51.クビになった補佐官と愚かな四天王2
元魔王四天王補佐官、ヴィーヴルは、アクト・エイジに保護された。
王都にある、勇者パーティの訓練施設。
その治療室にて。
「ふみまふぇん……アクトひゃん……」
ヴィーヴルはベッドに座って、テーブルの上の料理をガツガツと食べる。
彼女は北壁の四天王イリーガルに魔法で吹き飛ばされた後、数日間森で気を失っていた。
目覚めてすぐに感じたのは、とてつもない空腹感だった。
「自分のケガを治してもらっただけでなく、ご飯まで食べさせてくれるなんて……ぐすっ、感謝感激であります~……」
「勘違いするな。別に貴様のためじゃない」
と言いつつも優しくしてくれるこのアクトという青年に、ヴィーヴルは深い感謝、そして好感情を抱いた。
「うう……お優しいかたっす……」
「俺は優しくなどない」
「いえ! ほんとやさしいっすよ! 世界一やさしいっす……うう……!」
先代以外から、優しくされたことなど一度もなかった。
だから、アクトから優しくされ、ころっと心が動いてしまったのである。
「ところで貴様、あんな森の中で何をしていたんだ?」
「うぐっ! げほげほ……え、ええっと……えーっとぉ~……」
ヴィーヴルは考える。
ここで正直に、自分が魔族であること、魔王四天王の不興を買って追放されたこと。
それらを告げた場合どうなるか?
自分は人間の敵である魔族、そしてここは人間の領土。
……殺される! とがくがくとヴィーヴルは震える。
「えとその……も、元いた場所をその、クビになりまして……それでその……上司に半殺しにされて……」
ジッ……とアクトがヴィーヴルの目を見やる。
【全てを見透かされているような】気持ちになった。
もしかして、嘘がバレてしまったのだろうか……?
「そうか。それは、災難だったな」
ホッ……とヴィーヴルは安堵の吐息をついた。
「貴様はこれからどうする?」
「……正直、どうすればいいのかわからなくて」
自分の居場所を追い出され、仲間も居ないこの敵地。
頼れる者が誰も居ない状況下で、どうやって生きていけば良いのだろうか。
「行く当てがないのなら、俺の元へ来るか?」
「アクトさんの……?」
「ああ。俺は冒険者ギルドでギルドマスターをしている。貴様も冒険者にならないか?」
生きていく上で金は絶対に必要だ。
冒険者となれば身分も労働も手に入る、今の自分には願ってもない申し出ではある。
「……うれしいっす。けど自分……何もできない無能なんっす。せっかく入っても、アクトさんや周りの冒険者のみなさんに迷惑をかけるだけっす……」
欠陥魔族と蔑まれ続け、ヴィーヴルはすっかり自信を失っていた。
脳裏に、自分を馬鹿にしてきた四天王イリーガルと、新しい補佐のツクァエーネの蔑んだ表情がよぎる。
「無能だと、誰が決めた?」
「え……?」
しかし、アクトは違った。
その黄金の瞳は、色眼鏡で曇ることはなく、ヴィーヴルの目を真っ直ぐに見ている。
「だ、誰がって……今までずっと、使えないとか、無能とか、言われ続けてきたっす……」
「馬鹿らしい。なぜそうと決めつけ、自分の可能性を狭めるようなマネをするのだ」
アクトはヴィーヴルの目を見て、真剣な表情で言う。
「人は誰しも天から与えられし才能を持っている。貴様とて、例外ではない」
「才能……自分にも……?」
「ああ、貴様も立派な才能を秘めている。俺のもとにくれば、その才能を伸ばしてやれる」
ぽん……とアクトがヴィーヴルの頭をなでる。
「貴様は断じて無能などではない。だから、顔を上げろ。前を向け」
じわり……とヴィーヴルは目に涙を浮かべる。
「そんなこと……ぐしゅ……はじめて……言われて……う、うわぁああああん!」
アクトの体に抱きついて、わんわんと泣き出す。
「うれしいっすぅうううう! 自分、めちゃくちゃうれしいっすぅううう!」
「それで、どうする?」
顔を離して、ぐしっ……と目元を拭う。
「自分、アクトさんのもとで働くっす!」
★
場所は変わり、グラウンドまでやってきた。
「あのぉ、アクトさん。何をするんすか?」
「今から貴様に施されている【封印】を解く」
「封印? なんすかそれ?」
すると、そこへ勇者パーティの回復術士ルーナがやって来た。
「ギルマス。お待たせ」
「呼びたててすまないな」
「ううん、ギルマスの頼みだもん。ローレンスじゃないけど、呼ばれたらこの星の反対側からでもかけつけるわ! それで、用事って?」
アクトはヴィーヴルを指さす。
「こいつの体には【邪王封印呪】が施されている」
「じゃ、邪王封印呪……って、たしか大昔、伝説の邪神を封印したっていう、超強力な封印魔法って聞くけど」
ぎょっ、とヴィーヴルは目を剥く。
「じ、自分にそんなとんでもない呪いがかかってるんすか? 」
「ああ」
「す、すげえ……いや、でも……そんなことってありえるんすか……?」
「なんだ? 貴様、俺の言葉を疑うのか?」
「い、いえ! そんな滅相もない!」
「封印が解ければ、貴様はうちに秘めた強大な力を引き出せる。大丈夫だ、俺を信じろ」
アクトの自信に満ちあふれた目を見ていると、凹んでいた気分が上向きになる。
「……自分のことは、やっぱり信じられないっす。でも……アクトさんの言葉なら、信じるっす」
「よし。ルーナ。やってくれ」
こくり、とうなずいてルーナが手を向ける。
「あ、でも呪いをどうやって解くんすか?」
「ヒールよ」
「ひ、ヒールぅ~~~~!?」
予想外すぎる回答に、ヴィーヴルは耳を疑った。
「い、いや……あの、ヒールって初級の治癒魔法っすよね?」
「そうね」
「い、いやいや! 邪神を封じるほどの強力な封印っすよ! ヒールで治せるわけ」
「【ヒール】」
そのときだった。
「う、ぐ、うぉおおおおおおお! か、体がぁああああ! 熱いぃいいいいい!」
ヴィーヴルの体から、漆黒の光が湧き出る。
それはよく見ると、彼女の体を縛る、黒い鎖であった。
体は鎖でがんじがらめにされており、その鎖を……頭上に現れた死神が握っている。
「ふぅん、これが邪王封印呪の本体ね。解こうとすると対象を殺しちゃうわけか」
「ルーナ。やれるな?」
「もちろん、アタシをいったい誰だと思っているの?」
ニッ……! と自信満々に笑う。
「世界最高のギルドマスターに育てられた、勇者パーティの回復術士よ。こんな呪いなんて【ヒール】!」
一瞬だった。
死神は姿を消し、縛っていた鎖が消し飛ぶ。
『う、ぐ、うおおおおおおおお!』
ヴィーヴルの姿が、みるみるうちに変貌していった。
体は見上げるほどまで大きく、彼女の体からは尋常じゃないレベルの魔力があふれ出る。
彼女の背中からは漆黒のオーラの翼が生え、目は血のように赤い。
「邪神を封じる呪いか……なるほど、どうやらヴィーヴルの正体は、【邪神竜】のようだな」
『うぉおおおお! 力がみなぎるぅううううう!』
巨体をのけぞらすと、邪神竜ヴィーヴルは口を大きく開く。
こぉおお……! とその口に魔力が集中していく。
「ちょ!? なにするの!?」
『ふぁいやー!』
ヴィーヴルの口から吐き出されたのは、超高熱のビームだった。
天井を容易く突き破り、一直線に伸びていく。
それは、恐るべきことに……。
「し、信じられない……月が……欠けてるわ……」
なんと邪神竜の放った一撃は、天に浮かぶ月をかすめていたのだ。
『アクトさぁん!』
ヴィーヴルはアクトの前で頭を垂れる。
『ありがとっす! こんな凄い力があったって気づけたのは、アクトさんのおかげっす! 感謝感激っす!』
「そうか。よかったな」
『はいっす! ぐう……うう……うわああああん!』
邪神竜の目から凄まじい量の涙があふれ出る。
『こんなにも自分のために、いろいろしてくれて……自分……本当に、アクトさんに出会えてよかったっす……』
「勘違いするな。全ては俺のためだ」
この優しい青年に、ヴィーヴルは好意を抱いた。
ハッキリ言って心から好きになってしまったのだ。
『アクトさん、何でも言って! 自分、あなたのためなら、なんでもするっす!』
するとアクトは、にやり……と笑う。
「貴様今、何でもすると言ったな?」
『はいっす!』
「その言葉に嘘偽りはないな」
『もちろんっす!』
「では勇者に協力し、魔王を倒すのを手伝え」
『はいっす! ……って、え? ええええええええ!?』
ヴィーヴルは目を剥いて叫ぶ。
『ま、魔王討伐!? む、無理無理無理! 絶対無理! いくら自分が強くなったからって……魔王なんて倒せるわけが……』
するとアクトは、月を指さす。
「あーもう、月壊れちゃってるわね。【ヒール】」
『え!? ちょっ!? えええ!? つ、月が治ってるぅううううう!?』
ルーナが一瞬で、地上から、空に浮かぶ月を治したのだ。
『し、信じられないっす……治癒の女神なんすか?』
「違う。こいつは勇者パーティの回復術士だ」
『一瞬で月を治すほどの回復術士!? そんな桁外れの存在が!?』
そこへ、騒ぎを聞きつけて、残りの勇者パーティ達が入ってくる。
「騒がしいね君ら。夜だというのに……って、ええええ!? な、何かねこの化け物はぁあああ!?」
ウルガーが邪神竜となったヴィーヴルを見て叫ぶ。
そして……。
『ええええええ!? な、なんすかこの化け物はぁああああああ!?』
ヴィーヴルも同様、ウルガーを見て、全く同じセリフを言った。
強くなった彼女には、わかったのだ。
この銀髪の男が、尋常じゃないレベルの強さを秘めているということを。
『こ、この人が勇者っすね! なるほど……これなら確かに魔王にワンチャン勝てるかも……』
「バカ言え。こいつはナンバー2だ。本物の勇者は」
「ここにいるぞー!」
その瞬間、遙か上空から金髪勇者が降ってきた。
「やぁ! アクトさん! 驚いたぞ! 月面修行していたら、月が急に欠けてしまうんだからな!」
「貴様、今まで月にいたのか?」
「うむ! 今朝からずっとな!」
色々ツッコみどころはあったものの、ヴィーヴルはそれどころではなかった。
『ほげぇえええええええええ!』
邪神竜は、いきなり現れた金髪勇者ローレンスを見て、ひっくり返ったのだ。
『なんすか……人間じゃねえっすよ……この人……』
そこにいるのは、魔王四天王はおろか、魔王にすら匹敵するほどの強さを持つ、化け物だ。
ヴィーヴルはそう直感した。
「む! 君は誰だい?」
『え、ええっと通りすがりのドラゴンです!』
ヤバいヤバい! と心の中で警鐘が鳴っている。
いくら自分が強くなったからといって、この目の前に居る人外の化け物と比べれば自分なんて子猫のようなもの。
もし、魔王四天王の補佐官だとバレてしまったら……。
「こいつはヴィーヴル。元魔王四天王の補佐官で、今は俺の部下だ」
『ええええ!? き、気づいていたんすかぁあ!?』
「無論だ」
アクトには過去も未来も見通す鑑定眼【時王の目】がある。
ヴィーヴルの目を通して、彼女が四天王補佐官をクビになっていたことを見抜いていたのだ。
『こ、殺さないでぇ!』
「うむ! 殺さないぞ!」
『へ? なんで?』
「アクトさんの部下なのだろう? なら殺さない!」
逆に言えばアクトの部下でなかったら、今ここで容易く殺されていたということだ。
ぞっ……と背筋が凍るヴィーヴルをよそに、アクトが言う。
「こいつは魔王軍の情報を色々持っていて役に立つ。しかも邪神竜、強さは折り紙つきだ。さらに移動手段にもなる。好きにこき使っていいぞ」
『そ、そんな……パシリみたいじゃないっすか……』
「不服か? 貴様は言ったな? なんでもすると」
遅まきながら、ヴィーヴルは気づいた。
『あ、あのぉ~……もしかして、最初から全部、こうなるよう仕向けられてたんすか?』
今にして思えば変だった。
アクトには過去を見通す目がある。
あの場で、ヴィーヴルが敵である魔王軍の一員だと見抜いていたはずだ。
それでも生かして、優しくし、封印まで解いてくれたのはなぜか?
魔王軍の内情を知る、実は超強力なモンスターを、勇者の仲間に引き入れるためだ。
『う、ううぅ~……全部あなたの手の上だったんすね……』
「それで、返事は?」
ここで、ノーと答えられるほど……ヴィーヴルは恩知らずではなかった。
『わかったっす。自分、勇者様達に協力するっす!』
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