64.鬼姉妹、ウワサの悪徳ギルドマスターの元を尋ねる7
ギルドマスター・アクトによって、霞は救出された。
「ん……あれ? ここは……」
霞が目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。
「気づいたか」
「ギルマス……」
周囲を見渡すと、そこはギルドの治療室であった。
「わたしは……いったい……?」
「今、ショコラーデを呼んでくる」
アクトは立ち上がると、きびすを返す。
「あ……」
霞は彼の手をキュッ、と掴む。
「どうかしたか?」
「……いえ」
「そうか。すぐ呼んでくる。待っていろ」
アクトはそう言って出て行く。
ややあって、治療スタッフのショコラーデがやってきた。
「ハァイ、霞ちゃん。大変な目にあったみたいね」
テキパキと、ショコラーデは診察をおこなう。
「うん、顔の傷もきれいになおったし、後遺症もゼロ」
「そう、ですか。ありがとうございます……」
「んーん。気にしないで。治すのがお姉さんの仕事だから♡」
んふっ、とショコラーデが笑う。
窓に映る自分の顔には、こぶもシミもなく、綺麗な物だった。
「ギルマスがいなかったら、ちょっと危なかったわ」
「そう……なんですか?」
「ええ。あの人が体内時間をとめて、ケガの進行を抑えてくれたから、綺麗に治癒することができたの。時間が経ってからの治癒だと、どうしても顔に傷が残っちゃうものね」
「…………」
彼への愛おしさで、胸がいっぱいになった。
同時に、自分のせいで、貴族にケンカを売る羽目になったことを、申し訳なく思う。
「大丈夫みたいよ。あの人が全部解決したから」
「え……?」
霞はショコラーデから、バカムスの顛末を聞く。
「そんなこと……可能なんですか」
「普通なら無理だけど、あの人を慕って色々やってくれる人、めちゃくちゃいるからねぇ」
ショコラーデは微笑むと、頭をなでる。
「あなたは気にする必要ないわ」
「でも……わたしのせいで……」
「ギルマスは、一言でも、あなたを責めるようなこと言った?」
「……いえ」
ギルマスに、おぶってもらったとき。
アクトは手負いの霞に、優しい言葉を投げかけてくれた。
「優しくって最高にカッコいいわよね、彼」
「……ショコ先生も、」
「んー? なぁに」
「い。いえ……なんでも、ありません……」
ショコラーデは苦笑しながら、ぽんぽん、と頭をなでてくる。
「わたしも彼、大好きよ。あなたと一緒でね」
「なっ……! ど、どうして……?」
「わかるわぁ。お姉さんそういう恋のオーラに敏感でね♡」
「……あ、あの……このことは、どうか内密に……」
「わかってるわかってる。頑張ってね♡」
彼女がウインクすると、診察室にアクトが入ってくる。
「いつまで無駄話をしているのだ貴様ら」
「ぎ、ギルマス……!? き、ききこえてました……?」
「貴様らのおしゃべりになんぞ興味はない。それでショコラーデ、彼女の具合はどうなんだ?」
アクトは苛立ちげに言う。
一方でショコラーデは余裕の笑みを浮かべて言う。
「そんなカリカリしなくっても、霞ちゃんはピンピンしてるわ。明日から問題なく仕事できます」
うんうん、と霞がうなずく。
「バカが。仕事などどうでもいい。顔の傷は大丈夫なのだろうな?」
「そっちも、見ての通りシミ一つない綺麗なお肌。問題ないわ。まったく、ギルマスってば心配性ねぇ」
ショコラーデはぷにぷにと、霞の頬をつつく。
「勘違いするな。霞は次世代を担うギルドの宣伝の顔だ。その顔に傷がついては俺が困る」
「はいはい。そーゆーことにしといてあげる。ほんとは女の顔に傷を残したらどうしようって思ってたくせに~」
アクトは顔色一つ変えず、ショコラーデに言う。
「夜中に呼び立ててすまなかったな」
「気にしないで。ギルマスのためなら、いつ何時だって駆けつけるわよ」
「超勤はつけておけ。それと明日は仕事を休んで良い」
「あらいいの?」
「ああ。世話になったな。もう帰って良いぞ」
「霞ちゃんどうするの?」
「今日はここに泊まらせる。後のことは俺に任せて帰れ」
ショコラーデは上着を手に取ると、霞にウインクする。
「じゃあね霞ちゃん。お大事に」
「あ、はい! 夜分にすみませんでした!」
「いーのいーの。それと……」
彼女は耳元に口を近づけて言う。
「……明日の朝まで二人っきりだと思うし、ギルマス誘ってみれば?」
「なにゃっ!? にゃにをっ……!?」
クスクスと笑って、ショコラーデは手を振る。
「バイバイ、ふたりとも。ごゆっくり~♡」
実に楽しそうに、ショコラーデはそう言って出て行った。
「…………」
気まずい沈黙が流れる。
ショコラーデの言葉が脳裏に響く。
誘ってみる……それはつまり、彼を誘惑してみれば、ということだろうか。
「霞」
「ふぁいっ! なんれしゅかっ!」
緊張で顔を真っ赤にする霞。
一方でアクトは、スッ……と頭を下げた。
「すまなかった。俺のせいで、迷惑かけたな」
……一瞬、思考が追いつかなかった。
なぜ彼が謝っているのだろう。迷惑をかけた?
「や、やめてください! 迷惑かけたのはわたしのほうじゃないですか!」
「いいや、元はと言えば貴様に依頼を振った俺の責任だ。貴様に非はない。だから、気に病むことはない」
「ギルマス……」
アクトは霞の頬に手を触れる。
「あ……」
霞は逡巡の後、目を閉じて、唇をつきだす。
「痕が残らず、本当によかった」
だが彼は頬に触れ、状態を確かめただけの様子だった。
少し期待してしまっただけに、霞は肩を落とす。
「どうした?」
「……いえ。なんでもないです」
ハシタナイ女と思われたくなくって、それ以上は何も言わなかった。
ただもう少し、今回迷惑をかけた分、体で支払ってもらおう……みたいな。
彼の自称する悪徳ギルドマスターっぷりを見せてもらっても、よかったのに……と内心で思う霞であった。
「とにかく貴様は自分の仕事をきちんとこなした。責任を感じる必要は全くない」
「はい、わかりました。ギルマスが、そうおっしゃるのなら」
納得いったようにアクトがうなずく。
「今日はここで泊まっていけ。カナヲの事は気にするな。フレデリカが面倒を見ている」
アクトはそう言うと、近くに置いてあった椅子に腰を下ろす。
テーブルの上の書類の束を手に取って、目を落とす。
「あの……ギルマスは?」
「俺も今日はここに泊まる。さっさと寝ろ」
だが彼がベッドにいく様子はない。
どうしてだろうか、と考えて、霞は思い至る。
部下の様態がもし急変したときに、対処できるように、寝ずにいてくれるのだろうと……。
「…………」
甘く胸が締め付けられる。
彼への愛おしい気持ちがあふれて、自分を止めることができない。
「ぎる、ます……」
「なんだ?」
「……わたし、わたしは、その……」
好きです、勇気を出して、それを言うだけでよかった。
けれど……言えなかった。
それは自分に勇気がないこともそうだが、他のギルメン達も彼を愛している。
自分だけが、独占して良い相手ではない。
それに何より、彼にはギルドマスターとしての仕事がある。
自分が、負担をかけるわけにはいかない。
だから、今はこの思いを、胸にとどめておくことにした。
「どうした? 明るすぎて眠れないのか?」
「……いえ。その、少し、1人で寝るのが、怖くって」
ベッドに伏す霞は、彼に手を伸ばす。
「わたしが眠るまで、手を、握っててもらえないでしょうか?」
バカムスやゴロツキ達に酷い目にあったことで、精神的なダメージを負っていた。
1人で眠ることが怖かった。
「あ、えっと……ごめんなさい。めいわく、ですよね」
だがアクトは椅子を近づけて、腰を下ろすと、霞の手を握る。
「さっさと寝ろ」
「…………はい」
彼の手は、暖かい。
悪人の手とは全く違った。
この人が悪徳ギルドマスターのわけがない。
「……ギルマス」
「なんだ?」
「……わたし、このギルド、大好きです。わたしを……拾ってくださったギルマスのことも……」
どこまで彼に思いが届いたのかはわからない。
だが彼女の口から出たのは紛れもなく本心だった。
疲労がおそってきて、やがて彼女の意識は深く沈んでいく。
「感謝してます……わたしの、最高の、ギルドマスター……」
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