58.鬼姉妹、ウワサの悪徳ギルドマスターの元を尋ねる1
ある雨の日、アクト・エイジが経営する冒険者ギルド【天与の原石】にて。
早朝。
幼い姉妹が、ギルドの前で佇んでいた。
ふたりとも薄緑色が特徴的だ。
姉の方は15で、妹はまだ5つである。
「おねーちゃん……はいらないの?」
「うん……でも、ちょっとこわくって」
「こわいー? なんでー?」
「……ここのギルドマスター、ものすっごいできる人だけど、ものすっごい怖い人なんだって……はぁ、こわいなぁ」
姉はその場にしゃがみこむ。
ふたりとも、頭からすっぽりと、ボロ布をまとっていた。
「こわいひとなのー?」
「なんでも世間じゃ悪徳ギルドマスターと呼ばれているらしいの」
「あくとくって?」
「ええと、鬼のように恐ろしいってこと、かな?」
本人もよくわかっていないらしく、姉はたどたどしく答える。
「鬼って、あたちたちみたいなー? じゃあこわくないじゃん!」
「そ、そだね……はぁ」
鬼族とは、この世界に存在する亜人の一種だ。
額に1本、または2本の角を持つ。
エルフやドワーフと言った亜人のくくりではあるが、しかし大昔、鬼は【人食い鬼】とおそれられていた。
事実いにしえの男鬼は人を食う恐ろしい化け物であった。
しかしそれは昔も昔、今人を食う鬼など存在しなかった。
とはいえ、鬼族への悪いイメージは払しょくできず、どこへ行っても白い目で見られる。
「ここもだめだったら、もう働き口がないよ……」
この姉妹は、故郷の村をモンスターに襲われ壊滅させられた。
両親はその際に死に、生き残った姉妹はこうして、職を探してやってきたのだ。
「おねーちゃんおねーちゃん」
「もう娼婦になるしかないのかなぁ」
「おねーちゃんってば!」
「どうしたの……って、え?」
姉妹の隣に、傘を差した黒髪の男が立っていた。
「邪魔だ」
「ご、ごご、ごめんなさい!」
ぺこぺこ、と姉が頭を下げる。
「このギルドに何かようか?」
男がジッ、と姉妹を見つめてくる。
黄金の不思議な瞳をしていた。
「あ、えっと……その、なんでも、ないです……へ、へくちゅんっ」
長い間雨に当たっていたから、姉はクシャミをしてしまった。
妹もまたぶるぶると震えて、姉の体にすがっている。
「す、すみません……出直します……」
「何を言っている?」
「え?」
「ギルドに用があるのだろ? 中に入れ」
姉は目を丸くして首をかしげる。
「ど、どうして……?」
「ぼさっとするな。さっさと入れ。風邪をひかれては困る」
「は、はい……」
青年の後ろを、姉妹はついていく。
「貴様ら、名前は?」
「あ、わ、わたしは霞。妹はカナヲ、です」
「霞にカナヲか。珍しい名だな」
「そ、そうですね。よく言われます……」
鬼とばれてしまったら、ギルドに入れてくれないかもしれない。
姉、霞はそう思って、伏せておくことにした。
「まずはシャワーを浴びて来い。着替えは貸す」
「え!? そ、そんな……悪いです。まだギルドに入ってすらないのに」
「勘違いするな。貴様らに風邪をひかれては、ギルドに悪い噂が立つ。そうなっては困るのだ」
ふと、この青年は誰なんだろうかと思った。
ギルドの関係者だろうか、それとも、冒険者か。
「2階の奥にシャワールームがある。着替えは手配しておく。終わったら2階の手前の部屋に来るように」
「は、はい!」
青年はシャワールームまでふたりを案内し、その場を後にする。
「不思議な人だったね……」
「おねーちゃん、さむいよぅ。シャワー入りたい!」
「そ、そうだね」
ふたりは同じシャワー室に入って、体の汗や汚れを落とす。
シャワー室から出ると、受付嬢長カトリーナが、ふたりにタオルと着替えを手渡す。
姉は鬼であることをばれないよう、【まじない】をかけ、角を隠した。
「御親切に、どうもありがとうございます!」
「いえいえ。ではふたりとも、お部屋にご案内しますよ」
「あ、は、はい!」
カトリーナに連れられて、霞は妹とともに、立派な部屋に通される。
「あ! さっきのおにいちゃん!」
カナヲが先程の青年に気づく。
「ちょうど湯が沸いた。そこに座れ。飲み物くらいだす」
「そ、そんな! 悪いですよ!」
「いいから座れ。カナヲはココアでいいか?」
「ココア―! のむー!」
妹は笑顔で、ソファに座る。
「こ、こら! もう……すみません」
「気にするな。貴様も座れ」
「は、はい……」
青年はてきぱきと紅茶とココアを淹れて、ふたりの前に出す。
「す、すみません……」
「お茶うけはクッキーでいいか?」
「クッキー? たべりゅー!」
「も、もう……少しは遠慮しなさいカナヲ……ごめんなさい」
彼は特に気にすることなく、ふたりの前に、皿に大盛りになったクッキーを出す。
「うめー! おねえちゃんこれちょーうめー!」
「も、もう、ありがとうございますでしょっ!」
遠慮なしに食べる妹の態度に、特に彼は何も言ってなかった。
「霞。貴様も食え」
「で、でも……悪いです」
「悪いと思うなら黙ってくえ。出されたものを食わないほうが礼儀に反する」
「そーだぞおねえちゃん。くえくえー!」
結局、霞はいただくことにした。
一口食べ、目をむく。
「お、おいしい……」
あっという間に、1枚食べ終わってしまった。
「おいしいねこれ!」
「うん、そうね」
そのときだった。
ぐぅ~~~~…………。
「あう……」
すきっ腹に、おいしいお菓子を食べたからか、余計に腹が減ってしまったのだ。
「申し訳ございません……」
「ちょっと待ってろ。そろそろ来る」
こんこん、と部屋がノックされ、カトリーナが入って来る。
「朝食お持ちしましたよ~」
彼女の持つお盆の上には、ホットサンドにポテトと、ギルドで人気の朝食セットが山盛りになっておかれていた。
「うひょー! うまそー!」
カトリーナは二人の前に、ごとり、とお盆を置く。
「さぁさふたりとも、熱いうちにどうぞー」
「いいのー!? わーい!」
さすがに焦って、霞は妹を抱き留める。
「なにするー! ひさしぶりのあったかごはんなのにー!」
「だ、駄目よ! だってお金ないのよわたしたち……」
「あ……そーだった……」
しかし彼は首を振る。
「勘違いするなよ。これは、俺の朝食だ」
彼はホットサンドを一つ手に取る。
「だが少々量が多すぎる。残りは貴様らにやろう」
「え、えっと……でも……」
ぐいぐい、と妹が腕を引っ張る。
「おねーちゃーん……おなかへったよぅ……」
「うう……でも……」
彼はため息をついていう。
「良いからさっさと食え。せっかくの料理を無駄にする気か?」
「……わかりました。ありがたく、頂戴いたします」
霞がうなずくのをみて、妹がガツガツと食べる。
「うめー! 世界一! うめー!」
一口食べると、ツナと卵の味が広がる。
「…………」
「おねーちゃん、どうしたの? なんでないてるのー?」
「ご、ごめんなさい……誰かに、こんなに、優しくされたの、はじめてで……」
鬼はただでさえ忌み嫌われている。
どこへ行っても門前払いを食らう。
こんな素性もわからない初対面の自分たちに、ここまで優しくしてくれたのは、この青年が初めてだった。
「ありがとうございます。なんてお礼を言っていいやら」
「礼は不要だ。その分、冒険者として働いて返せ」
「はい……って、え? あの、今、なんて?」
青年はジッと霞を見て言う。
「鬼族の霞、それにカナヲ。貴様らうちのギルドに入りに来たのだろう?」
「!? な、なんで……それを? そ、それに角は、まじないで隠しているのに!?」
青い顔をする霞をよそに、青年はふんっ、と鼻を鳴らす。
「そのくらいお見通しだ」
「あの……ごめんなさい。だますつもりはなかったんです!」
「ふん、こんな稚拙なまじないなど、だましているうちに入らん。貴様が気に病むことはない」
「……怒ってない、んですか?」
「無論だ」
なんて心の広い、優しい人だろうか。
霞は涙をぼろぼろと流す。
「泣くな。話が進められないではないか」
彼はそう言って、ハンカチを手渡す。
「すみません……」
「さて、貴様らのこれからについてだが」
と、そこで霞は気づく。
「あの、その、まだここのギルドマスター様に、ギルドに入る許可をもらっていないのですが……」
すると彼は目を丸くして、ため息をつく。
「許可も何も、俺がここのギルドマスターだ」
そう、彼こそが、二人が話していた、ウワサの悪徳ギルドマスターだった。
あまりにギャップがありすぎて、思わず、霞は叫んでしまう。
「へ? え、ええ!? うそぉおおおおおお!」
「おねーちゃん、このおにーちゃん、ちょーやさしいねぇ~」
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