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60.鬼姉妹、ウワサの悪徳ギルドマスターの元を尋ねる3



 ギルドマスター・アクトのギルド【天与の原石】に、鬼族の姉妹は所属することになった。


 姉のかすみは技能研修を終えて、実地訓練をしていた。


 ある日のこと。


「いやー、ごめんね霞ちゃん。クエスト失敗しちゃって」


 ギルメン達が、ダンジョンから、ギルド会館へと戻ってきた。


「予想外に手こずっちまってさ」

「いえ、わたしのほうこそ、【モンスターパレード】を見抜けなかったので」


 ごくたまに、モンスター達の動きが活発化し、集団で動くことがある。

 これをモンスターパレードと呼ぶ。


 霞達のパーティはパレードに遭遇してしまい、クエストを断念して戻ってきた次第。

「ギルマスに怒られちまうなぁ」

「あの人静かに怒るから、おっかねえんだよなぁ」


 はぁ~……とギルメン達がため息をつく。

 確かにあの人は少し怖い。


「ま、とりあえずケガ治してからだ。みんな、治療室いこうぜ」


 ギルドにはケガを治す、専用のスタッフがいる。

 ギルメンなら無料で治療が受けられるのだ。


「あ、あの、わたし、大丈夫です。ケガも大したことないですし」


 盗賊シーフは戦闘をほぼおこなわない。

 今回の依頼だって、かすり傷を負ったくらいだ。


 腕に包帯を巻いているだけで、大したことはない。


「わたし、依頼を失敗したこと、報告してきます」

「え、でもなぁ、霞ちゃん。まずは治療室に……」


「大丈夫です。たいしたケガじゃないので。それに、皆さんに負担かけてばっかりだったので、これくらいはわたしがします!」


 そう言って、霞はひとり、受付へと向かう。


「あら、霞ちゃん。どうしたの?」

「カトリーナさん……と、ギルマス?」


 ちょうどアクトが、カトリーナに用事があって、1階の受付まで来ていたのだ。


 アクトは霞を見て……にらんできた。


「おい貴様、何をしている?」

「ひぅ……、すみません。実はクエストを失敗してしまって……」


 失敗を怒られる、そう思った……そのときだ。


「今すぐ治療室へ行け」

「はえ……?」


 アクトは手を伸ばし、霞の腕をひっぱる。

 右の二の腕に巻いた包帯をジッとみて……安堵の吐息をついた。


「遅効性の毒を受けていたらどうする?」

「だ、大丈夫ですよ……単なるカスリ傷ですし」


 だがアクトの表情は厳しい。


「何を以てかすり傷と判断した? 貴様は盗賊シーフ、ケガや状態異常に詳しいのか?」


「いえ……ちがい、ます、けど……」


「素人判断で、実は毒を受けていたら? 

呪いを受けていたらどうするつもりだったのだ?」


「す、すみません……」


 ふんっ、とアクトが鼻を鳴らす。


「さっさと治療室へ行け」

「は、はい。……あの、クエスト失敗したことについては……?」


「そんなものはどうでもいい」

「どうでも、いいんですか?」


 アクトは苛立たしげににらんでくる。


「す、すみません! すぐ治療室いってきまぁす!」


    ★


 霞は治療室へ行き、専用の医療スタッフにケガを見てもらう。


「大丈夫、単にかすり傷よ。よかったわね♡」


 医療スタッフの【ショコラーデ】が、微笑みながら言う。


「あいかわらずショコ姐さんはおっぱいでっかくてエロくてきれいだよなぁ~……」


 ギルメン達がデレデレした表情で、ショコラーデを見やる。


 豊満なバスト、はだけた開襟シャツに、黒のタイトスカート。

 白衣を着て微笑む姿は、まさに白衣を纏った天使だろう。


「もう、ダメじゃないみんな。霞ちゃんは依頼を失敗するの初めてなんだから、治療室にまずつれていかないと、ギルマス怒っちゃうでしょう?」


「「「はーい、すんませーん……」」」


 霞は目を丸くする。


「ごめんなぁ、霞ちゃん。怒られちゃったんでしょう?」


「あ、いえ! 勝手に判断したわたしのミスです。……あの、聞いてもいいですか?」


 ギルメンに、霞は気になっていたことを尋ねる。


「依頼に失敗したのに、そのことについては、アクトさん怒ってなかったんです。オカシイですよね?」


 だがギルメン達は目を点にすると、苦笑する。


「そっか、霞ちゃん入ったばっかりなんだっけ」


「あの人はね、クエスト失敗しても、絶対そのことには理不尽に怒らないんだよ」


「お、怒らない……? なんで……」


 パーティのリーダーである男が言う。


「依頼の成否よりも、おれらが傷付いてないか。それを一番気にするんだよ」


「で、でも……失敗したらギルドの信用を落とすのでは……?」


 ギルマスは、ギルドのトップだ。

 依頼を失敗したということは、組織の信頼を落とし、ギルマスの顔に泥を塗るのと同義ではないのか?


「おれらみたいな木っ端構成員がちょっと泥塗ったところで、痛くもかゆくもないんだよ。あの人がなしてきた偉業と比べたら、おれらの失敗なんて些細なもんさ」


 リーダーは本当にうれしそうに笑って言う。


「あの人はさ、おれらのことすごい大事にしてくれるんだ。使い捨ての駒じゃない、一個人として尊重してくれる」


 うんうん、とギルメンたちがうなずく。


「ちょこっとケガして帰ってくるだけでめちゃくちゃ怒ってくるんだよなぁ」


「大げさだよなぁ」


「でも……それだけ心配してくれてるって事だもんね」


 ギルメン達は皆笑顔だった。

 よほど、アクトに信頼を置いているのだと、霞は思った。


「霞ちゃん」


 ショコラーデが微笑みながら、コーヒーを煎れて、持ってきてくれた。


「ギルマスのこと嫌いにならないであげて。怒ったのはね、依頼を失敗したからじゃないの。あなたが、ケガを軽いことと捉えていたことに、怒っていたのよ」


 ……ギルドとしての評判よりも、ギルメンの体を気遣う。


「そんなギルマス……この世に存在するんですか?」


 するとショコラーデを含めたギルメン達が、全員、笑顔でうなずく。


「それが、われらが最高のギルドマスター、アクト・エイジって男なんだ」


    ★


 ショコラーデのもとで治療してもらった後、霞はギルマスの部屋を訪れた。


「失礼します……」

「あー! おねーちゃーん!」


 ソファセットに座っていたのは、妹のカナヲだった。


「カナヲ。あなたなにやってるの?」

「ぎるますとおべんきょーしてたの。ちょー難しい!」


 見やると、テーブルを挟んで向こう側に、アクトが座っていた。


 霞はアクトの前までやってくると、頭を下げる。


「すみませんでした、ギルマス」

「ケガはどうだった?」


「ショコ先生が、たいしたことないから安心して、とのことです」


「そうか」


 アクトは表情を変えず、テーブルの上のコーヒーを一口啜る。


「おねーちゃん! 包帯してる! ど、ど、どうしたのっ?」


 隣に立つ妹が、目を剥いて叫ぶ。


「ちょっとモンスターに咬まれちゃって」

「わあ! た、大変だぁ……! 痛い? 痛い?」


「平気だよー。もう大げさ……」


 だが……。


「ぐすん……おねーちゃん、ぶじでよかったよぉ~……ふぇええん……」


 カナヲが泣いている。


 そこで、霞はようやく、遅まきながら……自分の重大なミスに気づいた。


「あ……」


 そうだ。

 自分は、間違っていた。


 ケガをたいしたことない?

 ふざけるな。

 

 そのケガが悪化して、死んでしまったら……?


 この、幼い妹を、自分は一人残して、死んでしまったら?


 ……誰がいったい、この子を守るというのか。


「ごめんなさい、ギルマス。わたしが、間違っていました」


 彼はこのことをわかっていたのだ。

 自分たちには両親がいない。


 姉である自分が死ねば、残された妹は寄る辺を失ってしまう。


 だから、誰よりも体を大事にしないといけない。


「わたしの体は、わたしだけのものじゃない。そのことを理解していませんでした。甘い考えで……すみませんでした」


 ようやくアクトの怒っている原因を、霞は理解できた。


 それと同時に、なんて優しい人だろうかと、さらに感心した。


「それでいい。次からは気をつけろ」

「はいっ!」


「もう下がっていいぞ」

「失礼しました!」


 霞はカナヲを連れて、部屋を出る。


「カナヲ、ごめんね」

「? ま、つぎからきをつけろよっ」


 カナヲがギルマスのマネをしている。

 微笑ましくて、よいしょと抱っこする。


「おねーちゃん、顔真っ赤ですよ? なにかあったー?」


「えっ、えっ、そ、そうかな……?」


「ほほぅ、恋の予感ですなぁ~」

「ち、ちちちっ、ちがうよっ!」


 と言いつつも、霞は背後を振り返り、部屋の向こうにいるギルドマスターに熱っぽい視線を送る。


「……最高のギルドマスター、か」


 ギルメン達の言葉は、間違いではないと、霞はそう思ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >「ギルマスのこと嫌いにならないであげて。怒ったのはね、依頼を失敗したからじゃないの。あなたが、ケガを軽いことと捕らえていたことに、怒っていたのよ」 捕らえるではなく多分ここの言い方…
[一言] まあ、毒や呪い以外にも病気怖いからなあ 狂犬病とか破傷風とか
[気になる点] いらい の字が違うと思います。
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