52.クビになった補佐官と愚かな四天王3【イリーガル2】
ギルドマスター・アクトの手により、欠陥魔族ヴィーヴルが、邪神竜へと進化した。
一方その頃。
魔王国の北端。
【北壁】。人間の世界との境界を守る砦にて。
魔王四天王が一人、【北方のイリーガル】は、大鏡の前で跪いていた。
「お呼びでしょうか、【魔王様】」
魔法の鏡に映っているのは、黒い外套で全身を覆った人物。
この者こそ、軍を率いて、人間を攻め滅ぼさんとする、化け物達の長……【魔王】その人だ。
『イリーガルよ。今日貴様を呼んだのは他でもない。我が【側近】から入った情報の真偽を確かめたくてな』
「側近……」
ちらり、と【彼】の姿が脳裏をよぎる。
チッ……! と舌打ちをする。
なぜなら、魔王が信頼を置く側近は、イリーガルが最も忌むべき存在だからだ。
「どのような情報でしょうか?」
『貴様がヴィーヴルをクビにした、と聞いた。まことであるか?』
ヴィーヴル。
先日まで、補佐官として働いていた欠陥魔族の女だ。
なぜ、魔王の口からそんな底辺のゴミの名前が出てくるのだろうか?
理由はわからなかったが、問われた以上、答えなければならない。
「ええ、さようでございます。あの使えぬ無能女は、クビにして北壁から追い出してやりました」
『…………』
「何せあの女ときたら、魔族のくせに魔法の力を持たぬ欠陥品の屑。魔王様の治めるこの国にふさわしくないと思い、このたびクビにした次第でございます」
……魔王の纏う空気が変わったことに、イリーガルは遅まきながら気づいた。
『この……痴れ者があああああ!』
魔王の怒声とともに、膨大な魔力が吹き荒れる。
鏡越しで、その魔力が伝わってくることはないはず。
しかしイリーガルは背後へと吹き飛び、無様に壁に激突した。
「ぐ……ま、魔王様……なぜ、お怒りになられているのです?」
『貴様がヴィーヴルをクビにしたからだ! この莫迦が!』
「なっ!? う゛ぃ、ヴィーヴルを……? な、なんであんな女を追い出しただけで、そこまでお怒りになられているのですか……?」
腹に据えかねる理由が、全くもって理解できなかった。
ヴィーヴルはただの魔族だ。しかも、魔法力のない底辺。
とても、魔王が気にかける存在とは思えない。
『あれは対勇者用に、北壁に配備しておった【秘密兵器】、【邪神竜ヴィーヴル】だ!』
「ひ、秘密兵器……? 邪神竜……ですって……? ご、ご冗談を」
『貴様、余の言葉が虚言だと申すか!?』
「め、滅相もございません……!」
しかし納得がいかなかった。
あんな欠陥品が、秘密兵器なんて……。
しかし魔王のこの怒りようは異常だった。
まさか、本当に秘密兵器なのだろうか……?
『我が一族に伝わる予言には、勇者の枠を超えた【超勇者】なるものが現れるとあった。それに備え密かに【大賢者】に作成させたのが、対超勇者用の最終兵器【邪神竜ヴィーヴル】。邪神の力をその身に封じたあの女のことよ』
「な、なるほど……し、しかしなぜそんな重要なことを、教えてくださらなかったのですか?」
『なんだ貴様……余に口答えするつもりか!?』
魔王の体から怒気が発せられる。
今にも強大な魔法で、遠隔から自分を滅ぼす勢いだった。
「そんなつもりは毛頭ございません! ただ……知っていれば追い出すこともなかったのですと……」
『秘密兵器だと言ったであろうがこの痴れ者め! 敵側にバレて、万一敵側に寝返っても見ろ? 我が軍は大変な痛手を負うことは想像に難くないだろうが!』
確かに、とイリーガルは納得する。
北壁に配備したのも、ここが人界との境界線。
つまり、勇者が入ってくるとしたら、この北の砦からだ。
やつらが入ってくる前にヴィーヴルをぶつけ、倒すために置かれていたとなれば……辻褄が合う。
……だとしても、砦の責任者にして、四天王である自分に、そんな重要機密を教えてくれなかったのは、魔王の落ち度ではないだろうか?
一言くらい、連絡があってもよかっただろうに。
ハッキリ言えば、そのことを知らせなかった魔王にも責任がある。
だというのに、自分一人だけに責任を押しつけられ……口応えも許されない。
イリーガルは非常に腹が立った。
『今すぐあの女を回収してこい! 今すぐにだ!』
「か、かしこまりました……って、あ……」
さぁ……と血の気が引いてく。
遅まきながら……気づいてしまった。
『あ? とはなんだ?』
「いえ……その……あの……」
ヴィーヴルをクビにした際……イリーガルは氷魔法で殺してしまったのだ。
言える、わけがない。
魔王の秘密兵器を、自分勝手に壊してしまったなどと……。
『なんだ? 余に隠し事か?』
「い、いえ……! あ、あの……」
『申してみよ』
「じ、実は……その……」
どう繕っても、言い逃れはできなかった。
ヴィーヴルを殺したのは事実だ。
……ここは、こうするしかない。
「じ、実は我が部下である【ツクァエーネ】が! ヴィーヴルがクビになった際に、殺してしまったのであります!」
自分ではなく、他人に責任をなすりつける。
殺したことが事実ならば、せめてこう言って、責任逃れするほかなかった。
『なに……殺した……だと……?』
「さ、さようです! ヴィーヴル殺しはぶ、部下が独断でやったこと! わたくしめは一切、関係ないことでございます!」
さいわい魔王はヴィーヴルを殺した現場を目撃にしていない。
ならば蜥蜴の尻尾のように、部下を切り捨てるのが一番だ。
「あの愚かな部下は魔王様の大事な秘密兵器と知らず壊しました! わたくしめは一切命令しておりません! 責任は全てヤツにあります!」
果たして、魔王はと言うと……。
『そうか。まあよい』
「へ……? よいのですか……?」
『うむ。あの兵器は、そんなことでは簡単に壊れぬ。それに壊れた際には、余に連絡が来るように術式が仕組まれておる』
「な、なるほど……」
ホッ……とする一方で、魔王四天王の魔法を受けて、ヴィーヴルが無事であることの方が驚きだった。
あのとき、自分は一切手を抜いていなかった。
殺す気でいた。なのに生きている……。
ヴィーヴルが秘密兵器というのは、嘘ではないのだろう。
『イリーガルよ。即刻ヴィーヴルを探し出し、連れ戻すのだ。敵の手に渡る前に』
「ハッ……! かしこまりましたぁ! 必ずや、ヴィーヴルを連れ戻して参ります!」
平伏し、イリーガルは声を張り上げる。
『……万が一、ヴィーヴルが、勇者の手に渡るようなことがあれば……どうなるか、わかっているな?』
魔王から発せられるのは、怒気ではなく……明確な殺意だった。
超勇者に備えて作った、最終兵器。
それを勇者本人に取られたとなれば、さらに魔王は痛手を負うことになる。
「ぞ、存じ上げております! 勇者には絶対に渡らないよう、わたくしめが責任を持って回収して参ります!」
『そんなことは当たり前だこの屑。まったく、言わずともなぜわからぬのだ? あんな魔法力ゼロの魔族を、追い出さずにおいてあるということは、何か理由があるのだろうと……まったく、これだから最近の若い餓鬼は莫迦で嫌いだ』
悪態をつくだけついて、魔王は通信を一方的に切った。
「……クソッ!」
イリーガルは部屋を出て、ツクァエーネのもとへ向かう。
「ツクァエーネ!」
「これはこれはイリーガル様。どうかしたのですか?」
ぐいっ、と襟首を掴み、イリーガルは言う。
「今すぐヴィーヴルを連れ戻してこい!」
「え? しかし……あの女は……イリーガル様の魔法で……」
「あの女は生きている! いいからさっさと探せ! 探知系魔法が使えるヤツを集めろ!」
「は、はい……」
ツクァエーネはすぐさま、探知の魔法に長けた人材を用意する。
さらに空を飛べる部下達を飛ばし、上空からヴィーヴルを探させる。
「み、見つけました!」
「どこだ! どこにいるのだ!?」
「人界にある……人間国【ゲータニィガ】。その王都でございます」
よし、とイリーガルはうなずく。
「軍を出し、今すぐ王都を襲撃するぞ」
「なっ!? そ、そんな急に言われましても……」
「黙れ! これは決定だ! 今すぐ兵を集めて王都を壊滅させろ。そしてヴィーヴルを連れ戻せ」
ただヴィーヴルを連れ帰っただけでは、魔王は許してくれないだろう。
手土産が必要だ。それこそ、人間の国の王都を潰したとなれば、多少は溜飲も下がることだろう。
「し、しかし王都となると……勇者がいるのではないでしょうか?」
「ハンッ……! 太古の昔とは違い、今の勇者パーティは、所詮は人間の集めた有象無象のカスであろう? ならば問題ない」
……イリーガルは知らない。
今から攻めに行く国には、人類最強の勇者がいることを。
「王都を攻め滅ぼす。できれば人間国まるごと潰す。そしてヴィーヴルも回収する」
「は、はあ……しかしそうなると、かなりの人員を割かねばなりませぬよ? 北壁の守りが手薄になるのでは?」
「構わん。長い間、ここ北壁にたどり着いた人間はいない。少し留守にしたところで、ここを訪れるものなど絶対に居ない」
北壁と人界の間には、【奈落の森】と呼ばれる、強力なモンスターが跋扈する森がある。
大抵の人間(勇者)たちは、この森で全滅する。
「しかし……奈落の森を突破し、この機に乗じて北壁を攻められでもしたら……」
「ええい五月蝿い! 黙れ! これは決定事項だ! オレ様に指図するな!」
「か、かしこまりました……それでは、兵を集め、人界に進攻します」
……イリーガルは知らない。
これが、仕組まれた罠であることを。
すべては、アクト・エイジの手のひらの上であることを……。
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