54.クビになった補佐官と愚かな四天王5【イリーガル3】
邪神竜ヴィーヴルと、勇者パーティたちが王都で大活躍した、一方その頃。
北壁に残っていた四天王のイリーガルは、無様な敗走をしていた。
「ぜぇ……! はぁ……! こ、殺される……! 殺されるぅう……!」
全身から汁という汁を垂れ流しながら、情けなく逃げる。
「なんだ! なんなのだあの人外の化け物はぁ……!!」
彼の前に現れた、黄金の勇者のことだ。
魔の頂点に君臨する魔王、その直属の部下である四天王ですら、彼を化け物と呼ぶ。
「ヤバいヤバいヤバい! あれはヤバい、殺される……生存本能にあらがえない……!」
イリーガルは先ほどの出来事を思い出す。
『おれは勇者! 勇者ローレンスだ!』
一人の青年がたったひとりで、北壁の前にやってきたのだ。
奈落の森を抜けてきた時点で驚愕するべきことだった。
それに何より驚いたことは……。
『無駄な抵抗はやめて今すぐ降伏してくれ! おれは余計な血は流したくない!』
あろうことか、あの黄金勇者が降伏を勧告してきたのだ。
そう、まるで自分の方が強いと言わんばかりに。
北壁には強力な防御魔法が施されていた。
超硬度の魔法氷の障壁、さらに外敵が近づいただけで一瞬で敵を凍らせる術式も施してある。
イリーガルの作った堅牢な砦を前に、勇者は敗北……するはずだった。
『仕方ない! ここを通らせてもらうぞ!』
黄金勇者が大剣を抜く。
その瞬間……ぞっ……! と悪寒が走った。
部下に命令し勇者を捕らえようとした……次の瞬間には、北壁が消し飛んでいた。
何をされたのか理解不能だった。
ただ、太陽の強烈な光を感じたかと思った瞬間、北壁が破壊されたのだ。
それも一部分ではない、大陸を横断する形で張り巡らされた、長く硬い砦全てが、蒸発したのである。
……兵士のほとんどを外に出しており、残っているのは限られた部下と自分のみ。
イリーガルはここで立ち向かう選択ではなく、逃げることを選んだ。
「あんな人の理を超えた化け物に一人で立ち向かうのなんて愚かすぎる! これは、戦略的撤退だ! 決して敗走ではないんだ! くそくそくそ!」
自分に言い聞かせるように言うが、しかしどこか敗北感が拭えない。
彼が逃げているのは、奈落の森。
魔物ひしめく魔の森……だったのだが……。
「な、なんだ!? 魔物の気配がまるでしない!? ど、どうなっている……!」
『あー、居たっす!』
バサッ……! と翼を広げて、イリーガルの前に一匹の黒い竜が降り立つ。
「な、なんだ貴様は!?」
『ヴィーヴルっすよ。お忘れっすかイリーガルさん』
「ヴィーヴル……そ、そうか……魔王様の言っていたことは真実だったのか」
対超勇者専用の最終兵器だと魔王は言っていた。
目の前のドラゴンには、その名にふさわしい威容と、魔力を感じる。
イリーガルは疑問だった。
なぜそんな兵器を作る必要があるのだろうかと。
だが実際に超勇者の一撃を見て、全て理解した。
アレを殺すためには、この邪神竜ほどの兵器が必要不可欠である……と。
「ちょうどいい、ヴィーヴル! 戻ってこい!」
『はぁ~……? なんすかいきなり』
「今、貴様の力が必要なのだ! 喜べ、また魔王軍に入れてやる!」
この邪神竜がいれば、追い掛けてくるだろう超勇者に勝てると思ったのだ。
幸い、この欠陥魔族は、追放されたときに泣いていた。
つまり魔王軍に未練があったのだ。
ようするにまだ、彼女には魔王軍に戻ってきたいという意思があるという証左ではないか。
「さぁ帰ってこいヴィーヴル! 補佐官にしてやるぞ!」
だが、邪神竜が出した結論は……。
『お断りっすよー』
「なっ!? なんだと! 貴様今なんて!?」
『だから断るって言ったんす。自分、もう戻る気さらさらないんで』
実にドライな対応に、戸惑いを隠せないイリーガル。
「な、なぜだ!? このオレ様が直々に、帰ってこいと頼んでいるのだぞ!?」
『自分のこと、無能だと追い出しておいて、今更帰ってこいっていうのは、ちょーっと虫がよすぎないっすか?』
「そ、それは……ええいいいから力を貸せ! 今貴様の力が最も必要とされている!」
『ふーん、なんでっすか?』
「超勇者が追い掛けてきているのだ! ヤツを殺せるのは貴様しかいない!」
ヴィーヴルは目を丸くすると、ため息をつく。
『あんた、バカっすね』
「なんだとぉ!?」
『あのひとに、本気で勝てると思ってるんすか?』
その瞬間だった。
「【垓烈剣】!」
……どこからか、超勇者の声がした。
魔の跋扈する深い森、奈落の森は……消えた。
「……はへ?」
正確に言えば木々が、草花が、1本残らず刈り取られたのだ。
目の前に広がるのは荒野。
広大な敷地を誇っていた魔の森は、誰かの手によって消し飛ばされたのだ。
ドクンッ! ドクンッ! と心臓が早鐘のように鳴る。
『北壁ぶっ壊すような人っすよ? そんな人にケンカを売る? ば~~~~~~~~~~~っかじゃねーのっす?』
振り返ると、黄金の勇者が、こっちに歩いてくるところだった。
「よもや森の中で迷子になってしまうとは! やはりアクトさんがいないとダメだなおれは!」
『いや森で迷子になったから、森を消すとかおかしーっすよローレンスさん……』
邪神竜の言葉に、イリーガルは違和感を持つ。
「お、おい……まさかおまえ……勇者と……」
『そっすよ。勇者に寝返ったんす』
「ま、魔族としての誇りはないのかぁ!」
『ねーっすよ。おーい、みなさーん』
ぶんぶん、とヴィーヴルが手を振る。
上空から、数人の男女が現れた。
空を駆けてきたのは、槍を持った銀髪の美青年。
残りの女達は、魔法使いの飛行魔法で飛んできたみたいだ。
「ローレンスさんすごいです! 奈落の森を消し飛ばすなんて! さすがですー!」
「もう君ひとりでどこかいくの禁止にしたまえ……そのたびに破壊されてはこまるよ……まったく化け物なんだから」
「まったくよね。あ、森戻すから【ヒール】」
「いや姐さん、あんたもじゅーぶん化け物だよ……」
イリーガルは、真っ白になってへたり込んだ。
「なんだ……なんなのだ……貴様ら……」
北壁を破壊した勇者ローレンス。
消し飛んだ奈落の森を戻した回復術士ルーナ。
北壁軍を壊滅させた勇者パーティ……。
「こんな、強いなんて聞いてないぞ……少し前の報告では、ここまでじゃなかったはず……」
勇者パーティに取り囲まれたイリーガルは、まるで子犬のように体を震わせる。
「おれたちを育ててくれた恩人のおかげだな!」
「恩人……?」
超勇者には師匠となる人物がいるらしい。 それはすなわち、この人外悪魔軍をしのぐ化け物がいるということ。
「あ、ひゃ……あひゃひゃ……あびゃびゃびゃびゃああああああああ!」
『ありゃ、壊れちゃったっす?』
「まあ気持ちはわかるよ。僕だってこいつら相手にしろって言われたらこーなるからね」
やれやれ、とウルガーがため息をつく。
「こうなったらヤケだぁ!」
「! みなさん気をつけて! 体内の全魔力を暴走させています! 自爆するつもりです!」
魔法使いイーライは、すぐさま相手の攻撃を見切っていた。
「防御魔法を!」
「その必要はないぞ! みな、おれの後ろに!」
ヴィーヴルは人間の姿へと戻り、ウルガーたちとともに、ローレンスの背後に回る。
『魔王様ぁあああ! 見ていてください! あなた様を守るために、命を捨てた忠臣の最期をぉおおおおおおお!』
「おそらく魔力を暴走させ、周囲いったいを永久凍土に変える強力な氷魔法です。命を吸って終わるまで絶対に溶けない氷です」
「そんなこともわかるのかね!? イーライちゃんすごいな! というかそんなの食らったら死ぬよ! ひぃいい!」
だが、ウルガー以外全員は、平然としていた。
「なんでそんな落ち着いているのかね!? 食らったら永久に氷づけなのだよ!」
「大丈夫ですよ!」「そーね、問題ないでしょ」「ローレンスさんがいっからな」
彼らの余裕は、目の前の超勇者がいるからこそだ。
「くっ……! 確かに。悔しいけど……後は頼むよ、リーダー」
「ウルガーさんもなんだかんだで認めてるんすね、勇者様の実力を」
ヴィーヴルの言葉に、ウルガーはため息をつきながら言う。
「というか、あの未来を見通す性悪ギルマスがお墨付きを与えてるのだ。我らの勝利は決まっているのだろうよ。さ、ローレンス。さっさと終わらせてくれたまえよ」
「うむ! 心得た!」
自爆の術式が完成し、発動する。
凄まじいまでの冷気が、爆風となって広がる。
「おれはアクトさんを、みんなを、守る! その責務を果たすのみ!」
ローレンスの体から立ち上るのはまばゆい光。
黄金の太陽を彷彿とさせる……圧倒的なまでの聖なる魔力。
「ぬぅん!」
ローレンスは一瞬で、イリーガルの懐に入り込む。
魔力を大剣に集中させ、下段の構えから、一気に斜め上に振る。
「【陽光聖天衝】ぉ!」
その瞬間、周囲に激しい光がほとばしった。
それは朝日が昇ったと錯覚するような優しくも強い光。
だが実際は、太陽のエネルギーを凝縮して放ったような、強烈な斬撃だ。
聖なる光が、イリーガルを遙か上空へと吹き飛ばす。
黄金の柱が空へ空へと伸びていく。
それは夜の闇を引き裂き、一時的に朝を訪れさせるほどの強烈な光だ。
「さ、さっきまで深夜だったのに、朝になっているじゃあないか……僕らよく目が潰れないね」
「ローレンスさんの光……優しくて気持ちいいです。おそらく人体には無害なのでしょう」
「なるほど……魔族には猛毒なわけだね」
北壁に残っていた魔族が、この聖なる光を浴びて全滅したことを知るのは……これより後になる。
チンッ……とローレンスが剣を鞘に納める。
「これにて一件落着、だな!」
その姿を見て……ヴィーヴルが冷や汗をかきながら言う。
「こ、こえー……まじこえーっす……味方になっといてよかったぁ~……」
おそらくローレンスが制御したおかげで、ヴィーヴルはこの魔を殺す光を浴びても大丈夫だったのだろう。
「ほんと、彼が敵じゃなくて心からよかったよ……」
ウルガーは同意するようにつぶやくのだった。
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