69.女子会
ギルドマスター・アクトが経営する天与の原石には、【寮】という物がある。
これはギルド職員だけでなく、ギルドに所属していれば格安で借り受けることが可能なアパートメントだ。
ある日の夜。
鬼の霞の部屋に、年の近い女子達が集まっていた。
「霞ちゃーん、遊びに来たわよぉ」
「ショコラーデ先生。それに、カトリーナさんに、ロゼリアさんも」
治療室長、受付嬢長、そしてSランクパーティのリーダー。
そうそうたるメンツだが、この4人は結構仲が良い。
というのも、皆歳が近く、女子寮に住んでいるため、休みの日には度々集まって飲むのだ。
「いらっしゃーい!」
「「「おじゃましまーす!」」」
女子寮はかなりの広さがある。
2LDK。これで風呂とトイレが分かれていて、しかもほぼただ同然の値段で借りられる。
「いつ見ても、霞ちゃんの部屋は綺麗に片付いてるわね~。お姉さん感心しちゃうわ」
ショコラーデがリビングスペースに女座りする。
「霞ちゃん、わたくしお酒持ってきましたの」
「ありがとうございますロゼリアさん!」
「おつまみ作るのも手伝いますわ♡」
ふたりが台所に立って作業する。
一方で、ショコラーデとカトリーナは座って、ふたりの作業が終わるのを待っていた。
「あんたも手伝ってくれば、カトリーナ」
「わ、私はほら……料理がちょっとあれだから」
「はいはいわかってますよ。家事全般超苦手だものね」
「う、うるさいっ!」
ややあって。
「「「「かんぱーい!」」」」
簡単なおつまみが、テーブルの上に載せられている。
女子達はワイングラスを傾けて、ほぅ……と吐息をつく。
「いやぁ、それにしても、霞ちゃん料理上手ね~」
「ほんと、びっくり……。どこで習ったの?」
年長者ふたり(カトリーナ、ショコラーデ)が感心する。
「えと、うち両親が、あんまり家にいなかったので。カナヲのために小さな頃から料理作ってたら、自然と……」
「まぁ……お辛い過去があったのですわね」
ロゼリアは霞を抱きしめて、頭をなでる。
「ごめんね、辛いこと思い出させちゃって」
「い、いえ! もう今は幸せですし! 気にしないでください!」
「ほんと良い子ね霞ちゃんって。料理もうまいし、気遣いもできる。これはギルマスの心は彼女にとられちゃうかもね~カトリーナ?」
ショコラーデがニヤニヤ笑いながら、カトリーナに言う。
「な、なによ……なにがいいたいの?」
「べっつにー。ただ、霞ちゃん若いし綺麗だし、家事も得意だから、このままだと取られちゃうわよお・ば・さん♡」
「むきー! なによ! あんただっておばさんじゃないのよぉ!」
酔ったカトリーナが、ショコラーデに声を荒らげる。
「ふ、ふたりとも仲が良いんですね……」
「あのお二人はなんでも、ギルドに入る前からのお知り合いらしいですわ」
「ということは、ショコラーデさんもどこかの貴族令嬢ってことでしょうか?」
「詳しくは存じませんが、高貴な生まれと聞いたことがありますわ」
ショコラーデは治療室長として、ギルドメンバー(主に男子)たちからの人気が高い。
だが誰一人として、彼女のプライベートを知るものはいない。
謎多きことが、さらに彼女の人気を後押ししている。
「だいたいさー、あんたいい年して家事スキルゼロってヤバいわよぉ。あんたたち、カトリーナの部屋? 見たことある?」
「「いえ」」
「やばいわよ、超汚部屋」
「うわぁああああああ! やめてぇえええええええ!」
ケラケラと楽しそうに笑うショコラーデの口を、カトリーナが必死になって塞ごうとする。
「い、意外です……外ではすごいきっちりしてる、大人の女性だとばかり……」
「その実体は、家ではラフな格好でゴロゴロ。家事超苦手のダメ女なのよぉ」
「やめて霞ちゃん! 失望しないでぇ!」
だが霞は笑顔で言う。
「まさか! 失望なんてしません。完璧な人間なんていませんし。むしろ、親しみがわいて、今まで以上に好きになりました!」
ほぅ……と3人が感心したように吐息をつく。
「良い子じゃない」「良い子ですわね」「うぁん! 良い子すぎるよぉ! 負けちゃうよぉお! わーん!」
酔ったカトリーナが机に突っ伏して、わんわんと泣き出す。
「どーせ! どーせ年増ですよ! 若くないですよー!」
「そ、そんな……カトリーナさんまだ20代じゃないですか。全然若いですよ!」
「うるせえ10代! 自慢かこの野郎ー!」
「めんどくさいでしょ~この年増」
ショコラーデは実に楽しそうに酒をあおる。
「ギルマスぅ~……こんな年増じゃだめですかぁ~……?」
「あの方は別に歳なんて関係ないと思いますわ」
「そうかなぁ……?」
ロゼリアが笑顔でうなずく。
「でもロゼリア、あんたも若いしな……くそっ! 若ささえあれば……今頃ギルマスと……」
「そんな勇気ないくせに~」
「うるしゃい! あー! ギルマスー! 大好きー! 結婚してー!」
ぐびぐび、とカトリーナが涙を流しながらワインを次々とあおる。
とても、外で才女と呼ばれる、受付嬢長とは思えなかった。
「で、お二人さんは、ギルマスに、ヴァレンタニアのチョコレート渡せたの~?」
ショコラーデが狙いを、霞とロゼリアに定めたようだった。
「はい! ちゃんと渡せました!」
「わたくしも、クエストを終えて帰り際に。ショコラーデ先生は?」
「あたし? あたしはあげてないわよ」
「「え? な、なんで?」」
ショコラーデはワインを手に微笑んで言う。
「あの人、もう食べきれないくらいたくさん、チョコレートもらっているからね。これ以上渡したら、困っちゃうじゃない?」
ハッ……! とふたりが気づかされる。
「た、確かに……」「わたくしたち、自分がチョコをあげることばかりを考えていましたわ……」
「あの人ね、律儀だから、もらったもの全部食べるのよ。少しでも負担減らそうって思って、あげないのよ、あたしはね」
ふふっ、とショコラーデが笑う。
「す、すごい……ギルマスのこと、よくわかってらっしゃる」
「なにか特別な感じがしますわ……」
「は、はい! しょ、ショコ先生とギルマスは、どんなご関係なのでしょうか!」
気になった霞が、手を上げて尋ねる。
「元カノ」
「「ええーーーーーー!?」」
「う・そ♡」
「「よかったぁ……」」
露骨に喜ぶ年少組ふたりを見て、ショコラーデが頬に手を当てて言う。
「ふたりとも、ギルマスのこと大好きなのね~♡」
「そ、それは……まぁ、好き、です」
「ええ、心から、愛していますわ♡」
恥ずかしがりながら霞が、微笑みながらロゼリアがそれぞれ答える。
「どんなとこが好きなのかしら?」
「ど、どんなって……それは、か、かっこいいし……優しいし……」
「弱者に手を差し伸べ、ギルメン一人一人のことを大切にしてくださる、その慈悲深いところがたまらなく愛おしく存じますわ♡」
「ああ、いいわー……若い女の子の恋バナ。初々しい。ねえ、カトリーナ」
ワインボトルを抱いて、手酌でワインをあおっているカトリーナ。
「あんだって?」
「この若いふたりはギルマスだいすきなんですって」
「ケッ……! 若造が」
「「わ、若造……?」」
据わった目で、カトリーナがふたりをにらみつける。
「言っておくけどね! わらし、あの人がギルドを立ち上げたころからずぅ~~~~~~~~~っと大好きなんですからねぇ!」
カトリーナが声を荒らげる。
「あの人の苦労を、いちばんよーくしってるのは、わたしなんですからね! わたしが一番ギルマスだいちゅきなんですからね!」
「カトリーナ様は、そんなに前から天与の原石に?」
ショコラーデがうなずいて答える。
「そうね、あたしとこのポンコツと駄犬メイドは、創生期のメンバーよ」
「「へぇ~……」」
ロゼリアも霞も、比較的最近になって天与の原石に入ったため、昔の事をよく知らない。
「ギルマスは昔から素敵な殿方でしたの?」
「そりゃあもう! もうねー、クールで仕事ができてー、それにぃ~……やさしくってぇ~……ぬへへへ♡ 大好き♡ 好き♡ 好き好き好きっ♡」
ボトルを抱いて、カトリーナが蕩けた笑みを浮かべる。
「愛しているのですわね」
「そうねぇ、このポンコツ、特にギルマスに恩義を感じてるからね」
「そうなんですか?」
「ええ。ほら、この子良いところの出だったでしょ。もう仕事できないわ、とろくさいわで、自信なくしちゃってね。いつも凹んでたわ」
貴族の家を理不尽に追放され、行き場のない彼女を拾ったのはアクトだった。
だが就職したはいいものの、今までまともに働いたことはなく、失敗を繰り返していたそうだ。
「でもね! ギルマスは優しいの! わたしをクビにしなかったし、それどころか、根気よく仕事を教えてくれて、おまえには才能があるって、励ましてくれて……」
カトリーナは美しい思い出に浸りながら、幸せそうな笑みを浮かべる。
「だから……アクトさんのこと。大好き」
「「…………」」
カトリーナのアクトへの思いの大きさの理由を知り、ふたりは押し黙ってしまう。
「あら、諦めるの?」
「いいえ、まさかですわ」
ロゼリアは背筋をただし、胸に手をあてる。
「ギルマスを愛するこの気持ちは、誰にも負けないと自負しています」
「で、霞ちゃんは?」
わたわた、と霞が慌てて、しかし、顔を赤くして、うつむいて言う。
「……好きです。ギルマスを、あきらめたく、ありません!」
若い2人の熱い思いを聞いて、ショコラーデは嬉しそうに言う。
「幸せ者ね、ギルマスも。こーんな若くて美人に思いを寄せられてるんだから」
「うるしゃーい!」
カトリーナが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ギルマスはわたしのだもん! 大大大すきだもん! だれにもぜぇったい、ゆずらないもーん!」
がくんっ、とカトリーナは机に突っ伏すと、すぅすぅと寝息を立て始める。
「言いたいこと言って寝ちゃったわよこの子。ごめんね、霞ちゃん。あとで連れて帰るから」
「あ、いえ。泊まっていってください。お布団は余計にありますし」
「あらそう? じゃあお姉さんもお泊まりしちゃってもいい?」
「あ、わたくしも泊まっていきたいですわ!」
ぱぁ……! と霞が表情を明るくして、力強くうなずく。
「はい! えへへ~♡ 友達とお泊まり……えへへっ♡ うれしいです~……♡」
鬼として、迫害されて生きてきた。
友達とお泊まり会など、したことがなかった。
「わたし、このギルドに入ってよかったです。ギルマス……感謝してます……」
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