62.鬼姉妹、ウワサの悪徳ギルドマスターの元を尋ねる5
鬼の霞は、アクトのギルド【天与の原石】から、自宅に帰る途中だった。
「ふふっ、ふふふっ」
「おねーちゃん、上機嫌ですな。なにかあったのかね?」
夜道。
鬼の姉妹は手をつないで、帰路を歩いている。
「うんっ。仲間がね、できたんだっ」
先日、貴族の息子バカムスともめ事を起こした護衛たちは、クビになった。
行く当てのない彼らを、霞は天与の原石に入るのはどうかと誘った。
彼らを連れて、アクトのもとへ連れて行くと、オーケーをもらえた。
『ありがとな嬢ちゃん……いや、姐御!』
『あ、姐御……?』
護衛達が是非、一緒にパーティを組みたいといってきたのだ。
「ふふっ。仲間、仲間……ふふふっ♪」
「そっかー、おねーちゃんもついに、なかまができたかー、よかったよかった。あたちはうれしーです」
霞には尊敬できる上司、先輩はいたが、自分を慕ってくれる仲間はできたことはなかった。
だから、うれしかったのだ。
「おねーちゃん、毎日とってもしあわせそーですね!」
「そ。そうかな……?」
「うん! あー、このしあわせが、ずぅっとつづけばいいのになー」
と、そのときだった。
「見つけたぞぉ、女ぁ……」
夜道を歩いていると、正面から、見知った顔があった。
「ば、バカムス……さん」
「ばかむすこさん?」
ビキッ、とバカムスの額に血管が浮く。
「バカムスだ! まったく、姉妹そろって愚者だな」
「な、なんのようですか……?」
浮かれていて気づくのに遅れてしまった。
盗賊の彼女はすぐにわかった。
……周りを、囲まれている。
「決まってるだろ? 貴族であるボクの申し出を断った、無礼者に……報復さ」
先日、霞はこの男から、自分専属の冒険者にならないかと誘われた。
だが当然断った。その上、アクトを馬鹿にされたことで激昂し、手を上げかけた。
「女の分際で調子に乗るなよ? ボクは貴族の長男なんだぞぉ?」
「だから……なんですか。わたしは別に、調子に乗ってなんて居ません」
「その態度がムカつくんだよ。女の分際でよぉ……!」
……どうやらこのバカ息子は、霞に嫉妬しているようだった。
彼は元々冒険者に憧れており、迷宮なんて簡単に攻略できると思っていた。
だが、結果はあっさりトラップに引っかかり、失敗。
そこへ霞がやってきて、華麗にダンジョンを突破して見せた。
そのことが、許せないのだろう。
しかも女であることが、さらに彼の自尊心を傷つけたのだと思われる。
「調子に乗った女に、上下関係を教えてやらないといかんなぁ」
ぱちん、と指を鳴らすと、霞の周囲にゴロツキ達が現れる。
「おねえちゃん……」
「下がってて、カナヲ」
霞は構える。
「やっちまえ!」
だっ……! とゴロツキ達がいっせいに、霞に取り囲んでくる。
フッ……! と霞が消える。
「なっ!? ど、どこいった!?」
一瞬で背後を取り、ゴロツキの首の後ろに一撃を食らわせる。
「おい何やってる! さっさと倒せ!」
だが霞のみのこなしは、天与の原石で鍛えてもらったおかげで、達人級にまで成長していた。
盗賊はその職業の性質上、どうしても単独で行動する機会が多い。
多数に囲まれた際の格闘術は、習っている。
「いける……この程度なら……!」
と、そのときだった。
「おっと女ぁ! そこまでだぜぇ!」
「うえええん! おねーちゃーん!」
ゴロツキがいつの間にか、カナヲを人質に取っていたのだ。
「くっ……! 卑怯よ!」
「大人しくするんだな。でなきゃ、この妹ちゃんの命はないぜぇ~?」
霞は大事な妹を人質に取られ、抵抗をやめた。
ゴロツキ達にすぐさま両腕を取られて、拘束される。
「それでいいんだよ……さて、と」
ニヤニヤと笑いながら、バカムスがやってくる。
「今からでも遅くない、ボク専属の奴隷になるっていうのなら、無傷でにがしてやってもいいぜぇ?」
「……だれが、あんたなんかの下につくものですか!」
「あっそうかよ……!」
バカムスは霞の腹部に蹴りをお見舞いする。
「カハッ……!」「おねえちゃん!」
ドゴッ、ばごっ! とバカムスは殴る蹴るの暴行を加える。
「女の、くせに! ボクの前で! えらそうに! なにさまだよ! クソ女! くそっ! くそっ! くそっ!」
「やめて! やめてよぉ……!」
妹の悲痛なる叫びが深夜の街に響き渡る。
どうやら人払いを済ませているらしく、誰も助けに来ない。
ひとしきり暴行を加えた後……。
「ふぃー……すっきりしたぁ」
バカムスは満足げにつぶやく。
顔面が腫れ上がった霞は、その場に倒れ伏している。
「これに懲りたら、二度とボクの前で調子に乗るなよ」
「…………」
「おい、てめえら。この女連れてくぞ」
「いいんですかぁ?」
「ああ。よく見れば良い体してるしなぁ。たっぷりと可愛がってやるぜぇ」
うひひっ、と気色の悪い笑みを浮かべるバカムス。
「おれらにもやらせてくださいよぉ、バカムスさん」
「ちっ、しゃーねえなあ~……」
と、そのときだった。
「……ゆる、せない」
ぱり……と、カナヲの体から、電流が走る。
「ゆるせない……おねえちゃんに……ひどいことして……」
ばち、ばちばち! と青白い雷が、周囲にほとばしる。
「お、おいマズいんじゃないかこれ……?」
怯えるゴロツキに、カナヲが叫ぶ。
「しんじゃええええええええええええええええええ!」
その瞬間だった。
天空に、巨大な雷の剣が出現したのだ。
「あ、あれは!? 極大魔法【天裂迅雷剣】!?」
「ば、バカな!? 極大魔法を無詠唱で!? しかも、こんなガキが!?」
カナヲから吹き荒れる膨大な魔力の前に、ゴロツキ達が完全に怯えていた。
「お、おいおまえらなんとかしろ!」
「む、無理です!」
「極大魔法を受けたら、この街もろとも吹き飛んじまいます……!」
「ひぃいいいいい! にげろおぉおおおお!」
カナヲは姉を守るために、無意識に、誰にも習ったことのない極大魔法を発動させようとした……。
だが……。
「ふにゃ……」
ぺたん、とその場で、カナヲは気を失った。
魔法を制御できず、魔力を一気に体外に放出してしまった。
結果、魔法は不発に終わったのだ。
「た、たすかったぁ~……」
ぺたん、とバカムスがその場に尻餅をつく。
しょわ……と小便をチビって仕舞っていた。
かぁ……! とバカムスは顔を赤くし、叫ぶ。
「お、おいてめえら……殺せ。このくそチビを殺せ! ボクに恥をかかせた罰だ!」
「へ、へい……!」
ゴロツキ達がナイフを抜いて、倒れ伏す妹の元へ近づく。
「や、やめ、てぇ……」
ふらふらと立ち上がり、霞がカナヲの前に立ち塞がる。
「どけや雌豚ぁ……!」
ゴロツキがナイフを振り上げる。
「死ねぇえ!」
と、そのときだった。
「ガッ……!」
ゴロツキがすごい勢いで、背後に吹っ飛んでいったのだ。
「何を騒いでいる、貴様ら」
「ぎ、ギルマス……!」
冒険者ギルドのギルドマスター、アクト・エイジが、そこにいたのだ。
ちら、と倒れ伏すカナヲ、ボロボロの霞を見やる。
「な、なんだ貴様ぁ……!?」
「よくも俺の大事な部下に手を上げてくれたな」
アクトから立ち上る静かなる怒気に、ゴロツキ達は縮み上がる。
「な、なにをそんなやつにビビっている! やっちまえ!」
「貴様は、誰に命令しているんだ?」
ドサッ! とゴロツキたち全員が、その場で倒れていたのだ。
「す、すごい……まるで、見えなかった……」
アクトは固有時間加速を使い、超高速で動いて、ゴロツキ達を気絶させたのだ。
「これで、終わりか?」
「ひ、ひぃいいい! ぼ、ボクを誰だと思ってるぅう! 男爵家の長男バカムスだぞぉ!」
怯えるバカムスのもとへ行き、彼を見下ろす。
その黄金の瞳に気おされて、ガタガタと体を震わせる。
「貴様が誰であろうと関係ない。俺は、俺の部下を傷つけた貴様を絶対に許さない」
「が、く、くそぉ! お、覚えてろぉ!」
バカムスは涙を流しながら、みっともなく走り去っていった。
アクトは振り返って、急いで霞の元へ行く。
「大丈夫か?」
「う。うぅ~……ぎ、ギルマスぅ~……」
「すまない。女の顔に傷つけてしまって。すぐにギルドに戻るぞ。立てるか?」
こくり、と霞はうなずく。
だが、ぺたん……と尻餅をついてしまった。
「安心したら……腰が抜けてしまって……」
「……大人しくしてろ」
アクトはそう言うと、霞をおんぶする。
「おいガキ。立てるか。おい」
「う、うう……はっ! おねえちゃん!」
カナヲは魔力切れで一時的に気絶していただけだった。
すぐに魔力を回復させると、目を覚まして、姉に近づく。
「だいじょーぶ!?」
「うん……へいきだよ」
「そっかー……ぎるます。ありがとっ!」
ふんっ、と鼻を鳴らすと、アクトは霞を負ぶったまま、ギルドへと戻る。
その後ろから、カナヲがついてくる。
「ギルマス……ごめんなさい……わたしのせいで……迷惑かけて」
「しゃべるな。口を切って痛むだろう?」
「すみません……すみません……」
自分のせいで、貴族に敵対してしまった。
ギルドに迷惑をかけてしまった。
だというのに、アクト・エイジという男は、一切責めてこなかった。
それどころか、体の心配をしてくる。
「ギルマス……ありがとう……」
「もうしゃべるな。寝てろ」
彼の背中に、ぎゅっと、抱きついて……ぽつりとつぶやく。
「……………………だいすき」
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