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紅の章 第一話  風

こんにちは、あかつき つばさ です。アクセスいただきましてありがとうございます。姫君の婿捜しが帰って参りました!

今回の舞台は前回のお話から一月後、美珠が跡継ぎとして奮闘する紗伊那国。

お楽しみいただけたら幸いでございますww

「次」

 無機質に検問の男が声をかけると、目の前にいる商人風の若い男が身分証明書と荷物の検査証を手馴れたように見せた。

 同時に検査官らしき男達が荷物の木箱に寄ってくる。木箱には会社の名前と焼き菓子という記載がされていた。

 検査官はそれを上から眺めただけで、検査を終えすぐに目を離した。

 問題があるのは荷物ではなく今検問を通ろうとしている自分。 けれど彼らはそんなことすら気がつかなかった。

 赤い瞳がそんな無能な検査官を追っていたが、検査官の目が自分に向くと視線を反らした。

 赤い瞳。

 何も珍しいことはない。

 この国の国民なら誰もが持っている瞳の色だった。

 男の風体もまた商人。気づかれるほうがおかしいのかもしれない。

 検問を受ける商人には金を握らせ、自分を使用人だと言えと言い含めてある。

 うまくいけばさらに金貨を三枚渡す予定なのだから、商人であればこそ、失敗などしないだろう。

「よし」

 検問していた男は商人の持っていた書類に赤いインクのついた判を押すともう次の商人へと目を遣っていた。

 目の前には紗伊那という軍事大国が広がっていた。

 噂でしか聞いたことがない、この大陸第一の国。

 確かに国境付近には軍人の姿も多く、門の中には石造りの砦があった。

 そしてその砦に掲げられた旗には竜の姿。それを見ると妙に実感が沸いた。

『今、自分は故郷を捨てたのだ』と。

 そう思うと思い出す顔がいくつもある。

 そんな顔を、思い出を全部捨てた。

 故郷に残された全ての者を捨てて今、紗伊那に足を踏み入れた。

 自分の人生を狂わせた男女を探すために。

「どこにいようが見つけてやる」

 男は空を見上げた。

 強い風が吹いて草とその男の言霊を巻き込んで流れていった。


 風が吹いて少女は黒い瞳を窓の外に移した。

 窓の外では緑に茂った青々とした木々が穏やかな風に揺れ、サワサワと優しい音を奏でていた。

「穏やかな日ですね」

 円卓の対角線上にいる両親は何の気なしに呟いた愛娘に笑顔を向けた。

 喉に白い布を巻いたこの国の国王である父は上質の絹で作られた濃紺の羽織を着流しながら、目じりをこれでもかというほど下げ、右手を少し伸ばして右に座る最愛の妻の手を撫でていた。

 一方、きっちりと白い法衣に身を包んだこの国の精神的支柱、教皇である妻は一見迷惑そうな顔をしながらも、夫の手を拒否することなく食後の紅茶に口をつけていた。

「風は穏やかですが、左に暑苦しい人がいるの」

 チクリと嫌味を言った妻だったが、それを聞いた夫が真意を探るべく顔を覗くと赤らめ反らした。

「もう、この人は」

 美珠は最近のそんな両親を見るのが好きだった。

 今まで父方で育てられ、絶縁状態の二人を見ることがあっても、愛し合っている姿を見てこなかった分、ともに朝食をとり、手をつないでいる両親の姿が自分にとっての幸せだとすら感じていた。

「私、お邪魔かしら?」

「いいえ、いて頂戴、二人きりになるとこの人はもっと増長してくるのだから」

 美珠が立ち上がるそぶりを見せながらおどけてみせると父と母は何度も首を振って、自分達の間に生まれたたった一つの宝物を優しく見つめていた。

 以前と違い、娘と過ごす時間が増えた両親は娘の趣味や好みが把握できるようになっていた。

 最近娘は大人になろうとしている。

 今日はまたそれが顕著に見て取れた。

 自分で選んだのであろうドレスは殆どフリルがなく、淡い青色ですっとした大人っぽいラインのものだった。

 そしてやっと後ろで縛れるようになった漆黒の艶やかな髪も結い上げたりせずまっすぐに下ろして大人っぽさを出そうとしていた。

「さてと、今日は一日何があるのかしら」

「そろそろ皆来るでしょう」

 扉が叩かれ仕事の時間がやってくると教皇は手を放し、王は少し寂しそうにその手を引っ込めた。

 見事な草木の彫刻が施された木の扉が開くと数人の男たちが姿を見せた。

「おはようございます」

 黒服に身を包んだ国王付きの四十代の政務官、白い法衣に身を包んだ教皇付きの細い政務官、

 その後ろから顔を見せたのはあまり着慣れない黒い燕尾服を着た美珠の乳兄弟である相馬、それに六種の鎧に身を包んだ各騎士団長たちが続いた。

 彼らがその円卓を囲むように立った。

 いつもの一日の始まりだった。

「では、本日の予定を」

 声をまず出すのは国王付きの男、官吏あがりの男だった。

「本日、陛下にはここの宮にこもって書類に署名をひたすらしていただきます。何があっても今日中に仕上げていただきます。光騎士がお部屋の周りを囲みますのでね。光騎士団長お願いします」

「はい」

 悲しげな顔をする国王に温厚な光騎士団長、光東は深く頷いた。

 脱線したら許しませんよといった顔をして。

 次に声を上げたのは教皇付きの細い男。その口調は穏やかなものだった。

「教皇様には次の視察地についての報告書が届きましたので、お目通し願います。随行する魔法騎士団長も後でお渡しいたしますので。後、一週間後の各地の大司教を集めた会議の議題も昨日決定いたしました。それについて目を通していただきます」

「分かりました」

 いつも仕事を完璧にこなす教皇は頷くと男から書類を受け取った。

 

 これまで国王側、教会側、お互いの日程など一緒に読みあわせることはなかった。

 各側それぞれに考え独立して日々の執務を取っていた。

 そのすれ違いも国王、教皇の不仲へと繋がった一因になった。

 けれど先日の戦い以降、国王と教皇は話し合い、今後国を纏めることになる美珠のためにも、朝食の後お互いの状況を把握するため一緒に予定をきくことに決めたのだ。

 誰からも異存はでなかった。

 そしてもう一つ変わったことといえば……、

「んで、美珠様は今日は視察だよ」

 美珠付きの執事を買って出た相馬は美珠にも仕事が来るように、先述の政務官と調整をするようになり、美珠の社会への認知度を上げようとしていた。

「視察?」

「ん、前言っただろ?美珠様の名前で行われる初めての公共事業の視察。」

「病院を建てるっていう?」

「そう。予定地と予定図が出来上がったからね」

 そういって相馬はずっと手に持っていた大きな模造紙を開いた。

「すごいよ。これのデザイン、この国一の建築士が描いたんだ。」

 それは大理石で造られた三階建ての建物で、正面にはモチーフが描かれていた。

 中央に後光のさした女神がいてその周り五人の男が女神を守るように背を向け、それぞれが武器を手にしていた。

 その衣装から推測するにそれは騎士だった。

「これ……何?」

「ん?先日の戦いでの美珠様らしいよ。その真ん中の人が。あと、周りが各団長、ま、誰が誰かはわかんないけど。女神を守る騎士達だってさ。後世まで伝えるってことらしいから。」

(少しこれやりすぎじゃあ、ありませんか?)

「今日はただの視察だからね。頷いてればいいよ」

 美珠はそんなことを平然と言う相馬を見て眉間に皺を寄せた。

「そういうわけにはいきません!私の名前が出るのならなおさら」

「まあ、その辺は美珠様よりもわかってる専門家がやってくれるから心配しなくていいって。それに今日のお付は国王騎士団長だよ。早く終われば、二人で一緒にいる時間だって」

 美珠はその言葉を聞いて思わず父と自分の間に立っていた国王騎士団長、国明を見上げた。

 まるで物語に出てくるような美しい顔をした背の高い団長は美珠の視線に気がつき笑みを浮かべた。

 切れ長の瞳を細め、見つめられると美珠の心の音も高まり自然と顔が赤らんだ。

(国明さんとは一緒にいたいけど。でも……)


「不服ですか?」

 馬車の中で難しい顔をしたまま無意識に扇を弄んでいた美珠に国明は竜の上から声をかけた。

「頷いていればいいってなんですかそれは! だって、私の名前で作るんですよ。国のお金を使って。だったら私だってちゃんと知っておかなくちゃ」

「なら、ゆっくりお話を聞けばよいではありませんか?これは美珠様にとってはじめての公務であり、この建物は数百年この国の人を助ける建物です。焦る必要はありません。」

 美珠はそういわれて分かっているという風に頷くと、もう一度国明を見た。

 どこか寂しそうな瞳だった。

 目が合うと、国明は首をかしげた。

「何か?」

「でも国明さんとも少しお話したい」

 すると篭手をつけた手が伸びて来て美珠の頬に触れる。その篭手の固く冷たい感触が少し寂しく思えた。彼の手に触れてぬくもりで満たされたかった。

「そうですね。日常生活が戻って前みたいにあなたを見ていられなくもなった。前みたいに同じ部屋で眠れればいいのに」

「仕方ありませんよね。私はこの国の跡継ぎで、あなたはこの国の象徴の騎士団長なんです」

「ええ。そうです」

 国明もまた寂しそうに手を離し手綱を握った。

 そう割り切ったことを言っても、この馬車と竜の距離がとてももどかしかった。

(遠いなあ)


☆登場人物☆

美珠(みじゅ)… 紗伊那の跡継ぎ。16歳。

相馬(そうま)… 美珠の乳兄弟。あまり動じることはない。美珠のよき相談相手。

珠利(じゅり)… 美珠の幼馴染。女兵士。


・国王… 美珠の父、軍を纏める最高司令官。戦いで喉を切られ声が出せない。

・教皇… 美珠の母、名は黎仙(れいせん) この国の精神的支柱。

       


~国王側の騎士団長~

国明(くにあき)… 国王騎士団長 現在美珠の夫最有力候補であり幼馴染。

           22歳 幼名、珠以(じゅい)

光東(こうとう)… 光騎士団長 温厚な男 実家はこの国一の商家。

           24歳 妹、初音(はつね)と念願叶い両思いに。



~教会側の騎士団長~

聖斗(せいと)…教会騎士団長 もっとも大きな騎士団を束ねる最強の男、

         教皇を愛し盾となることを誓う。23歳 幼名、北斗

         ↑彼の幼い頃の話は『姫君の婿選び』に掲載中。

暗守(あんしゅ)… 暗黒騎士団長 水銀の髪と瞳を持つ。純粋に美珠を想う。

魔央(まお)… 魔法騎士団長 部下、魔希を愛する冷静な男。29歳


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