんていらない。跡継ぎっていったって普通の人間なんだから。」

「そうだな。この国は主を神格化しすぎているようだ。その思想危険だな。」

 男はそれだけ言うと柵から離れていった。

 美珠はその場に座り込んだ。

 否定されて傷つけられたとは思わない。

 自分の功績を何だと思っていると怒りも起こらない。

 功績なんて何もないのだから。

 あれは皆で力をあわせてもぎ取ったこと。

 自分が一人で何かをしたわけではない。

 けれど自分ひとりが神にでもなったかのような扱いだった。

 その自分の中にある違和感を見ず知らずの怪しい男が、今の自分が 一番欲しい言葉にした。

 どんなことでもいい。批判してくれる人が欲しかった。

「自分が嫌い・・・か。」

 理由は分かってる。

 自分に自信がないからだ。

 圧倒的に少ない知識、なまじ、勉強をしはじめてからそれが自分に劣等感を感じさせた。

 勉強などしなければ、きっと自分に知識がないと実感することもなかったし、焦る必要もなかったのかもしれない。

かつての記憶を操作された美珠だったならば、ぶち当たることのなかった問題だった。

「さてと。」

 批判されてやっとやる気が出てきた。

 立ち上がると部屋へと足を向けた。

 こんなところで項垂れているならば、勉強するほうがいい。

 そうすれば、自分を嫌いだと思うこの嫌なこの気持ちが少しでも薄れるかもしれない。

「頑張ろう。そうだ、頑張れ私。」


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