99.悪徳ギルドマスター、ギルメンを追放する
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それは俺の元部下、ローレンス達が、四天王ジャキを討伐してから1ヶ月ほどが経過した。
初夏に入った、ある日のこと。
ギルド【天与の原石】の、俺の部屋にて。
「マルコス。今日限りで貴様はクビだ。このギルドから出て行け」
俺の前にはギルメンの男が立っている。
彼に向かって、俺はクビを言い渡した。
「そ、そんな……追放って事ですか? どうしてッ!」
青白い顔をしてマルコスが叫ぶ。
追放されることが意外だったのだろう。
「ギルドに入ってから今までのことをよく思い出してみろ」
「……確かに、おれは、前のギルドを、平民だからという理不尽な理由で追放されました」
選民思想を持ち、平民を追放するギルドは多いからな。
「けど、そんなおれを拾ってくれたのがあなただ! おれはあなたのために一生懸命に働いたつもりだったのに!」
「ああ、よく働いてくれた。今までご苦労だったな。だがもう来なくて良いぞ」
「そんな……じゃあ、これからおれは……どうすればいいんですか……?」
気を落とすマルコスに、俺は言う。
「明日から【王立治療院】に行け」
「この年で無職はきついです。おれには妻も息子も……って、え?」
きょとん、とマルコスが目を点にする。
「い、今なんて?」
「王都にある治療院へ行け。そこの院長が優秀な治癒術士を捜していた。貴様の腕ならば問題ないだろう」
「王都の治療院って……最大規模の医療施設じゃないですか!」
「そうだな。そこの管理職のポストを用意しておいた。給料は今の3倍になる計算だ。これなら冒険者するより家族に良い生活を送らせることができるだろう?」
俺の言ったことを、彼は最初は理解できなかったようだ。
だがすぐにマルコスは、じわ……と目に涙を流す。
「ギルマス……ありがとうございます」
マルコスは目元を拭いながら言う。
「おれだけじゃなくて、おれの家族のことまで考えて……追放してくださったんですね」
やれやれ、マルコスのやつ、何か勘違いをしているようだ。
「貴様のためではない」
「え?」
「俺は治療院に恩を売っておきたかったから、優秀な人材である貴様を向かわせることにした。つまりは俺は貴様を利用しただけに過ぎん。感謝は不要だ」
ぽかん……とマルコスが、先ほどよりも困惑した様子になる。
「まったく、マスターって人は、相変わらずですね」
後ろで黙ってみていたメイド服の女が、ため息をつく。
銀髪に、鋭い目つきのこいつは、俺の専属メイド【フレデリカ】。
「マルコス様。こちらが資料になります」
フレデリカは彼に茶封筒を渡す。
雇用条件等記載された書類と、俺からの推薦状が入っている。
「マスターの言動は照れ隠しなのでございます。どうか、気分を害さないでくださいませ」
「な、なるほど……」
「違う。余計なことを言うな。駄犬が」
フレデリカの正体は、伝説の魔獣【氷魔狼】だ。
普段は人間の姿に擬態している。
「ギルマス……本当に、本当にありがとうございます……!」
バッ……! とマルコスが直角に腰を折る。
「おれ……向こうでも頑張ります! 一生懸命働いて家族を楽させてやります。そして……いつか必ずあなたに恩を返しに来ます!」
「そうか。期待してるぞ」
「はいっ……! 失礼します……!」
マルコスは晴れやかな表情で部屋を出て行った。
「お疲れ様でした」
ちょうどのどが渇いたタイミングで、フレデリカが冷たいコーヒーを俺の前に出す。
「頼んでないが」
「一流のメイドは、主人ののどの渇きを察知して、欲しいタイミングに飲み物を出すものです」
「そうか」
「……マスター」
にゅっ、とフレデリカの犬の尻尾と耳が生える。
しゅん……とそのどちらもが垂れ下がる。
「礼を言う」
俺は駄犬の頭をくしゃりとなでる。
「いいえ、当然のことをしたまでです。あなたの専属メイドですからっ」
ぱたたたっ、と耳と尻尾が揺れ動く。
やれやれ、犬の世話も楽じゃあないな。
「ところでマスター……。ゆっくりしているところ申し訳ありませんが、次の追放の予定が詰まっています」
「そうだったな」
俺はフレデリカからリストを受け取る。
ずらりと並ぶ、追放予定者達。
「多くなりましたね、ギルメンが。ここ最近特に」
「勇者ローレンス達の活躍がギルドの評判を上げているからだろうな」
ローレンスは元々俺のギルドに所属していた。
今は魔王討伐のためにここを離れて、仲間達と旅にでている。
「超勇者が活躍すればするほど、彼を見いだしたマスターの手腕とギルドが評価される。さすがマスター、そこまで見込んで彼を追放したのですね」
「当然だ。すべては俺のためにやってることだからな」
ギルメン達を追い出すことは、俺の野望に近づけることに繋がる。
つまり俺のために奴らを利用しているのだが……。
「今日もそうだが、なぜやつらは俺に感謝しているんだろうな」
「さぁなんででしょうねー」
フレデリカが呆れたようにため息をついて言う。
「なんだその態度は」
「いえいえ。マスターは相変わらずマスターだなと」
「ふん」
「気に入らないならわたしを追放しますか?」
試すように、フレデリカが笑いながら言う。
「バカ言え。貴様を追い出すのはまだ早い。貴様はもっとこき使う予定だからな」
「ええ、喜んで♡ マスターマスター♡」
誰も見てないことを良いことに、フレデリカが俺の頭をギュッと抱きしめる。
「鬱陶しいな」
「よいではありませんか~♡」
普段クールな女だが、なぜか俺の前だけではこうしてじゃれついてくる。
まあ犬だからな、主人に構って欲しいのだろう。
「しかしマスター。ローレンスの活躍もあって増えたギルメンですが……一つ問題が」
「ギルドが手狭になってきた、だろう?」
「ええ。もともと天与の原石は少数精鋭……というか、入ってくる数と出て行く数がトントンくらいでした。ですが、最近は加入希望者のほうが多くなっております」
結果、ギルドの規模が大きくなってしまい、ギルド会館が狭く感じるわけだ。
「いかがいたしましょう?」
「手は既に打ってある」
俺は引き出しから書類を取り出し、ぱさりと机の上に置く。
フレデリカが手に取って目を通し「なるほど」と感心したようにつぶやく。
「さすがマスター。仕事が早い。お見事です」
ぱちぱち、とフレデリカが手をたたく。
「ですがこんなことせずとも、ギルメンを半分くらい、バッサリ今日にでも追放すればよいのでは?」
「バカ言うな」
俺はフレデリカをにらんで言う。
「次の就職先が見つかってないうちから、追い出せるわけがないだろう」
ただギルドから追い出すことなんて誰にもできる。
しかしギルドの評判が悪くなる。
それに、俺の【野望】から遠のく。
「さすがです。理不尽にただ追い出すことなど子供でもできる。そうはせず、きちんと次を用意して追い出す。あなたさまは、やはり最高のギルドマスターです」
勘違いしているフレデリカに、俺は鼻を鳴らして言う。
「バカ言え。俺はギルメンを次から次へと追放しまくる、冒険者ギルドの悪徳ギルドマスターだ」