56.悪徳ギルドマスター、ギルメンに帰還を祝われる
俺は王都にて、ローレンス勇者パーティを鍛えるというクエストを終えた。
ギルド・天与の原石があるホームタウンへ向かう、馬車の中にて。
『ギルマス、ごきげんよう』
通信魔法道具の向こうから聞こえてくるのは、受付嬢のカトリーナだ。
「カトリーナ。そっちはどうだ?」
彼女は職員達をまとめる管理職でもあり、現場のことを一番よくわかっている。
『滞りなく、ギルドは回っていますよ。ギルマスの指示もありましたし、それに、ユイちゃんがよく働いてくれています』
王都にいる間、俺はローレンス達を鍛える一方で、通信魔法道具を使って、遠隔でギルド運営の仕事をしていたのだ。
リモートではどうしても無理な仕事は、弟子のユイに任せている。
『職場にいなくても仕事ができるなんて、さすがギルマスです。でも……少しお休みになられては? 少々働き過ぎな気がします』
「気遣いには感謝するが、心配は無用だ」
『そうですか……そうですね。ギルマスの事ですから、体調管理もバッチリですものね』
上品にカトリーナが笑う。
『ところで、こちらにはいつ頃到着のご予定ですか?』
「明後日の夕方頃だな」
途中で宿場町に止まる予定だ。
『……ええ、ユイちゃん。明後日の夕方ですって。ええ、お料理の予約を、ええ』
「なんだ? カトリーナ。誰と話してる?」
『いいえ♡ なんでもありません♡』
「そうか」
『ギルマス、街に到着したら、ギルドに来ていただけませんか?』
「なぜだ?」
『ギルマスの元気なお顔をいち早く拝見いたしたいのです……だめ、でしょうか?』
カトリーナが気遣いげにいう。
『無理ですよね。ごめんなさい、お疲れですものね。わがまま言ってごめんなさい』
「何を決めつけている」
『え?』
「町長のところに顔を出したら、ギルドによることにしよう」
『よ、よろしいのですかっ?』
「勘違いするな。ギルドを長くあけていて、書類がさぞたまっていることだろうから。さっさと片付けたいだけだ」
『で、では! お待ちしております! ……ユイちゃん、オッケーですって!』『……やったー! さっそく準備に取りかかりますー!』
俺は通信用の魔道具を切り、ため息をつく。
「やれやれだ」
「さすがマスター、お優しいですね」
正面に座るのは、銀髪のメイド・フレデリカだ。
嬉しそうに笑って、犬耳を動かしている。
「部下の厚意を決して無駄にしない、上司の鑑のようなお方です」
「何の話をしている?」
「ふふっ。明後日はさぞ、大宴会でしょうね」
★
2日後の夕方。
俺がギルド・天与の原石に顔を出すと……。
「「「ギルマス、おかえりなさーーーーい!」」」
ギルドホールには、ギルメン達がいて、俺を出迎えていた。
職員も、冒険者達も、そろって入り口に集まっている。
「おかえりギルマスー!」「アクトさんに会えなくってさみしかったっすよぉ!」「ギルマスー! お疲れ様ー!」
みなが笑顔で、俺に手を振っている。
「アクト様ー!」
小柄な女の子が、俺に抱きついてきた。
「会いたかったです、アクト様!」
「ユイ。よく留守を守ってくれたな」
「ありがとうございますっ! アクト様のために、一生懸命頑張りました!」
ユイの頭をなでて労をねぎらう。
俺のサポートがあったとは言え、よくギルドを回してくれたものだ。
「ギルマス、お帰りなさいませ」
「カトリーナ」
ニコニコと笑いながら、人波をかき分けて、受付嬢長のカトリーナがやってくる。
「これはどういうことだ?」
「申し訳ございません。みながギルマスのお帰りなさい会をしたいというものでして、差し出がましいとは思いましたが、宴をご用意させてもらいました」
「「「いえーい! おかえりギルマスー!」」」
よく見れば職員もギルメンも、全員がそろっていた。
非番の職員もいただろうに、律儀な奴らだ。
「まったく、貴様ら、今日の仕事はきちんと終わらせたのだろうな?」
「もちろん!」「ギルマスのために超がんばって仕事しましたー!」「ギルマスー! 一緒にお酒飲みましょうよー!」「料理めっちゃがんばってつくったんで食べて食べてー!」
ギルメン達も、職員も、俺に期待のまなざしを向けてくる。
「荷物を部屋に置いて、30分後に戻ってくる。準備して待っていろ」
「「「やったー!」」」
歓声を上げるギルメン達を横目に、俺は2階の俺の部屋へ向かう。
「おやおやマスター、よろしいのですか?」
にやにやと笑いながら、フレデリカが問うてくる。
「マスターは確か、山積みの仕事を片付けるためにここへ来たのではなかったのです?」
「仕事はする。宴会にも参加する」
「やはりマスターはお優しいです」
「勘違いするな。これで水を差すようなマネをすれば、ギルメン達の士気を下げる羽目となる。それに、せっかくの用意した料理を無駄にしたくないだけだ」
「ふふっ。そういうことにしておきましょう」
★
その日の深夜まで宴会は続いた。
ギルメンたちはギルドホールでいびきをかいている。
「…………」
俺は彼らの様子を、2階へと上がる階段に腰を下ろしながら酒を飲む。
「アクト様」
カトリーナが階段を上がりながら、俺に言う。
「さすがアクト様はお酒もお強いのですね」
「仕事上、付き合いで飲む機会も多いからな」
彼女はほんのりと頬を赤く染めていた。
俺の隣に座って、肩を密着させてくる。
「貴様にも負担をかけたな。すまなかった」
「お気になさらないでください。これくらい、あなた様に救って貰った恩に比べたら……ちっぽけなものです」
こいつは元公爵令嬢だったが、バカ貴族が彼女を連れ帰ろうとしたりといろいろあって、今俺のギルドにいる。
とん、とカトリーナが俺の肩に頭を乗せる。
「ただ……あなたに会えない日々が、とても寂しく、辛かったです」
拗ねたようにカトリーナが唇を尖らせる。
「どうして、もっと連絡くれなかったんですか?」
「定期連絡はしていただろうが」
「仕事の話をしたいのではありません」
「では何の話をしたいのだ貴様は?」
「……知りません。ふんだ」
カトリーナは立ち上がると、小さく舌を出す。
「下のギルメン達に毛布を掛けてやれ。風邪を引かれては困る」
「承知いたしました」
「それと貴様、今日はどうする? 家に帰るなら送っていくぞ」
「今日は仮眠室に泊まろうと思います♡
お気遣いありがとうございます、ギルマス」
俺は空いたグラスをカトリーナにあずけて、階段を降りる。
「それと今日の宴会の請求書、明日俺の元へ届けてくれ」
きょとん……と彼女が目を点にする。
「いえ、今日のはギルマスのために開いた宴会ですし、みなでお金を出し合うって」
「その必要はない。これは、必要経費だ」
俺は入り口にまでやってくる。
カトリーナは上品に微笑みながら言う。
「宴会代を経費で落とすなんて、悪いギルドマスターもいたものです」
カトリーナが苦笑する。
「俺のために準備してくれて、礼を言う」
「いえ、当然のことをしたまでです。……ギルマス」
ニコッと、カトリーナは、花が咲いたような笑みを浮かべて言う。
「おかえりなさい、我らが最高のギルドマスター」
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