96.悪徳ギルドマスター、世界の終わりを人知れず防ぐ【後編】
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アクトは静止した世界でひとり、悪神を名乗る男の前に立つ。
「ば、バカな……なぜこの静止した世界の中で動ける……?」
知将を気取っていた仮面の男が明らかに動揺していた。
「俺の目は特別製でな」
時王の眼。時間と空間を司る最強の魔眼だ。
この魔眼の持つ能力、【固有時間操作】。体内の時間を早めたり遅くする力。
それを応用して使えば、たとえ止まった時のなかであろうと動くことができる。
世界の時間が止まろうと、アクトの中の時間を加速させれば動ける。
……もっとも、相当な負荷が彼の体にはかかっていた。
だがそれをアクトはおくびにも出さない。
その方が、相手を動揺させられると思っているからだ。
「ギルマス、すげーっす! あんたほんとすごすぎっすよ!」
バラバラだったヴィーヴルの体は、アクトの【奥義】によって元通りになっていた。
「……な、なるほど。本当に厄介ですね、あなたは」
仮面の男ドストエフスキーは、深呼吸をして言う。
「先ほど世界を破壊したつもりでしたが……それもあなたの眼の力で戻したのですね」
「まあな」
アクトとドストエフスキーはお互い、硬直状態にあった。
時王の眼を超過駆動させた反動で、アクトの体は大ダメージを負っている。
だがそれを相手が知れば反撃に出てくるだろう。
次の手を打てないのは、目の前の男が持つ眼を警戒しているからこそだ。
「くく……あはは! いや、素晴らしい……実に素晴らしいですよアクトくん!」
ドストエフスキーが大声を上げて笑う。
「未来視で、世界が破滅する様を見ていたのですね。動けないフリをしていたのは私の油断を誘うためのフェイク。なるほど……まんまとはめられてしまいました」
「す、すごいっすアクトさん……悪神すら騙すなんて……」
ヴィーヴルもドストエフスキーも、感心したようにうなずく。
「しかし一度世界を壊す必要があったんすか? 事前に止めることも可能でしたでしょうに」
「そうでもして隙を作らないと、悪神から【これ】を奪えなかったからな」
アクトはきしむ体を無理やり動かしながら、ポケットから【狂化の宝玉】を取り出す。
「ンなっ……!? い、いつの間に!」
目を丸くするヴィーヴル。
一方でドストエフスキーは拍手する。
「お見事です。なるほど、人間、作戦が上手くいっている時が一番油断する。世界が崩壊するまさに刹那、あなたは私の心理的な隙をついて、世界を戻すと同時に、加速の力を使って奪ったわけですか」
何度もうなずきながらドストエフスキーが言う。
「どうした悪神。額に汗をかいてるぞ?」
「ッ……!」
冷静さを取り繕ってはいるが、悪神は今、窮地に立たされているのだ。
奥の手である時間停止をアクトに破られ(ていると思い込んでいる)、秘蔵っ子の爆弾も奪われた。
周りには超勇者を始めとした強力な戦士たちがいる。
悪神は、アクト・エイジの目が持つ力の底を計りきれていない。
どう動くのか、必死になって考えているのか。
アクトには手に取るようにわかっていた。
だが裏を返せば、そんな心理戦をしかけざるをえないほど、アクトはギリギリの状態で立っているということ。
ほどなくして……。
ぼふん! と急に目の前に白い霧が発生する。
「これは……煙幕?」
ヴィーヴルが目を丸くしながら周囲を見やる。
『今日のところは引いてあげましょう。では、いずれまたお会いいたしましょう』
どこからか悪神の声が響く。
ヴィーヴルが目を皿にして探しても、ドストエフスキーの姿はなかった。
やがて、霧が晴れる。
「す、す、すげーっすよギルマスー! あの悪神が、しっぽ巻いて逃げたっすー!」
邪神竜が黄色い声を上げる。
ふらり……とアクトはその場に片膝をついた。
「ど、ど、どうしたんすかー!?」
「……なんでもない」
静止した時間の中を、無理やり動いていた反動が一気にきたのだ。
だがアクトは痛みも苦しみも決して表に出さない。
「それよりヴィーヴル。この止まった時間の中で見たことは、他言無用だ」
「え? ど、どうして……?」
「貴様が知る必要はない。黙って俺の言うことを聞け」
ヴィーヴルは内心で首をかしげる。
だが、すぐさま思い至る。
ジャキを倒したことで今、勇者パーティの士気は高揚している。
ローレンス達は悪神の襲撃、および世界の破壊を知らない。
知ってしまえば、悪神の底知れぬ力を前に怯えて、士気が下がってしまうだろう。
だから、アクトは黙っておけと言ったのだ。
「いいな?」
「……わかったっす」
アクトが立ち上がろうとする。
だが、がくんっ、とまた膝をついた。
崩れ落ちる直前に、ヴィーヴルがアクトの腕を引く。
「む! どうしたアクトさん!」
止まっていたはずのローレンスが、アクトの異変にいち早く気付く。
どうやら時が動き出したようだった。
「何でもない。おい馬、俺を運べ」
「はいっす」
ヴィーヴルは邪神竜の姿となると、その背にアクトを乗せて飛ぶ。
「おや、帰ってしまうのかいギルマス?」
「祝勝会しましょうよ! アクトさん!」
笑顔を向ける勇者パーティに、アクトはそっぽを向いて言う。
「俺には俺の仕事がある。やりたいなら勝手に貴様らだけでやっていろ」
「「「えー……」」」
するとローレンスは「…………ふむ」と何か察したようにうなずく。
「まあまあ! おれたちだけでやろうじゃないか!」
すぐさまローレンスを始めとして、全員が気付く。
何が起きたのかはわからない。
ただ、アクトが疲れていると、察したのだ。
「ま、仕方ないね。じゃあねギルマス。後から宴会に参加してももう遅いからね」
「しっかり休んでくださいねアクトさん!」
アクトは答えない。
ただ、ヴィーヴルの背中をペチンと叩く。
邪神竜は翼を大きく広げて、ローレンスたちの元をさる。
『やっぱ、アクトさんは……やさしーっすね』
ヴィーヴルが、その恐ろしい顔に似合わない、優しい声音で言う。
「なんだ藪から棒に」
『みんなに気を遣って黙ってろって言ったんすよね? ……でも、1人で抱え込むのはよくねーっすよ』
フンッ、とアクトは鼻を鳴らす。
だがかなり消耗しているのか、肩で息をしていた。
『ルーナさんに言えば治癒して貰えたんじゃないっすか?』
「うるさい。余計なことは言わなくて良い」
『そっすね。ルーナさん一人だけに言って、黙っててもらうのは……彼女の負担になってしまうっすからね』
アクトは答えない。
ヴィーヴルはその不器用な優しさに苦笑する。
『……やっぱりアクトさんは、すげーひとっす』
アクトは黙って眠っていた。
誰も聞いていないことを確かめてから、ヴィーヴルはつぶやく。
『そんなあなたが……大好きっすよ』
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