98.悪徳ギルドマスター、超勇者を励ます
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ギルドマスター・アクトが、悪神ドストエフスキーを退けた、その日の深夜。
邪神竜ヴィーヴルは、ふと目を覚ます。
「んが……もう夜っすか?」
周囲を見渡す。
ここは北壁にある酒場だ。
四天王のひとりジャキを倒したことで、祝勝会が遅くまで開かれていたのである。
「いやー飲んだっすねー……ひさしぶりに……くわ~……」
勇者パーティ達はみな、酔っ払って眠っている。
その表情は明るい。
さもありなん、四天王のひとりを撃破して見せたからだ。
超勇者を初めとして、全員がパワーアップした。
四天王も残り半分。
これならいける……! というムードになってきているのだろう。
「…………」
とは言えヴィーヴルは浮かれる気持ちになれなかった。
その原因は単純明白。
四天王を、下手したら魔王すら凌駕するかも知れない強敵を知ってしまったからだ。
「悪神……ドストエフスキー。時を止める、やべー神……か」
ジャキ撃破後にドストエフスキーの襲撃があった。
そのとき、アクトがいたからなんとかなった。
……裏を返せばアクトが居なければ、自分たちはおろか、人類は敗北していたのだ。
勇者パーティ達は、その事実を知らない。
止まった時の中での戦闘を知っているのは、アクトとヴィーヴルだけだ。
「……大丈夫、かな」
不安になるのは当然と言えた。
魔王を倒して終わるのは、物語の中だけ。
ヴィーヴル達は、魔王だけでなく、あの悪神すら倒す必要があるのだ。
「ローレンスさんなら……でも……」
無敗の戦士である超勇者すら、止まった時の中で、動けないでいた。
……不安が脳裏をよぎる。
もし、また時を止めて、悪神が人類の希望たるローレンスを攻撃してきたら……。
と、そのときだった。
「……って、あれ? ローレンスさん? どこいるんすか?」
勇者ローレンスの姿がどこにもなかった。
街の外に出てみる。
だが明け方近い深夜、誰も歩いているものはいない。
「ん……? 風を切る音……?」
かすかに聞こえる音の方へと、ヴィーヴルは向かう。
邪神竜の姿となって空を飛び、やってきたのは北壁からそう離れてない場所。
「せい! はっ! ぬん!」
その手に木剣を持ったローレンスが、汗だくになりながら素振りをしていた。
「む! ヴィーヴル! すまない、うるさかったかな?」
「ああ、いえ……別に。あの……なにしてるんすか?」
「…………」
常に笑っているローレンスにしては、珍しく苦い表情になった。
前を向いて、素振りを再開する。
「己のふがいなさを律しているのだ」
「ふがいなさ? なにかあったんすか?」
「ああ。なにか、あったのだろう?」
ローレンスが目だけでこちらを見てくる。
……心当たりがあった。
いや、でも……と心の中で否定する。
超勇者が言っているのは、止まった時の中で起きたことを指している。
だがあり得ないことだ。
あの場において、時王の眼を持つアクトと、対超勇者用の兵器である自分だけが動けていた。
ローレンスが、あのときの出来事を知っているわけがない。
「……あったのだな」
「あっ……」
そこでヴィーヴルはようやく、ローレンスにかまをかけられていたのだと、気づいた。
「あ、いや……その……」
「アクトさんの様子がおかしかった。おれたちに決して弱い部分を見せない彼がだ。……よほどのことが、あったのだろう?」
ローレンスが素振りを辞めて、ヴィーヴルの眼を見やる。
「何があったのか、教えてくれないか?」
「…………」
言えなかった。
まさか時を止める悪神が存在するなどと。
アクトととも約束したのだ。
彼らに言ってしまえば士気が下がってしまう、余計な心配をさせるなと。
「……言えないほどの、深刻な事態なのだな」
「あっ。ち、ちが……」
もはや言っても言わなくても、ローレンスを不安にさせていることに、ヴィーヴルは遅まきながら気づく。
と、そのときだった。
「何をしている貴様ら」
「「……アクトさん」」
黒髪のギルドマスター、アクト・エイジがヴィーヴル達に近づいてきた。
「こんな夜明けからブンブンと騒がしい、近所迷惑だ」
「面目ない……」
ローレンスは珍しく、凹んでいた。
おそらくヴィーヴルの言葉が、彼に不安を与えてしまったのだろう。
「アクトさん。ジャキ戦後に、一体何があったのだ?」
ヴィーヴルは青年を見やる。
彼は邪神竜の眼を一瞥し、ふぅ……とため息をつく。
「時を止める悪神と遭遇した。それを俺が追い払った」
「時を止める……悪神……」
ローレンスは目を剥いて、呆然とつぶやく。
「そんな……ものが、いるのだ……」
……ヴィーヴルは己の失敗を悔いた。
自分のせいで、ローレンスに疑心を抱かせてしまった。
結果、伏せていた真実を、あかしてしまう役目を、アクトに負わせてしまったのである。
「ああ、そうだ。ヤツは時間を止めた。その状態で小型爆弾を使おうとした。俺がいなかったら世界は終わっていただろう」
アクトの眼が、うつむくローレンスを見据える。
「……勇者がいながら、不甲斐ない」
……ヴィーヴルは驚愕する。
あのいつだって笑って困難に立ち向かう男が、本気で落ち込んでいた。
その一方で、アクトは鼻を鳴らす。
「その通りだ。まったく、貴様がついていながら、なんたるていたらくだ」
「……! アクトさん。それは……!」
アクトが投げかけたのは冷たいセリフ。
ヴィーヴルは一瞬怒りかけて、しかしすぐに気づく。
……そうだ、アクトは無駄なことは決してしない。弱者に追い打ちをかけることも、また。
「ローレンス。木剣を構えろ」
バッ……! とアクトが上着をヴィーヴルに投げつける。
「……ああ」
ローレンスは静かに、言われたとおり、剣を晴眼に構える。
「も、模擬戦っすか? 何の意味が?」
「黙って見てろ」
ヴィーヴルはローレンスの強さを知っている。
アクトも確かに規格外の戦闘力を備えているが、しかし武器を用いての直接対決なら勇者に軍配が上がる。
それはこの場にいる誰もがわかっていた。
……それでも彼がローレンスと向き合っている。
何か意味があるのだと、ヴィーヴルとローレンスは悟った。
「本気でこい」
「…………」
ローレンスは深く息を吸い込む。
目を開けて、彼が筋肉を隆起させる。
「せやああああああああああ!」
凄まじい一撃がアクトの脳天めがけて放たれる。
だが……
ビタッ……! とローレンスの体が固まったのだ。
「これは……固有時間停止」
アクトの持つ能力の一つだ。
相手の体内時間を止めることで、動きを封じる奥義。
「くっ……!」
「どうした、この程度か?」
「ぐ……くぅ……!」
ローレンスは必死になって体を動かそうとする。
「む、無理っすよ……体の時間を止められてる。絶対に動けるわけがない……諦めるっすよ」
「ぐ……ぐう……」
体の自由を奪われていても、ローレンスは諦めようとしない。
アクトは黄金に輝く時王の眼で、冷たく見つめる。
「やれやれ、時間の無駄のようだ。やはり俺が貴様のパーティに戻らないとダメなようだな」
ふんっ、とアクトは鼻を鳴らす。
「た、たしかに……アクトさんの固有時間加速があれば、たとえ悪神に時間を止められても大丈夫だし……安心っす……けど……」
「いや! 必要……ない!」
ローレンスの瞳に炎がともる。
「アクトさん……全て、【理解した】!」
その瞬間、ローレンスの目が黄金に……アクトの眼と同じ色となる。
「おれは……バカだ……自分が……何者か……思い出せ……!」
ローレンスの足が、一歩、前に出る。
「ローレンスさん! い、今……足が……!」
「おれは……勇者! おれの仕事は……闇を、悪を切って払い……希望の道を作ること……!」
一歩、また一歩と、ローレンスが動き出す。
固有時間停止の力をかけられ、体内の時間は止まっているはずなのに……。
「人類に平和をもたらすその日まで……おれは、決して立ち止まってはいけないのだ!」
完全にローレンスは動き出し、アクトへと木剣を振るう。
アクトは動かない。
その剣が彼の目の前まで振り下ろされる。
「アクトさん……! 危ないっす……!」
アクトは微動だに動かない。
一方、ローレンスは剣を持ったまま、目の前で、大の字になって倒れた。
「ぜえ……! はぁ……! こ、これで……良かったか……?」
「ああ。できていたぞ。模倣【固有時間加速】」
ヴィーヴルはローレンスに駆け寄る。
「こ、固有時間加速って……アクトさんのワザでは?」
「そう……だ。ヴィーヴル……君がヒントをくれた。止まったときの中で、アクトさんは固有時間加速を使って動いたと」
そう、先ほどヴィーヴルとの会話の中で、ローレンスは時間停止に対する最適解を見つけたのだ。
「いや……時王の眼がなきゃできない奥義っすよ……それを生身で再現とか……やべえっすよあんた……」
アクトはヴィーヴルから上着を受け取り、ローレンスに投げる。
「かたじけない。おれが風邪を引かないように掛けてくれたのだろう?」
「勘違いするな。風邪なんぞ引かれたら、魔王を倒すのがその分遅れる。それは無駄だ」
アクトはきびすを返して、ローレンスの元をさる。
「……ありがとう、アクトさん。おれを、励ましてくれたんだな」
ローレンスは知っている。
このギルドマスターは、とても優しいと。
だが決して、優しい言葉を投げかけることはない。
優しさと甘さは違う。
柔らかい言葉で慰めるようなマネはしない。そんなのは甘えだ。
アクトは言葉を用いずに、悪神への打開策を与え、そして……勇者を激励したのだ。
「勘違いも甚だしいな。俺は不甲斐ない教え子の背中を蹴飛ばしただけにすぎん」
ローレンスも、そしてヴィーヴルも苦笑する。
「ほんと、不器用な人っすね」
「ああ、だが……最高のギルドマスターだ」
ローレンスは無理矢理立ち上がる。
そこに微塵の迷いもない。
超勇者は聖なる剣を召喚する。
それは、地下迷宮【七獄】で手に入れた、古代勇者の宝具。
「アクトさん。この剣に誓う。おれはこの剣で魔王を必ず倒す。あなたが鍛えてくれた、この刃で」
ぐっ、とローレンスが剣を前に突き出す。
アクトは一瞥して、前を向く。
「そうか。期待してる」
それ以上の言葉は不要と、アクトは去って行く。
超勇者は知っている。彼の【期待している】は、お世辞ではないと。
「うむ! おれは、がんばるぞー! あなたのために……!」
かくして超勇者ローレンスは自信を取り戻し、魔王討伐へと確実に近づいたのだった。