66.鬼妹、悪徳ギルドマスターに調教される
ギルドマスターのアクト・エイジのギルドに、鬼姉妹が所属してからしばらく経ったある日のこと。
「おねーちゃーん! 朝だぞぅ! おきろーい!」
そこはギルド職員の宿舎だ。
姉の霞が眠っていると、妹が元気よく、そのお腹の上に乗ってきた。
「うーん……もぉあと10分……」
「だめだめ! ほら、しゃきっとしゃきっと!」
「ふぁーい……」
寝ぼけ眼の姉が着替えるのを、妹のカナヲが待つ。
「今日もおしごとー?」
「うん。ごめんねカナヲ。いつも寂しい思いさせて」
鬼姉妹には両親が居ない。
霞の父と母は、里を襲ったモンスターに食われてしまった。
一方で、カナヲは初めから親が居ない。
赤ん坊の彼女を両親が拾い、義妹として育てることになったのだ。
「さみしくないよ! あたち、ぎるますにちょーきょーしてもらってるから」
「ブッ……! ちょ、調教!?」
椅子に座るカナヲが笑顔で言う。
「そー! ちょーきょー! りっぱなおとなになるようにって!」
「ああ、教育とかそう言うこと……だよね。調教……あわわっ、アクトさんに限ってそんなこと……でも……はわわ……」
動揺する姉をよそに、妹がのんきに言う。
「きょうーもあさから、ちょうきょうしてもらうんだー」
「うう……うらやましい……」
「えー? なんだってー?」
「な、なんでもないよっ。ほら、ギルド行こうか」
「おうよ!」
霞は妹の手を引いて、冒険者ギルドへと向かう。
ギルド会館の扉を開くと、周囲にいたギルメン達が気づいて声をかけてきた。
「おっす霞、カナヲ、おはよー」
「「おはよーございます!」」
ギルメン達はすっかり、この鬼姉妹になれていた。
彼女たちは、ギルド会館内では、鬼であることを隠す幻術を施していない。
「霞ちゃん、昨日は手伝ってくれてサンキュー」
「いえ! お役に立ててうれしいです!」
一方でカナヲも、ギルメン達から好かれていた。
「カナヲちゃん、ほら飴ちゃんたべな」
「わーい! せんきゅー!」
飴をペロペロなめながら、カナヲは姉に連れられて、ギルマスの部屋までやってきた。
「おはようございます、ギルマス!」
「きてやったぞー!」
アクトは執務机の前で、自分の業務をこなしていた。
「ああ。おはよう」
「……あ、あのぉギルマス」
もじもじとしながら、霞が顔を赤くして言う。
「なんだ?」
「か、カナヲに……へ、変なことしてない、ですよね……?」
「何を言ってる貴様?」
「おねえちゃんへーん」
呆れる二人に、霞は顔を真っ赤にして言う。
「だ、だってカナヲが……アクトさんから調教されてるって……」
「ああ。カナヲは手のつけられない野生動物のようなものだったからな。人間社会に適応できるよう、調教してやってる」
「あ、なぁんだそういう意味かぁ~」
「むかっ! あたちはどーぶつじゃないですけどねっ!」
ややあって。
姉は仕事へ、妹はアクトの元で、教育を受ける。
午前中は座学の授業だった。
「ううー……むずかしいよぉ~……」
書き取りのドリルをやっている。
その隣でアクトは、付きっきりで文字の書き方を教えていた。
「文字の読み書きは生きていく上で必須だ」
「うう~……でもぉ~……おなじ文字ばっかり書くのあきたーめんどーい」
やれやれ、とアクトがため息をつく。
「せっかくご褒美に、チョコクッキーを持ってきたのだがな」
「ちょ、チョコクッキー!? ほ、ほんとかきさまぁ!」
「無論だ」
アクトはそう言って立ち上がると、ベルを鳴らす。
メイドのフレデリカがカートを押してやってきた。
「ほわー! く、クッキーだぁ……!」
「料理長の娘が作ってくれたチョコクッキーだ。かなりの美味だ……が、貴様にはやらん」
ひとりでバリバリ、とアクトがクッキーを食べ出す。
「ぬわー! やめろー! それはあたちのだー!」
「フンッ。ならば、さっさと書き取りをやることだな。貴様ならできるだろ、それくらい」
「みてろー! 一瞬でおわらせちゃるー!」
ばばばっ! とカナヲが速いペースで書き取りをする。
「……マスター、読み書きは教える必要があるのですか?」
こっそりと、フレデリカが耳打ちをしてくる。
「当然だ。将来こいつがどんな仕事に就くか知らんが、読み書きも知らないとなれば、教育役だった俺の評判が落ちかねないからな」
フレデリカは微笑んで言う。
「さすがマスター。ギルメンの将来のために、忙しい間を縫って、子供の面倒を見てあげるとは」
「当たり前だ。あの子もまた、俺の大事な部下だからな」
★
昼ご飯は姉と取らせ、託児所で子供達と十分に遊ばせる。
昼寝を取らせた後、アクトとともに、街へと繰り出していた。
「ねーねーぎるますー」
「なんだ?」
「ぎるますは、おねーちゃんのこと、すき?」
「当たり前だ」
アクトはカナヲが迷子にならないよう、しっかり手を握りながら、街の中を歩く。
「ギルメン達は全員な」
「あー、そういうのじゃなくて、男女の仲てきな?」
「ませたガキだな貴様は」
「むかっ、ガキじゃないやい!」
歩いていると、露店の前を通りかかる。
「これはアクトさん! こんにちは!」
商人が笑顔でアクトに声をかけてくる。
「おや、可愛いお嬢さんだ。アクトさん、いつの間に結婚したんですか?」
「違う。ギルメンの妹だ。ほら、カナヲ」
「うう……」
見知らぬ相手を前に、カナヲはアクトの後ろへと引っ込んでしまう。
顔見知り達が相手なら、普通に振る舞えるが、基本的にカナヲは人が怖いのだ。
「なんだ、貴様こんな一般人相手にびびっているのか?」
「び、びびってねーし!」
「やれやれ、あいさつされて無視とは。礼儀知らずのガキだな貴様は」
「ちがうもん!」
カナヲは前に出ると、元気よく言う。
「こ、こんちわー!」
商人は目を丸くするが、ニッ、と笑って言う。
「はい、こんちはお嬢さん。元気良いね」
優しげに笑いかけてくる商人を前に、ホッ……とカナヲは安堵の吐息をついた。
鬼族は人食いと恐れられてきた。
今まで、彼女はそのせいで、人々から酷い迫害を受けてきたのだ。
ゆえに人間に対して恐怖心をまず抱く。
だが……。
「こいつにリンゴを」
「あいよ!」
紙袋にたくさん入ったリンゴを、商人がカナヲに手渡してくる。
「わぁ……! うまそー!」
「いくらだ?」
すると商人は、笑顔で首を振る。
「アクトさんから金なんてもらえないよ! それはサービス!」
「さーびす! おっちゃん、気前いいー!」
商人は照れながら、頭をかく。
「うれしいねぇい。バナナもおまけしちゃおう!」
「やったー!」
果物が入った袋を持って、ニコニコ笑顔のカナヲ。
「こんにちは、アクトさん!」
「アクトさーん、うちに寄ってってくださいよー!」
道行く人たちが、みなアクトに笑顔とともに、声をかけてくる。
「ぎるますは、にんきもの……すごい!」
「そうだな。少なくとも、ガキである貴様よりはな」
「ムッ……!」
反論しようとしたが、しかし、できなかった。
アクトの言うとおりだからだ。
自分はまだこの街に来たばかり。
しかも、人間は、まだやっぱり怖い。壁を作ってしまうのである。
「……どうしたら、ぎるますみたいに、人気ものになれる?」
アクトは立ち止まり、カナヲを肩車する。
「な、なにするー!」
「これから声をかけてくるやつらに、きちんと、元気よく挨拶してやれ。さっきの商人相手みたいに」
「でも……」
「心配するな。この街の奴らはみな俺の知り合いだ。元気よく挨拶してやれ。必ず挨拶を返してくれる。さっきみたいにな」
肩車した状態のまま、アクトは歩き出す。
「こんにちは~」
通行人のおばちゃんが、アクトたちに話しかけてきた。
「こ、こんにちはー!」
「はいこんにちは~。可愛いお嬢ちゃんだね~」
普通に接してくれることが、嫌がらずあいさつを返してくれることが、うれしかった。
「こんちわー!」
カナヲは誰彼構わず、挨拶をする。
街行く人たちは、愛らしいカナヲに、誰一人として嫌な感情を向けてこない。
「ぎるますの、ゆーとーりだ! みんな、あいさつしてくれるっ!」
カナヲが笑顔で言う。
「今みたいに、恐れず人と関わっていけ。少なくともこの街の奴らは、気の良い奴らばかりだ」
「うん、わかった!」
アクトはワタアメ屋の前で立ち止まると、1つ購入し、カナヲに手渡す。
「わー! もらっていいの?」
「ああ。ひとつ賢くなったからな。そのご褒美だ」
カナヲはワタアメを手に取って、最高の笑顔で言う。
「ありがとー、ぎるます!」
★
夕方、アクトの部屋で本を読んでいると、姉が仕事を終えてやってきた。
「カナヲ、待たせてごめんね。じゃ、かえろっか」
「えー。もう帰るの~」
霞は首をかしげる。
前までは、カナヲは姉が来ると、遅いと文句を言ってきた。
しかし今はどうだろう。
「もうちょっとお仕事してても、いいんですけどー」
カナヲは本を持って、アクトの元へ行く。
「ぎるますー! これ読み終わったー!」
「そうか。すごいぞ」
「えへへっ。もっとほーめてっ」
カナヲが読んでいたのは魔術教本だ。
凄まじいスピードで、カナヲは分厚い、難解な教本を読み終えていたのだが……それはさておき。
「偉いぞ」
「えへへ~♡」
妹はすっかり、アクトに懐いていた。
「うう~……いいなぁ~……羨ましい……」
「なんだ?」
「にゃっ! にゃんでもありまちぇん! 帰るよ、カナヲ!」
姉はカナヲを抱っこして、アクトから引き剥がす。
「えー! もっと! もっとぎるますと一緒がいいのー!」
「だめだめ。ギルマスは忙しいんだから」
「ぶー……」
不満げな妹を見て、霞は目を丸くする。
「…………」
「どうした?」
「あ、いえ。あながち、間違いじゃなかったなって……」
「何を言ってるんだ貴様は。さっさと帰ってしっかり寝ろ。明日の仕事に支障が出たら許さんからな」
霞は頭を下げて、妹とともにギルドを去る。
「カナヲ。アクトさんのこと、好き?」
夜道を歩きながら、霞は妹に尋ねる。
「うん! ちょー! すき!」
「そっか……」
姉は思う。
この子がアクトに色々教わるようになってから、変わってきていると。
昔は、家族以外に決して心を許さない子供だった。
だが今は、ギルメンとコミュニケーションを取るし、なにより、アクトにあんなにも懐いている。
「ギルマスの調教のおかげ……かも。いいなぁ~」
「おねーちゃんも、ちょうきょうしてもらいたいの?」
「う……うん。まあ……」
すると妹は、花が咲くような笑顔を浮かべて、こう言うのだ。
「だーめっ。ぎるますは、あたちのぎるますだもんっ。おねーちゃんには譲りませんっ」
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