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68.悪徳ギルドマスター、チョコを使って悪どく儲ける



 ある日のこと、俺が屋敷で朝食を取り終えると、料理長の娘が笑顔でやってきた。


「アクトさまっ、はいこれ、チョコレート。リリが作りましたっ!」


 獣人の少女リリが、笑顔で、俺に包みに入ったチョコを手渡してくる。


「なんだこれは?」

「きょーは、【ヴァレンタニア】の日ですからっ」


「ヴァレンタニア……」


「はいっ! 大好きな人に、チョコレートを贈る、大切な日ですっ!」


 そう言えばもうそんな時期か。

 全体的に街が浮かれていたのは、そのせいもあったのだな。


「うけとってください!」

「そうか。もらっておこう」

「やった! わーい! おかーさーん! アクトさまにリリのチョコ、うけとってもらえたよー!」


 リリが笑顔で、母である料理長のもとへ駆けていく。


 すると、使用人達がぞろぞろと、俺の前にやってきた。


「なんだ貴様ら?」

「旦那様、チョコレートを作ってきました!」「あたしのも受け取ってください!」


 使用人達全員が、俺にチョコの入った箱を突き出す。


「フレデリカ」

「御意」


 メイドのフレデリカはカートを持ってくる。


「はいはい、みなさんのチョコレートあずかりますよー。ここに置いてってくださーい」


「「「はーい!」」」


 使用人達からのチョコレートが、どさどさと、カートの上に載せられていく。


「みな、礼を言う」

「「「いえいえ!」」」


「用が済んだら仕事に戻れ」

「「「はーい!」」」


 使用人達は嬉しそうに、食堂を出て行く。

「アクト様に受け取ってもらっちゃった!」「やったー!」「想いが届くと良いなぁ」


 やれやれだ。


「またこの時期がきたか。どうしてみなこのイベントに、毎回律儀に参加するのだろうな」

「つーん」


 フレデリカが、なぜか知らんがそっぽを向く。


「なんだ?」

「べつにー」


「出かけるぞ。それは魔法マジック袋に仕舞っておけ」


「つーん」


    ★


 着替えを終えて、俺はギルド【天与の原石】へと顔を出す。


「ギルマスがきたぞー!」


 入り口近くに居たギルメンが声を張り上げる。


「「「ギルマスー! チョコ受け取ってくださーい!」」」


 どどどっ、と雪崩のようにギルメン達が押し寄せてきた。


「はいはい、チョコ受け付けますよー。わたくしの前にならんでくださーい」


 フレデリカが手を広げ、壁を作る。


「姐さんどいてください!」「直接渡したいんです!」「ギルマスー!」


 まったく、どいつもこいつも……。


「ダメですよ、皆さん。ギルマスが困っているではありませんか」


「「「カトリーナさん!」」」


 受付嬢長のカトリーナが、微苦笑を浮かべながら近づいてくる。


「直接でなくとも、みなさんのギルマスLoveな思いは伝わります」


「いやでもさぁ~」「直接渡したいですぅ」


 不満げなギルメン達。


「ギルマスも忙しいのですから。ほら、みなさん、お行儀よく一列に並んでください」


「「「ふぁーい……」」」


 俺は後をカトリーナとフレデリカに任せて、2階へと向かう。


 階段から下を見下ろすと、ふたりの前に、大行列ができていた。


「くっそぉ、今年こそギルマスに直でわたしたかったのにぃ~」

「次は屋敷の前で出待ちしておこうかしら?」

「だめだめ、ギルマスに迷惑をかけない! それがルールでしょ?」

「「「そっかーぁ……くそぉう……」」」


 ギルマスは自分の部屋へと行き、決裁文書に目を通す。


 ややあって。


「おはようございます、アクト様!」

「ユイか。おはよう」


 弟子のユイが出勤してきた。


「下の階、すごい行列でしたね。ギルメン全員がアクト様にチョコあげてました。さすが、大人気ですね!」


「暇な奴らだ、まったく」


 俺が書類に目を通していると、ユイがまだ俺の前にいることに気づく。


「なんだ?」

「いえ……その……あの……アクト様」


 ユイは顔を赤くして、もじもじと身をよじっている。


「その……すでに皆さんに、いっぱいもらってるから……迷惑かなとは思ったんですけどぉ~……その……」


「そこの机の上に置いておけ」


「はいっ!」


    ★


 午後の仕事をしているときだった。


「アクトさーん!」


 天井を破壊して、黄金の髪をたなびかせながら、大男が降りてきた。


「ローレンス」

「アクトさん! 久しぶりだな! ユイくんも!」


「は、はい……おひさしぶりです……」


 ローレンスが笑顔で俺の前に立つ。


「ちょっとローレンス! 君、ちゃんとドアから入りたまえよ! 非常識にも程があるだろう!?」


 ドアが開くと、ウルガーを始めとした、勇者パーティ達が入室してきた。


「む! 確かにそうだったな!」

「はいはい直しますよっと」


 回復術士ルーナが、壊れた天井を一瞬で直す。


「何をしに来た、貴様ら」

「アクトさんに! おれの思いを伝えたくてな!」


 ローレンスは手刀で、何もない空間を切る。


 空間の裂け目とでも言うべきそこに手を突っ込むと、皿に載ったチョコ菓子を取り出した。


「え、今のなに!?」


「フォンダンショコラだ! 熱いうちに食べてくれ!」


「いやそうじゃなくって! え、空間を手刀で切ったのかい!?」


「うむ! 異空間に収納しておけば、熱々のやつを提供できるからな!」


 呆れたようにウルガーがため息をつく。


「まったくローレンス。このギルマスのことだから、チョコはもううんざりするほどもらっているだろ? そんな今すぐ食わないとダメなものを贈られても迷惑だろうに」


「む! 確かに……これは失礼したアクトさん!」


 空間に戻そうとする。


「誰も食わないと言ってないだろうが」

「ほんとか! うれしいぞ!」


 俺はローレンスから皿を受け取る。


「フレデリカ、フォークを。あと紅茶を全員分」

「つーん」


 フレデリカはそっぽ向きながら、俺の元から離れていく。


 やれやれだ。


「ギルマスっ、一生懸命つくりました! 受け取ってもらえると……うれしいです!」


 魔法使いイーライをはじめとした、勇者パーティのメンバー達が、俺の机に手作りチョコを置いていく。


 ややあって。


 ソファに座る勇者パーティ一行は、お茶しながら談話している。


「まったくバカだねぇ君たち。イベントプランナーの策略にホイホイと乗ってしまうんだから」


「と、いうと?」


 ウルガーが得意げに、イーライに説明する。


「このヴァレンタニアというイベントは、元々なかったのだよ。それをどこかの誰かが、【大好きな人にチョコを贈る大切な日】と勝手に決め流行らせた。その結果チョコの売り上げが伸びる。商人はウハウハ。イベントを仕組んだやつもボロもうけってわけさ」


「な、なるほど……」「言われてみれば、昔はなかったわね」「そーいや誰が仕組んだんだろーね、ヴァレンタニアって?」


 はて……? と勇者パーティ達が首をかしげる。


「ウルガーさん、知ってます?」

「う……さすがに僕もそこまでは」


「ギルマス、何かご存じですか?」

「さてな」


 俺は紅茶を啜りながら、もらったチョコレートをつまむ。


「貴様ら、こんなところに来る暇などあるのか?」


「大丈夫だ! ヴィーヴルの背に乗れば、ここまで一瞬で来れる!」


「自分もう完全に馬車扱いっすよトホホ……」


 人間の姿になっている邪神竜が、しょんぼりと頭を垂れる。


「いやローレンス、あんた毎回ひとりで勝手に突っ走ってここへ来るじゃない」


「邪神竜より速く走れる……すごいですローレンスさん!」


「いやそもそも空を走ってる時点でオカシイからね」


 ちらちら、とウルガーが俺を横目に見ながら言う。


「なんださっきから?」

「いやまぁ……その、何でもないよ!」


 するとテイマーのミードが、めざとく見つける。


「ウルガー、ポケットに入ってるそれ、わたさねーの?」


「い、言うなバカッ!」


 ウルガーは立ち上がって、俺の前までやってくる。


「こほんっ。ま、僕はイベントプランナーの策略にまんまと乗せられるような、愚か者ではない……が。ま、日頃の感謝を忘れるような恩知らずでもない」


「何が言いたいのだ貴様?」


 そっぽ向きながら、ウルガーがポケットから箱を取り出してくる。


「光栄に思うが良い。いずれ魔王の心臓を串刺しにし、全世界の女子達から注目の的になる予定のこのウルガーから、ヴァレンタニアのチョコレートをもらえる名誉をね!」


 後ろで聞いていたパーティメンバー達が苦笑しながら言う。


「あんたもまんまと乗せられてるじゃん」

「なんだかんだ言ってウルガーもギルマス大好きだな」「ウルガーさん素直じゃないんですから~」「さすがアクトさん! モテモテだな!」


「う、うるさいよ君たちぃ!」


 俺はため息をつきながら、ウルガーからチョコを受け取る。


「礼を言う」

「ふ、ふん! 別にこれは特別な意味が籠もってるわけじゃないからね、勘違いしないでよね君ぃ~!」


 ウルガーが顔を赤らめて言う。


「ウルガーさん、きしょいっすよ」

「んなっ!? ヴィーヴル君ちょっと辛辣だよ!?」


「ふーんだ。いつも馬車のようにこき使うあんたの行いが悪いんすよ」


「ダメだぞウルガー! どこへ行くときでも修行を忘れては! 空を走る! もしくは空間を切って移動しないと!」


「いやそれできるの君だけだからぁあああああ!」


    ★


 その日の夜。


 俺は屋敷に戻り、私室のベッドに座る。


「フレデリカ」

「つーん」


 部屋の隅で不機嫌そうに立っているメイドに、俺は声をかける。


「もらったチョコレートはどれくらいになった?」

「つーん」


 フレデリカがそっぽ向いている。

 俺はため息をつく。


「さっさとチョコレートをよこせ」

「よこせ?」


「……貴様からのチョコレート、まだもらってない」

「もう一押し」


「……俺は貴様のチョコレート、もらえないのか?」

「んも~♡ しかたないですねぇ~♡」


 隠していた犬耳としっぽがひょこっとでる。


 ぱたぱたぱた、と機嫌良さそうに、尻尾と耳が動く。


「マスターのために、心を込めて作ったチョコレートですよ♡」


 懐に忍ばせておいた、包みに入った箱を、俺に手渡してきた。


「そうか。いつもすまんな」


「いえいえ~♡ マスターのこと大好きですので~♡ しかし自分から欲しいって言うなんて……そんなにフレデリカからのチョコが欲しかったんですか~♡」


 毎度こうしないと、こいつは機嫌が悪くなって仕方ないのだ。


 だから自分から欲しいと言うことにしている。


「フレデリカ。魔法マジック袋を」

「はいはい」


 一見すると手のひらサイズの革袋だ。


 カートの上で逆さに振ると、包まれたチョコの箱が、どっさりと山積みになる。


「これはほんの一部です。各地から、ギルマスあてにチョコレートが次々と送られてきてますよ」


「まったく、流行りすぎだ」


 俺はため息をついて、ベッドに横になる。

 一つ手に取って、口に含む。


「ご自分で始めたことでしょう?」


 フレデリカがカートに積まれたチョコレートを片付けていく。


「さすがですねマスター。ヴァレンタニアを流行らせ、チョコレートの売り上げに貢献するなんて」


 俺がギルドを追放されて間もない頃、資金繰りの一環として、なんとなく始めたのがこのイベントだ。


「今年もがっぽり儲かりましたね。さすが悪徳ギルドマスター。……しかし、毎年思いますが、全て食べる必要はないのでは?」


 1つ目を食べ終えたので、2つ目を手に取って食べる。


「いえ、愚問でしたね。マスターは、あげた人の思いを踏みにじるようなことは、決してしない優しいお方でした」


「勘違いするな。捨ててしまっては材料費が無駄になると合理的に判断したまでだ」


「ふふっ、ほんと、あなた様は優しくて素敵な殿方なんですから♡」


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― 新着の感想 ―
[一言] ※チョコレートの致死量は5.85kg(一般のチョコレートの場合)です。 うん。普通に死ぬよね
[一言] 褌を贈る業の者は居ないのか(目反らし
[一言] バレンタイン回なのは置いといて、ローレンスよ、魔王の魔力さえ捕捉できれば空間経由で魔王国の世界へ奇襲できるんじゃね? というかローレンスはもはや人外どころか神の領域へと到達しそうなんですけど…
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