83.勇者パーティ、子供のおもりをする
ギルドマスター・アクトが、フレデリカを回収してからしばらくたったある日。
アクトは鬼の妹カナヲを連れて、魔王国の国境の街、北壁に来ていた。
北壁にある、勇者パーティ用の訓練場にて。
180センチを超える金髪の大男、ローレンスが、目隠しをして立っている。
一方で、小柄な緑髪の少女が相対していた。
「ゆーしゃろーれんす! よくきたな! わがはいはまおーなり!」
くわっ、と目を見開いて少女が言う。
魔王を自称する彼女は、【カナヲ】。
「うむ! おれはローレンス! いざ尋常に勝負!」
とはいうものの、ローレンスは素手だ。
一方でカナヲは剣を装備している。真剣だった。
「たりゃー!」
幼い掛け声とは裏腹に、鋭いダッシュを繰り出す。
目で追えない速さの一撃だった。
あまりの速さに、周囲に衝撃波が発生する。
ローレンスの首を狙った鋭い一撃を、ローレンスは素手で掴んで受け止める。
重たい一撃だった。
ローレンスの巨体が、膝まで沈むほどだ。
「かってー! 鉄かよー!」
「ぬぅん!」
ローレンスは刃を掴んだまま、空中へと放り投げた。
ボールのように容易く吹っ飛ぶカナヲ。
「なんのー!」
だが彼女は空中で体勢を整えると、宙に立つ。
「おお! その若さでもう空を翔るなんて! すごいぞカナヲ!」
「もー! ろーれんす! いまあたちはまおー! もっとしんけんに!」
「む! そうであったな! さすが魔王やるな!」
「わはは! ゆーしゃもやるではないか! ではこれはどうだ!」
尋常ではない魔力の高まりを、カナヲから感じる。
通常魔力は目に見えない。
だが、超圧縮された魔力は、黒く輝く。
魔力を剣で、カナヲは高速の突きを放つ。
「【崩壊剣】!」
放たれたのは黒い光の奔流。
「む! これはやばいな!」
ローレンスは両手で防御の姿勢をとる。
黒い光が彼の体にぶつかる。
突如、彼を中心として、周囲にあったものが消えていく。
地面も、壁も、建物も、闇にのまれていった。
「ほぅ! わがひっさつのおうぎをうけて、それでも立っているか、ゆーしゃよ!」
五体満足のローレンス。
その体にはいっさいの傷が無かった。
「やるな、カナヲ!」
「もー! まおーだよー!」
「そうだったな! やるな魔王よ!」
「そっちこそやるなー! よーし、まけないぞー!」
カナヲは魔力で全身を強化し、凄まじい速さで飛翔する。
一撃が大地を割るほどの斬撃を、ローレンスは拳で弾き、時にはつかんで投げる。
そんな超次元のバトルを、離れたところで、魔法使いイーライと槍使いウルガー、そして極東の勇者・火賀美が見ていた。
「なんなの……あれ……?」
あれ、とは言うまでもなく、ローレンス相手に暴れまわっている、鬼幼女のことだ。
「見てわかるだろう? 子供のお遊びさ」
「いやいやいや! どこの世界に、空を飛んで、周囲を消し飛ばす斬撃を放つ子供がいるのよ!」
イーライは周囲に被害を出さないように、結界を張っていた。
だが彼が居なかったら、とっくに北壁を含む周囲一帯は焼け野原になっていただろうことは想像に難くない。
「あの子は特別なのさ」
「特別?」
「どうにも、魔王の血をひくらしいのだよ」
「魔王の血族ですって!? え、やばいじゃない!」
さぁ……と火賀美の顔から血の気が引く。
「こ、殺さなくていいの?」
「バカ言うんじゃあないよ。彼女はただ、魔王の血縁というだけ。悪さをするのは魔王であって、その子供に罪はないよ」
「そりゃ……そうだけど。でもあんだけ強くちゃ、万一人間に反旗を翻したらどうするのよ?」
「ま、そこは安心していいよ」
「なんでよ?」
「ギルマスがそうならないよう、しっかり教育しているからね」
模擬戦を終えて、カナヲがローレンスに抱き着く。
「ろーれんすつよいね! すごい!」
「うむ! カナヲは強いな! すごい!」
ローレンスはカナヲを肩車している。
その笑みは、なるほど人間に敵意を抱く魔族とは、異なっていた。
純粋な子供の笑顔を見て、火賀美が感心する。
「あんだけ強くちゃ、周りから奇異な目で見られて、人間に恨みを抱いていてもおかしくないのに……すごいわね、ギルマスの調教術」
「それは同意するがね、レディに対して調教はないだろう。あの子は人間さ」
「そーね。ごめん」
肩車したローレンスが、こちらにやってくる。
「カナヲと町を散歩してくるぞ!」
「あーはいはい、いってきなよ」
カナヲがぺちぺち、とローレンスの頭をたたく。
「おなかすいた!」
「うむ! では行きつけの食堂へいこう!」
ふっ、とローレンスがその場から消える。
「え!? なに!? なにがおきたの!?」
「瞬間移動だろう? なにを驚いてるのかね」
空間を切って転移する技を応用し、ローレンスが知っている場所へなら、一瞬で移動できるようになっている。
そのことを説明すると、火賀美が唖然とした表情で、ウルガーを見やる。
「なにかね?」
「いや……あんたも常識人ポジションかと思ってたけど、そっち側の人間のようね」
「なんだかすごい不服なんだけれども……!」
「まあまあウルガーさん。怒らない怒らない」
ニコニコと笑いながらフォローするイーライ。
だが彼も彼でヤバいと、火賀美は思っていた。
なにせ先程の超次元バトルの被害を最小限にとどめていたのだ。
イーライをはじめとして、ウルガーもそうだが、ローレンス勇者パーティは全員が人間ではないと、火賀美は思った。
「ところでカナヲとローレンスのさっきのはなんだったの?」
「こどものおもりプラス、対魔王との模擬戦だね」
「模擬戦?」
イーライが説明する。
「魔王は魔力の流れを感知して、相手の技をコピーする特別な目を持っているんです。カナヲちゃんも同じ目を持ってます」
「うわぁ……厄介ねそれ」
カナヲが繰り出した崩壊剣も、ローレンスが以前使ったものだ。
それを見ただけで完璧に再現して見せた。
カナヲの、ひいては魔王の恐ろしさを、遅まきながら痛感させられる。
「がきんちょと戦うことで、魔王との闘いの経験値が蓄積される。がきんちょはストレスが発散できて一石二鳥、というのがギルマスの狙いらしいよ」
「なるほどね……けど、大丈夫なの? カナヲちゃん、魔王の血族なんでしょ? 魔族が誘拐に来るんじゃ……」
「ま、大丈夫ではないかね」
「なんでよ?」
そのときだった。
ズドン! とすさまじく大きな音が町に響き渡る。
「な、なによ今の!?」
イーライは目を閉じて言う。
「どうやらローレンスさんが魔族を蹴散らしたようですね」
「いやちょっと!? え、あんたどうしてわかるのよ!」
きょとん、とした顔でイーライが首をかしげる。
「え、千里眼の魔法ですけど?」
遠くの様子を見ることができる、古代の魔法の一つだった。
「いや古代魔法って……おかしいわよ」
「なにかおかしいですか?」「なにかおかしいかね?」
真顔のウルガーたちに、呆れたように、火賀美がため息をつく。
「いやもう、うん。いいわうん。ま、でもローレンスがついてれば安全ね」
「こちらに居ない時も、ギルマスがいるのだ。誘拐なんてすべてあの目が見抜くことだろうさ」
「さすがギルマスです!」
ローレンス達の異常さもそうだが、アクト・エイジという男もまた、尋常ではないなと火賀美は思ったのだった。
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