61.鬼姉妹、ウワサの悪徳ギルドマスターの元を尋ねる4
ギルドマスター・アクトのもとに、霞がやってきてからしばし経過したある日のこと。
一人の、貴族の息子が、ダンジョンの奥底にて、震えていた。
「くそ……なんでこんなことにぃ~……」
「【バカムス】さま、どうしましょう……」
彼の名はバカムス。
男爵の息子だ。
バカムスは冒険者に憧れていた。
自分でもできると勘違いし、護衛を連れて、ダンジョンに潜ったのである。
結果、トラップに引っかかってしまい、完全に帰れなくなってしまった。
「くそ! おまえのせいだぞ! くそ!」
バカムスは護衛に当たり散らす。
「帰れなくなったら、おまえたちのせいだからなぁ……!」
それは間違いだった。
護衛達は必死になって、バカムスがここに来るのを引き留めようとした。
冒険者としての訓練も技量もない彼が、ダンジョンに潜って、無事で済むわけがない。
だが彼は自分にはできると勘違いしてしまい、結果トラップに引っかかってしまった。
自業自得も甚だしかった。
「はぁ……どうしよう。こんな地の底で、一生過ごすなんて……いやだよ……ぱぱぁ……」
と、情けなく声を上げた、そのときだった。
「あ、あったあった!」
頭上から、女の声が聞こえてきたのだ。
「おーい、大丈夫ですかー!」
バッ……と上を見やる。
だが距離がありすぎて顔が見えない。
「だ、だれだ!?」
「わたしたちはー! お父様に頼まれてー! バカムス様をさがしにきたー! 冒険者ですー!」
女の声に、みなが歓声を上げる。
「救援だ!たすかった!」「これでかえれるぞー!」
「どうやってわれらを助けるー!?」
そう、これは落とし穴トラップだ。
頭上から地下まではかなりの距離がある。
バカムス達が助かったのは、護衛の中に風魔法の使い手がいたからだ。
だが着地の際に大きく魔力を使ってしまい、上空へ脱出するだけの力は残っていない。
「大丈夫です! すぐそちらへ行きますからー!」
「なに……? ばかな、あんな距離が離れているところから……どうやって……?」
すると……女が、穴の中に身を投げる。
彼女は軽業師もかくやという身軽さで、迷宮の壁を四方蹴りながら、地下へと降りてきた。
やがて、バカムス達の前に、華麗に着地してみせる。
「おまたせしました!」
「お、おお……! すごいなお前! 名はなんと申す!」
緑髪の女は、微笑みながら頭を下げる。
「天与の原石の冒険者、霞と申します! 皆さんを助けに来ましたっ!」
護衛達は「おおっ……!」とまた歓声を上げる。
「勇者ローレンスを輩出したという、あの……!」
「なるほど、ならこの子の見事な身のこなしもうなずける!」
「ありがとう、霞さん!」
一方で、バカムスは「……天与の原石だと……?」としばし黙考する。
「まあいい。おい霞、早くボクを外に連れて行け!」
「はいっ! かしこまりました!」
助けてもらう立場なのに、尊大な態度を取られても、霞は表情を崩さない。
彼女は、相手が貴族であることを配慮している。
自分の行動ひとつで、ギルドの評判に繋がると理解しているから。
アクトに、迷惑をかけたくないから。
「しかし霞よ、ここからどう脱出する? 頭上からロープでも垂らしてもらうのか?」
「いえ、出口を探します」
「バカ言うな。出口など、あるわけなかろうが。我らが散々探した」
霞は目をこらし、耳を澄ませる。
そして……、近くの壁まで行くと、持っていたナイフを突き刺す。
がこんっ! と音がして、出口が出現した。
「「「…………」」」
全員が信じられない、と目を剥いていた。
数日かけて探しても見つからなかった出口を、この女は物の数秒で見つけたのだから。
「さぁ、脱出しましょう!」
★
「信じられん……無傷で外にでれるとは……」
バカムスは呆然とつぶやく。
あの後、出口まで霞が道案内した。
盗賊としての技量は、恐ろしい物だった。
トラップを全て見抜き、敵の気配を遠くから、誰よりも早く気づく。
さらに隠された通路も一発で探し当て、最短、しかも無傷で、バカムス達を外まで道案内して見せたのだ。
「ありがとう、お嬢さん!」「あんたすごすぎるよ……!」
護衛の男達はみな涙を浮かべて、霞の手を握って、頭を何度も下げる。
「いやぁ、やっぱりすごいなぁ天与の原石さんは」
「こんな素晴らしい盗賊が所属してるなんて……!」
ギルドが褒められると、霞もまたうれしかった。
一方で、バカムスはフンッ……と鼻を鳴らして言う。
「おい女。よい働きだったぞ」
「ど、どうも……」
助けてもらった立場だというのに、バカムスは尊大な態度を崩さない。
「どうだ、ボクに雇われる気はないか?」
「え? どういう……」
「つまり、ボク専属の冒険者になれ、ということだ。あんな、悪徳ギルドマスターのいる、クソみたいな環境より万倍マシだぞぉ?」
アクト、ギルドを悪く言われて、霞は不快な思いをした。
だが、怒っても詮無き事だと思い、頭を切り替える。
「お屋敷まで護衛いたします。馬車を待たせてますので、そちらまで」
「おいおい待てよ女。話しはまだ途中だ」
バカムスは霞の手を強引に引いて言う。
「あんな極悪ギルドマスターのもとより、ボクのところのほうがずぅっとマシだぞぉ」
「なっ……!? ご、極悪!? なんですかそれっ!」
「あぶれ者たちを集めては、安い賃金でこき使って、使い潰したらすぐによそにポイ捨てする、最低最悪のギルマスだってなぁ」
……頭が怒りで、真っ白になりかける。
「あやつも上手い商売を考えるよなぁ! ギルドを追放される屑なんてただ同然! それを使えるようにして、他のギルドなり商人なりに高く売りつけ利益を得る! ぼろい商売だなぁ……! あははははっ!」
なんて、酷い言い方だろうか。
しかし内情を知らないバカムスからすれば、アクトの評判は、確かにこうなるのだ。
彼の掲げる理想を知らなければ、アクトの行動は、バカムスの言ったとおり、安く仕入れて、高くよそに売りつける。
そんなことをしている、まさに、彼が自称するように、悪徳ギルドマスターの行いに見えてしまうのだ。
……だが、内情を知っている、彼女は違う。
「ふざけるなっ……!」
霞は本気で怒りをあらわにしていた。
「あの人が! どれだけ優しい人なのか! どれだけ部下思いのいい人なのか! 何も知らないくせに!」
霞はギュッ、と拳を握りしめ、バカムスに殴りかかろうとする。
「わたしの! 最高のギルドマスターを! 馬鹿にするなぁああああああ!」
パシッ……!
だが、護衛の男が、霞の手を掴んで止める。
「は、離してっ!」
「嬢ちゃん、それはダメだ。相手は貴族様だぜ? 殴ったら……あんたのギルドマスターに迷惑が掛かる」
ハッ……! と霞は冷静になる。
「よ、よくやったぞぉ貴様ぁ!」
バカムスは冷や汗をかいたものの、にやりと笑って言う。
「そのままこいつをボコボコにしてやれ! 貴族に逆らったらどうなるか、体で教えて……へぶっ!」
霞の手を掴んでいた男が、手を離し、バカムスの顔面を殴りつけたのだ。
「き、きしゃまぁ~……なにをすりゅ~……」
男はため息をつきながら、バカムスに近づく。
「おい貴族のバカ息子さんよ。さすがに今のは聞き捨てならねえぜ。オレらは嬢ちゃんに助けてもらった立場。たとえ貴族だろうと、バカにしていいわけがない」
「き、きさまぁ~……貴族に手を上げて、ただですむとおもうなよぉ! クビだ! クビだぁ!」
「ああ、結構だよバカヤロウ。こっちから願い下げだ」
「くっ……! お、おい貴様ら! 何ボサッと見ている! この愚か者をこらしめてやれ……!」
残りの護衛達がうなずくと、拳を握りしめる。
そして……。
「ぶぎゃっ! へぶっ ぼげぇ!」
護衛達は全員で、バカムスを袋だたきにしたのだ。
がくん……とバカムスが気を失う。
「おまえら……」
「【ピニオン】さんだけに泥をかぶせるわけにゃいきませんよ」
ピニオンと呼ばれた、霞の拳を止めた男は、ため息をつく。
「バカヤロウ。おまえらまで殴ることねーだろ」
すると護衛達は苦笑して言う。
「いいんすよピニオンさん」
「おれらこいつのおもり、もううんざりだったし」
「何より恩人の嬢ちゃんに、ひでーこといいやがった」
「ゆるせねえよな」
ピニオンはため息をついて、霞に頭を下げる。
「バカが迷惑かけちまったな。すまねえ」
「い、いえ……わたしこそ、すみませんでした。わたしの代わりに……」
「あー、いいっていいって。嬢ちゃんが気にするこたない。辞めるいい機会だったよ」
えっさほいさ、と護衛達が、馬車にバカムスを運ぶ。
「嬢ちゃんが羨ましいよ。いい上司に、恵まれてるみたいだからよ」
ピニオンの言葉に、霞はうなずく。
だが一方で、首をかしげる。
「どうして……?」
「そりゃ、部下である嬢ちゃんが、貴族相手にあそこまで怒ったって事は、そうとう、上司を尊敬してるんだろ? 部下に慕われるいい上司だって、部外者のオレにもわかる」
ピニオンは微笑むと、ぽん……と霞の頭をなでる。
「あんなバカの言うことなんて真に受けなくていいさ。あんたのギルドと、そのギルドマスターはすげえやつだ。他人にどうこう言われなくても、自分だけがわかってりゃ、それでいいじゃねえか」
「はい……はいっ!」
霞に笑顔が戻る。
にっ、と笑ってピニオンが言う。
「しっかしオレら職を失っちまったなあ。どーっすかな、これから」
「あ、あの……でしたら……」
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