84.勇者、鬼の妹に教えを授ける
ギルドマスター・アクトに保護された、魔王の血縁である【カナヲ】。
彼女は北壁にて、勇者ローレンスと共に、街を歩いていた。
「おー! ひといっぱいだね、ろーれんす!」
「うむ! そうだな! みんな元気で良いことだ!」
かつて魔族に支配され、荒廃していた北壁の街。
だが今は彼らは掃討され、人間たちが安全に暮らせる街へと変貌を遂げていた。
「お! ローレンスさんじゃあないか!」
街人のひとりが、ローレンスに気づいて笑顔であいさつをしてくる。
「うむ、こんにちは!」
ニカッと笑って、ローレンスが大きな声で返事をする。
「おや、ローレンスさん、いつの間にお子さんを?」
「彼女はアクトさんから預かっている大事な仲間だ!」
「カナヲです! こんちは!」
人見知りのカナヲも、最近ではすっかり、人に対して心を開いていた。
元気よく挨拶するカナヲに、街人はうんうんとうなずいていう。
「そうかい、アクトさんとこのお客さんだったのかい」
「ぎるますしってるのー?」
「そりゃあもちろん! この街がいま元気になったのは、ローレンスさんたち勇者パーティの皆さまと、復興を支援してくれるアクトさんのおかげだからね!」
アクトは資金だけでなく、人材も、この街に派遣している。
ローレンスにこの街を拠点にするよう指示したのも彼だ。
ゆえに、街の人たちの、アクトへの信頼は厚い。
「ぎるますは、いなくても、すごい!」
「そうだな! アクトさんはすごい人だ!」
「すごいすごい!」
「すごいすごい!」
「「わっはっは!」」
カナヲはすっかりローレンスになついていた。
彼に肩車されながら、街を練り歩く。
「あ、ローレンスさんおはよう!」「うむ! おはよう!」
「勇者様! この間は魔族から守ってくれてありがとう!」「うむ! 元気そうでよかった!」
待ちゆく人々は、金色の勇者を見かけると、みながあいさつをする。
ローレンスは彼ら一人一人に丁寧にあいさつを返していた。
「ろーれんす、にんきもの!」
「照れるぞ!」
そんな風に歩いていたそのときだった。
「む!」
老婆が道端で、しゃがみこんでいるのを、ローレンスは発見した。
「大丈夫か、ご婦人!」
ローレンスは近づいて、しゃがみこんで尋ねる。
「おやおや勇者様。御心配なさらないでください。少し疲れたので、休んでいるだけでございます」
ケガ病気の類ではなさそうだった。
「良かった! よし、おれが家までおんぶするぞ!」
老婆は目を丸くして、首を振る。
「そんな、勇者様のお手を煩わせるほどではございませぬよ」
「気にするな! さぁ! 乗ってくれ!」
戸惑ったものの、素直に老婆はローレンスの背中に乗る。
カナヲを肩車した状態で、さらに老婆をおんぶし、そのうえで彼女が持っていた荷物を抱える。
かなりの重量だろうに、しかしローレンスの体の軸が揺らぐことは一切なかった。
「ろーれんす力持ちだね!」
「よぅし、いくぞ!」
ほどなくして、老婆を家まで送り届けた。
「ごめんなさいねぇ」
「気にするな! しっかり休息をとるのだぞ!」
老婆に手を振って、ローレンスは笑顔で離れる。
大通りに戻ると、今度は別の人が声をかけてきた。
「ローレンス様、この間は草刈りありがとうね!」
「ゆーしゃさま、このあいだは猫さがしてくれてありがとー!」
街の人々は、みな勇者に感謝していた。
だがその内容は、魔物や魔族を退けたから、というものだけではない。
荷物持ちや失せ物探しなど、どれも取るに足りない雑事ばかりだ。
カナヲは、そんな勇者の姿を見て、はてと首をかしげる。
ややあって。
ローレンス達は、食堂へとやってきた。
「うむ! 美味い! チャーハン! 美味い!」
テーブルについたふたりは、がつがつと、すさまじい量のご飯を食べる。
じーっ、とカナヲが、ローレンスを凝視する。
「む! どうしたカナヲ!」
「ろーれんすは、なんでおてつだいするの?」
はて、とローレンスが首をかしげ、カナヲの質問内容を吟味する。
「お手伝い? おれは何かしていたか?」
「うん。ろーれんす、こまってるひとみかけると、みーんなたすけてた。なにもいわれてないのに」
あの後も、馬車が壊れた商人の荷物を運んだり、迷子の子供を母の元へ送り届けたりしていた。
だがどれも、ローレンスが誰に頼まれることなく、自発的に行動したものだった。
カナヲはそれが不思議だったのだ。
なぜ、助けてと言われてもいないのに、助けるのだろうかと。
「それはな、【情けは人の為ならず】だからだ!」
「なに、それ?」
「アクトさんから教えてもらった言葉だ」
「ひとだすけは、人の為にならないってこと?」
ローレンスは笑顔で首を振る。
「おれも昔は、カナヲと同じ質問をアクトさんにした。けど違うんだ」
勇者は昔を懐かしむように、目を細めて言う。
「人を助けるということは、誰かを幸せにするだけじゃない。助けた本人も、巡り巡って幸せにしてくれるんだと」
「ぬー……むずかしー……」
ローレンスは苦笑すると、カナヲの頭をなでる。
「おれはアクトさんに言われたんだ。勇者の力は、たくさんの人を助けるために、天から授かったのだと。この力は、決して自分のものじゃない。だから、自分の為でなく、誰かのために使えとな」
子供に分かるように、かみ砕いて、かつての師匠からの教えを、次世代へと渡す。
「カナヲも、大きな力を持っている。それはたくさんの人の笑顔を守る力だ。だから、自分のためでなく、人の為に使うといいぞ!」
彼女は思い出す。
ローレンスは誰が困っていても、笑顔で、自分から助けにいった。
その結果、みんな、ローレンスに笑顔で話しかけてくる。
それは、今まで人間たちに、人食いの鬼と蔑まれながら育ってきたカナヲにとっては……うらやましいものだった。
「そーすれば、あたちも、なれる? ろーれんすみたいに?」
ローレンスは、太陽のように明るい笑みを浮かべて、力強くうなずいた。
「うむ! なれるぞ! おれよりも強く立派な、勇者に!」
彼の温かな笑みと言葉は、幼いカナヲの心に、憧憬の火をともす。
自分も、この日輪のように輝く勇者になりたいと。
「あたち……きめました! あたちも、ゆーしゃになります!」
ニカッ、とローレンスをまねて、カナヲは笑みを浮かべる。
彼は嬉しそうにうなずく。
「そうか! よし、おれもカナヲが健やかに勇者になれるように、魔王退治をがんばるぞ!」
「まおーたおしたら、ゆーしゃいらないじゃん!」
「そんなことはない! 世界が平和になるその日まで、勇者は戦い続けるのだ!」
笑顔のローレンスに、カナヲは目を輝かせる。
「すげー! ゆーしゃすげー!」
「わはは! 照れるぞ!」
「あたちも、ゆーしゃなるー!」
「よし、おれたちは勇者だ!」
「「おー!」」
かくして、強大な力を持ち、勇者にも魔王にもなれる可能性を秘めた少女は、勇者になることを決意する。
そうなるよう手引きしたのは、もちろん、アクトによるものだが、ふたりはそれを知らないのだった。
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