77.追放勇者ともう一つの勇者パーティ8
ローレンス勇者パーティとの戦いに敗北した、極東勇者パーティ。
そのリーダーである火賀美は、夜の森の中にいた。
「…………」
ローレンスとの圧倒的な力の差を見せつけられた。
どう逆立ちしても、自分はローレンスには……勝てないと悟ってしまった。
やり返してやる、なんて気概は湧いてこない。
何をどうやったところで、自分ではあの化け物集団には勝てないのだから。
「う……ぐす……うぅ……」
きっと魔王を倒すのはあの金髪の勇者と、その仲間達だろう。
自分たち……いや、自分はもう、不要な人間なのだ。
「勇者じゃなくなったら……アタシ、どうすればいいのよ……?」
と、そのときだった。
『ききっ! こんなところに美味そうなメスがいるぜぇ~?』
「だ、誰よ!」
闇のなかに浮かび上がるのは、1匹のサル。
だが異常に長い尾を持ち、体は闇色に染まっている。
『おれさまはシャドウ・エイプ。公爵級の魔族さ』
「公爵……まさか、上級魔族……!?」
魔族は強さによってランク付けされている。
公爵は魔族の中でも、上位の強さを持つ。
ゆえに上級魔族と呼ばれていた。
「どうしてこんなところに……」
『きき! バカが。ここは魔王国、魔族がいて何がおかしいんだよぉ』
シャドウ・エイプは歯を剥いて、獰猛に笑う。
『ローレンスを殺すまえに、てめえで腹ごしらえしておくかぁ~』
「く……くそぉ!」
火賀美は刀を抜いて構える。
だが……ローレンスに負けたことで、自信を失っていた。
……敗北。その二文字が脳裏をよぎる。
『なにぼんやりしてるんだよぉ……ききっ!』
すぅ……とエイプが闇に消える。
「なっ!? み、見えない……完全に闇に溶け込んでるですって!」
『そう! それがおいらの能力【影潜み】!』
周囲を見渡すが、しかし完璧にエイプの姿・気配を感じられない。
足音すら聞こえないことに、恐怖を覚える。
ガンッ……! と背中に強い衝撃が走る。
「ガハッ……!」
凄まじいスピードで吹っ飛んでいき、木の幹に激突する。
地面にベシャリ、と倒れ伏す。
「げほっ! ごはっ! ガッ……!」
あばらの骨が何本か折れているようだった。
痛みと、惨めさで……涙を流す。
「うぐ……ぐす……うぇええ……」
『ききっ! いい声で泣くじゃあねえか!』
エイプが影から現れて、ニヤニヤと笑いながら近づく。
長い尾が火賀美の首に巻き付いて、持ち上げられる。
『このままじーっくり絞め殺してやるぜぇ……』
「た、すけ……て……たすけ、てぇ……」
『ひゃーっはっは! 誰も助けなんてこねえよばーか!』
と、そのときだった。
ザンッ……! と、長い尾が切断されたのだ。
「がはっ! げほごほっ……!」
『だ、誰だぁ……!?』
エイプの前に現れたのは、蒼い髪をポニーテールにした剣士。
「す、水月……」
「火賀美殿、助太刀に参ったぞ!」
かつての水の勇者水月が、エイプの前に立ち塞がる。
「あ、あんた……どうして……?」
「それより、大丈夫でござるか?」
スッ……としゃがみ込み、水月が火賀美の胸に触れる。
「うん、これくらいなら大丈夫でござる」
「何が大丈夫……って、体が、痛くない……?」
水の勇者は、体内の血液すらも操ることができる。
破れた血管を修復し、一時的に出血を止めたのだ。
そこから応用して、折れた骨や傷付いた肉を修復して見せたのだ。
「ここは拙者に任せてくれでござる」
水の盾と剣を構えて、水月は火加美の前に立つ。
『人間のメスがひとり増えたから、なんだっていうんだよぉ……!』
またエイプが闇のなかに消える。
「き、気をつけなさい! 相手は気配を殺してやってくるわ!」
「大丈夫、でござる!」
振り返って、ニカッと水月が笑う。
かつて、パーティでは見せなかった、明るい笑みに……火賀美は戸惑う。
「拙者は、ローレンス殿から教わったのでござる。勇者とはなんたるかを。なんのために刃を振るうかを」
水月は目を閉じて、水の剣に魔力を流す。
「射幸心を満たすためじゃない……人々の笑顔を守るため、勇者は刃を振るうのでござる!」
カッ……! と見開くと、水月は水の盾で、明後日の方向にシールドバッシュを放つ。
『うぎゃぁああああああああああ!』
超スピードで弾けていくエイプ。
『なぜだぁあああ!? 見えないはずなのにぃいいいいいい!?』
「水を霧状にして、周囲にばらまき、感知をおこなったのでござる!」
跳んでいく敵を超す速さで先回りする。
今度は盾で弾く。
エイプはボールのように空中へとすっ飛んだ。
そして……たんっ……! と飛び上がる。
「拙者は、もううつむかない! ローレンス殿とともに、悪鬼の首を……斬る!」
片手に持った水の魔力が一点集中する。
超圧縮された水の刃が、水月から放たれる。
ザシュッ! という音ともに、公爵級魔族の首が一刀両断された。
『ばか……な……上級魔族を……瞬殺……だと……ありえん……なんなのだ、貴様は……? 勇者、なのか……?』
地面に崩れ落ちるエイプ。
水月はその前に華麗に着地を決めて、首を振る。
「拙者は勇者ではござらん。ローレンス勇者パーティの一員、魔法騎士の水月! この剣と盾は、仲間を、人々の平和を守るためにある!」
自分が敵わなかった敵を……水月は楽勝で倒して見せた。
火賀美の中にあるのは、さらなる敗北感。
ローレンスに負けるのは良い。
あんな人外の化け物に、かなう人類は存在しないと言い訳がつく。
だが、水月に負けるのは……ダメだ。
自分が弱いと見下し、追放した相手が、自分より強い事なんて……認められない。
けれど、自分が負けた魔族に、水月が勝ったことで、強さの格付けがすんでしまった。
「もう……やめるぅ……やめてやるぅ~……」
子供のようにべそをかきながら、火賀美は言う。
「もう勇者なんて……やめてやるんだからぁ~……」
と、そのときだった。
「まだだ。諦めるのは、まだ早い」
火賀美が振り返ると、闇のなかにたたずんでいたのは……ギルドマスターのアクト・エイジだった。
。
「何よ……」
「ここで諦めるのは、もったいない。せっかく貴様には、比類なき才能があるのだからな」
「……そんなもの、ないわよ」
プライドをズタズタに引き裂かれて、火賀美は弱々しくつぶやく。
「アタシが負けた魔族を……水月が倒した。それが全てを物語っているわ。アタシの才能なんて、その程度だって……」
火賀美は三角座りして、顔を膝の間に埋める。
一方でアクトは、彼女を見下ろして、鼻を鳴らす。
「愚者が」
「……なん、ですって?」
「数回負けた程度で、自分の限界を自分で決めてしまうなど、愚か者のすることだと言ったのだ」
「な、なによ……アタシを馬鹿にしてるの?」
「ああ、しているさ。この大馬鹿者が」
アクトは真っ直ぐに火賀美の目を見やる。
彼女は気づく。
アクトの目が、自分を見下したり、蔑んでいないことに。
「大した努力もしてないくせに、何をいっちょ前に落ち込んでいるんだ貴様は。そういうのは、きちんと努力を積んだ者が言うセリフだ。不真面目で怠惰な貴様には、弱音を吐く権利もない」
アクトの言うとおりだった。
自分は今日まで、一度たりとも努力したことがない。
「ローレンスは素質だけでなく、きちんと努力してきた。だからあそこまで強くなれた。才能にあぐらをかいていた貴様とは違ってな」
「い、言いたい放題、言いやがって……!」
わき上がる怒りに身を突き動かされて、立ち上がる。
「あ、アタシだって……アタシだって! やればできるんだから!」
「そうでござるよ火賀美殿!」
水月が用事を終えて、近づいてくる。
「火賀美殿は努力せずこのレベルまでやってきた。ということは、裏を返せば、努力すればもっともっと強くなれるでござる!」
ガシッ、と水月が火賀美の手を握る。
「一緒に、頑張りましょうぞ!」
「………………あんた、アタシのこと嫌いじゃないの? 追放したわけだし……」
「全然! 拙者があのとき使えない人材だったのは事実。人が切れぬ臆病者でござったし……」
だが、彼女は強くなった。
あの魔族をひとりで倒せるほどに。
火賀美は、水月の手の皮がむけて、厚くなっていることに気づく。
彼女は追い出された後も、努力してきたのだろう。
「当然だ。才能だけで強くなってきた人間など、この世には存在しない」
火賀美は振り返り、アクトが冷静に言う。
「人は皆、天から与えられた比類ない才能を持っている。才能は平等だ。そこに誰にも負けない努力を積んできた者たちのことを、天才というのだ」
……悔しいが、認めざるを得なかった。
火賀美は目を閉じて、そしてうなずく。
「わかった。あんたの下につくわ」
水月と、そしてアクトを見て言う。
「アタシにも、努力の仕方教えて」
「もちろん! 一緒に頑張りましょうぞ!」
かくして、極東勇者パーティは、ローレンス勇者パーティの下につくことになったのだった。
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