75.追放勇者ともう一つの勇者パーティ6【ひがみ③】
極東の勇者・火賀美は、宿屋の食堂にて、水月と再会した。
「こんなとこにいたのね、水月」
「……おひさしぶりで、ござる。火賀美殿」
水月の表情は暗い。
彼女にとって火賀美は、元パーティメンバーであり、自分を追放した存在。
苦手意識はどうしても拭えない。
「ちょうど良いわ。あんたに話があったのよ」
「拙者に……?」
ローレンスはそれを見てうなずく。
「おれたちは邪魔なようだな! 水月、席を外すぞ!」
「あ……」
ローレンス達に、離れて欲しくなかった。
火賀美にどんな事情があるかは知らないが、一人きりでこの女の相手をするのは嫌だった。
「まあまあ、待ちたまえよ」
ウルガーがそれを制する。
「レディ、うちのパーティメンバーの水月に、どんなご用事かね?」
「パーティメンバー……? へぇ、水月、あんたもう新しいパーティに入ったんだ」
「別にいいじゃあないかね。人は一人では生きていけない。そんな単純な原理さえ、君はわからないのかね? 勇者のくせに」
「うぐ……! な、なんなのよあんた! よそ者はどいてなさいよ!」
火賀美はぐいっ、と水月の手を引いて言う。
「水月、戻ってきなさい。これは命令よ」
「は? え、も、戻る……とは?」
「言葉通りよ。こんなパーティよりも、アタシのパーティに戻ってきなさいっていってるの!」
火賀美からの提案に、水月は驚かされる。
つい先日、自分を追放したくせに、なぜ今更戻ってこいと言われるのだろうか?
事情は不明だったが、プライドの高い彼女が自分の考えを撤回してまで、水月を連れ戻そうとしている。
これは、なにか事情があるのだろうと悟った。
それでも……。
「……嫌、でござる」
「は…………? 今、なんつった?」
「嫌、でござる。拙者は、ここに、いたいのでござる……」
極東勇者パーティよりも、ローレンス達とともに過ごした時間は確かに短い。
それでも彼女は彼らのそばにいたかった。
強く、仲間思いで、何より暖かい。
この黄金勇者とその仲間達とともに、魔王を倒したい。
それになにより、自分を救ってくれた、アクトに恩を返したい。
だから水月は、ローレンス達の元を離れたくなかった。
「この……調子に乗るんじゃあないわよ……!」
申し出を断られ、火賀美はブチ切れる。
「水月のくせに! この火の勇者である火賀美様の申し出を断るですって!? 図に乗るなよこのブス!」
「ひ、火賀美様……それくらいに……」
光の勇者が止めようとするが、火賀美は声を荒らげる。
「こうなったら力尽くでも連れて帰るわ!」
抜刀し、それを水月に突きつけようとして……気づく。
「あれ!? か、刀はどこいったのよ!?」
さっきまで確かに刀を持っていたはず。
だが、今の彼女の手には、鞘ごと刀が消滅していた。
「お嬢さん!」
目の前の金髪の大男が言う。
「刃は悪に向けて振るうもの! そうだろう!」
彼の手には、鞘に収まった火賀美の刀があった。
「うそ……いつの間に……」
「これはお返しする! だがこんなところで刀を振るのは危険だぞ!」
火賀美は戦慄する。
自分が刀を取られたことも、鞘を抜かれたことも気づけなかった。
さらに言うなら、目の前の男の動きを目で追えなかった。
最強の、火の勇者である自分よりも、強そうな男の出現に……火賀美は嫉妬した。
「なんなのよあんた偉そうに!」
「おれか? おれは……」
ローレンスだ、と名乗る前に、火賀美はかぶせるよう言う。
「あんたが誰か知らないけど! そこの女はアタシの物なのよ! 返して!」
「それはできん! 本人が望んでいない以上、脱退は許可できない! それに人は物じゃあない!」
「この……! いい加減に……!」
火賀美が殴りかかろうとしたそのときだった。
「ふたりとも止めろ、こんなところで」
「「「アクトさん!」」」
黒髪の青年、アクトが、騒ぎを聞きつけて食堂へとやってきたのだ。
「貴様は極東の勇者だな?」
「そ、そうよ……なんなのあんた!?」
ローレンス達を一瞥し、一瞬で状況を理解した後、彼は言う。
「こいつらの、マネージャーのようなものだ。水月をスカウトしたのも俺だ」
「勝手なことしてるんじゃあないわよ!」
殴りかかろうとする。
だが、アクトににらまれると、なんとも言えない迫力に、気おされてしまった。
「では、こうしよう。互いのパーティ同士で戦い、勝った方のパーティに水月が入る。それでどうだ?」
アクトからの提案に、にやり、と火賀美が笑う。
「いいわ。戦いで白黒ハッキリつけましょう」
にやり、とアクトもまた笑う。
「その言葉に二言はないな」
「ええもちろん。なんだったら、アタシひとりで、そこの金髪とお仲間達、全員を相手にしても良いくらいだわ」
「そうか。ちなみに貴様、この大男の名前を知っているか?」
「は? 知らないわよ。見たところ冒険者でしょ?」
彼女の不幸は、自分のことと名誉以外に、興味がまるでなかったことだった。
ローレンスパーティという、自分の活躍を邪魔する存在が居る。
その事実だけしか知らず、どんな奴らなのか、まるで興味がなかった、知らなかったのである。
「あ、アクト殿……」
不安げに、水月がアクトに話しかける。
「大丈夫だ。俺に任せておけ。それとも、貴様は自分の仲間が負けるとでも思っているのか?」
「水月! おれたちに任せろ!」
力強くうなずく、ローレンス達勇者パーティ。
彼らの強さは、自分がよく知っている。
こくり、と水月はうなずいた。
「よし。場所は俺が手配しよう。2時間後でいいか?」
「いいわよ。どーせアタシたちが勝つんでしょうしね」
「万一貴様が負けたらどうする?」
「はんっ! 絶対負けるわけないじゃない」
「大した自信だな」
「当たり前よ、こっちは最強の勇者パーティなんだから」
「では、何があっても負けるはずないと?」
「もちろん! 万一負けたら……そうね。逆に水月の舎弟にでもなってやろうかしら」
アクトはニヤリと笑って「そうか」とうなずいたのだった。
【※読者の皆様へ】
「面白い」「続きが気になる」と思ってくださったら広告下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけますと幸いです!