65.ウルガー、鬼妹にボコられる
ギルドマスター・アクトが、執務室で仕事をしていた。
ある午後のこと。
「やぁギルマスぅ~。元気してたかね~」
部屋に入ってきたのは、長い銀髪の美丈夫ウルガー。
ローレンス勇者パーティの1人である。
「何をしにきた? 貴様らは現在、魔王国にいるはずだろう?」
先日ローレンス達勇者パーティは、魔王国との境にある北壁を破壊。
魔王国へと進軍したはずだった。
「ふっ……そろそろギルマスも僕のことが恋しくなってきたと思ってね」
「ウルガーさぁん」
部屋に入ってきたのは、可憐な少女。
邪神竜ヴィーヴルの人間の姿だ。
「マズいっすよ、ギルマスのところで油売ってちゃ」
「なんだ、サボりか?」
「ち、ちちち、違うよ君ぃ!」
やれやれ、とアクトがため息をつく。
「せっかく来たのだ。茶ぐらいだしてやる。2人とも座れ」
「あざーっす」「ふっ……僕はミルクティで頼むよ」
ややあって。
「今魔王攻略はどこまで進んでいるのか、気になるかいギルマスぅ~」
ウルガーは優雅に足を組み、紅茶を啜る。
「いや、別に」
「そーかい気になるかい仕方ないなぁ~!」
「ウルガーさん自慢したくって仕方ないんすね」
カップを置いて懐から地図を取り出す。
「これはヴィーヴルから聞いて作った、魔王国全体の地図だよ」
大陸は【十】の字を描いていた。
正確には、中央に■、その四辺に▲が4つついてるような形だ。
「魔王がいるのは中央の■の部分。しかしここに入るためには、東西南北にある砦をそれぞれ破壊しなければならないのだよ」
「ほぅ、一気に中央へはせめられないのか?」
元魔王軍で、四天王の補佐官をしていた、ヴィーヴルはうなずいて言う。
「四天王の魂をつかった、異次元の結界術式が、中央を守ってるンすよ」
魔王を守る異次元結界。
結界内部が違う次元、端的に言えば異空間になっているそうだ。
結界を破壊し、魔王をアクト達のいる世界に戻さない限り、攻め入ることは不可能。
「で、四天王は東西南北の砦にひとりずつ配備されているわけさ」
北壁の四天王を倒したので、残る四天王は3人。
「今は東壁の四天王攻略のために準備を進めている段階さ。そのまま東、南、西の順で砦を攻め落としていくというのが、ローレンスの方針だよ」
「なるほど、時計回りに一周し、最後に中央へと攻め入るわけだな」
「そゆこと。今は北壁にとらわれていた人々を解放したり、北方の領地から魔族を追い出したり、北壁を拠点化してる最中さ。理解したかい、ギルマス?」
「ああ。情報提供いちおう感謝する」
ヴィーヴルは首をひねる。
「ウルガーさん堂々とサボってるくせに、なんでそんな偉そうなんすか?」
「さ、サボってないよ! 良いじゃあないか。北方の四天王も倒せたわけだし? このまま四天王も、我が槍が串刺しにしてくれようじゃないか。わーっはっはっは!」
四天王を倒したことで、完全にウルガーは増長していた。
「このひとほんとすーぐ調子乗るんすから……アクトさんもなんとか言ってあげてくださいっす」
だがアクトは興味なさそうに紅茶を啜る。
「貴様らはもう俺の手を離れた。口出しする義理はない」
「ま、まあ……そっすけど……」
アクトは時計を見ていう。
「そろそろ俺は失礼するぞ」
「おいおいせっかく僕がきてやったんだから、もうちょっと話しに付き合ってもいいんじゃあないかね? ん?」
彼は立ち上がる。
「残念だが俺にも自分の仕事がある。次世代の育成がな」
「ほぅ……次世代。今どんな子がいるんだい?」
「貴様には関係ないだろう。だが……まあウルガー、貴様を軽く凌駕する才能の持ち主であることは確かだな」
ムッ……ウルガーが顔をしかめる。
「この勇者パーティの一番槍である僕よりすごい逸材が、いると?」
「ああ。まあだが貴様には関係のないことだ」
「いーや、あるね!」
ウルガーは立ち上がる。
「ギルマス、ちょっとその子のところへ連れて行ってくれたまえよ」
「何をする気だ貴様?」
「先輩であるこの僕が、手合わせしてあげようかなと」
「うわー……大人げねーっす。ギルマスに自分よりすごいって言われて拗ねてるッすこの人」
ヴィーヴルが呆れたように言う。
「良いだろう。ついてこい」
★
ギルドが所有する訓練所へとやってきた一行だったが……。
「ぎ、ギルマス……この子かい?」
グラウンドの中央にいるのは、どうみても幼女だった。
「ふ……やめだ」
ウルガーは銀髪をさらりと手ですく。
「僕の槍はか弱き者たちを守るために存在する。このような年端もいかぬガキンチョに向けるのは流儀に反する」
「むかっ! ガキンチョじゃないよ! あたちはカナヲだよ!」
「そうかいカナヲ。君は美しい。将来美人になるだろう。そんな君の顔を僕が傷つけるわけにはいかないのさ」
「ごちゃごちゃうっせー! あたちとしょーぶしろい! ガキンチョ扱いはゆるせねー!」
ぷりぷりと怒るカナヲ。
だがウルガーは戦う気がまるでなさそうだ。
「ウルガー。少し遊んでやってくれ」
「もー、仕方ないなぁ~。僕だって暇じゃないんだが……ま、ギルマスの頼みだ。かまってあげるよ」
ヴィーヴルは首をひねりながら「サボっているくせに」と呆れたように言う。
「さ、ガキンチョ。かかってきな」
「むかっ! もういいもん、泣かしてやる!」
「ははっ。威勢の良いガキンチョだね。いい戦士になれるよ」
カナヲはアクトを見やる。
「あいつ、泣かしていい?」
「ああ、ボコボコにしてやれ」
うなずくと、カナヲは構えを取る。
ごぉおおお! と彼女の小さな体から、漆黒のオーラが吹き出した。
「ちょっ!? なんすかこの膨大な魔力量!?」
それは、邪神竜すらも驚嘆させるほどの莫大な魔力の奔流だった。
「いくぞー! ぶっころーす!」
「ちょっ……!」
魔力で身体強化したカナヲは、一瞬でウルガーに接近する。
「はっ!?」
「てりゃー!」
カナヲは相手のみぞおちに、掌底をたたき込む。
ウルガーはボールのように後方へと弾かれる。
はげしい音とともに、壁に激突するウルガー。
「ぜぇ……! はぁ……! あ、危なかった……」
ウルガーは訓練用の槍で、とっさに防御姿勢を取ったため、致命傷にはならなかった。
「やるねあんた! まだまだぁ!」
カナヲは地面を蹴りウルガーに接近する。
「く……!」
空を蹴ってウルガーはその場から退避。
「あー! それずるぅい!」
「ふ、ふん……! ずるくないさ。これはきちんとした戦闘技術さ。ま、お子ちゃまの君にはできないだろうけど」
「できたー!」
一瞬見ただけで、ウルガーの空を駆ける技術を学び、カナヲはそれを模倣する。
「ちょっ……!?」
「わはは! おもしろいねこれ! そいやー!」
カナヲは拳に魔力と闘気を乗せて、ウルガーの体にたたき込む。
「ほぎゃあああああああああ!」
ギリギリで防御姿勢を取ったものの、ガードを通り越してダメージが入った。
地面にはげしい音をたてて、激突するウルガー。
ヴィーヴルは浮かんでいる5歳児を、戦慄の表情で見やる。
「やばくないっすか、あの子。まだ5歳でウルガーさんと互角……いや、それ以上っすよ?」
カナヲは地上に降り立ち、ウルガーに接近する。
「く、くそおお……! くらえ、【千烈槍】!」
ウルガーは手加減しつつも、必殺の奥義を繰り出す。
同時に千の突きを食らわせる技術。
「おぼえた! せんれつしょー!」
それもまた一瞬で理解し、カナヲは同時に千発の打撃を繰り出す。
しかも、ウルガーより後から放ったのに、速度・威力は完全に勝っていた。
「ほんぎゃぁああああああああ!」
ウルガーはきりもみ回転しながら、訓練所の天井に激突。
そのまま地面に倒れて、気絶。
「しょーり! わはは、せーぎはかつのだ!」
カナヲは倒れ伏すウルガーの背にのっかり、ポーズを取る。
一方で、ヴィーヴルは信じられないものを見る目で、鬼の幼女を見やる。
「なんすか……あれ? あの力……まるで……」
そう、あの幼女の強さ。
元四天王補佐官だけは覚えがあった。
「言っただろ。次世代だと」
「そんな……」
アクトはため息をついて、倒れ伏すウルガーに近づく。
「無様だなウルガー。こんな年端もいかない女相手に負けるとは」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
あれだけのダメージを負って、しかしウルガーはもう快復していた。
「この程度で勝った気でいるなんて、おこがましいにもほどがあるぞ」
「く、くそおぉおお!」
ウルガーはカナヲをはねのける。
「今回は子供だと思って手加減したけど、次は負けないぞ、カナヲ!」
「おうよ! ちょうせん、まってるぜーウルガー! いつでもかかってこーい!」
ウルガーはきびすを返し、ヴィーヴルのもとへ。
「僕は先に帰る! 北壁まで走ってな! 君は後から飛んで来たまえ!」
「あ、ちょっと! どこいくんすか!」
「訓練だよ! くそっ! 見てろよもっと強くなってやるからなー!」
たんっ……! とウルガーは地面を蹴って、空を超スピードで駆けていった。
「アクトさん。ウルガーさん、本気なら勝ってましたよね?」
「そうだな。意図的に急所と顔は避けていた」
戦いには負けたものの、彼は彼で本気ではなかった。
「とはいえ……カナヲちゃんに負けたことで、ウルガーさんやる気でましたよ。これを狙って戦わせたんすね?」
「さてな」
「しかも……カナヲちゃんと戦わせることで、対魔王戦の【予習】までさせるなんて。さすがアクトさんっす」
ヴィーヴルは、勝ち誇るカナヲから、立ち上っている魔力を見やる。
「やっぱり……あの子って……」
「出自はわからんが、おそらくは関係者だろう」
「なんでここに?」
「知らん」
「アクトさん……悪いこといわねーっす。あの子、置いとくのは……危険っすよ」
ヴィーヴルの忠告に、アクトは首を振る。
「カナヲもまた、俺の大事な部下だ」
「……そっすね。わかりました。それ以上は何も言わないっす」
アクトは通信用の魔道具を取り出し、ヴィーヴルに投げて寄越す。
「さっきの戦いを録画しておいた。ローレンスたちに渡して、しっかり予習させておけ」
「うっす。……やっぱアクトさんは、優しいっすよ」
ヴィーヴルは微笑んで言う。
「なんだかんだ言って、勇者のみなさんのこと、気にしてあげてるんすから。さすが、ローレンスさんたちが尊敬する、ギルドマスターだけあるっす」
「いいから、さっさと帰れ。時間の無駄だ」
彼女は頭を下げてその場を後にしたのだった。
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