50.クビになった補佐官と愚かな四天王1【イリーガル①】
ギルドマスター・アクトが、勇者パーティに訓練を施している、一方その頃。
そこは魔王国と呼ばれる、魔王やその配下の魔族達の暮らす国。
北壁と呼ばれる、人間の国と接している砦にて。
「【ヴィーヴル】。てめえクビ。とっとと消え失せろ」
砦最上階の部屋。
四天王のひとり、【北方のイリーガル】が、ひれ伏している少女に言う。
「じ、自分が……クビ、でありますか……? イリーガル様?」
ヴィーヴルは呆然とした表情で、上司であるイリーガルを見やる。
北方のイリーガル。
一見すると人間に見えるが、その実、体に内包されている魔力量は桁外れだ。
空色の肌に、深海を彷彿とさせる蒼髪。
額には2本の角が生え、鋭く伸びた犬歯が、どことなく鬼を彷彿とさせる。
「そうだヴィーヴル。今日限りで【四天王補佐官】をクビだ。とっとと北壁から出て行けカスゴミが」
侮蔑の表情をこめ、イリーガルが彼女をにらみつける。
ヴィーヴル。
一見すると……というか、どう見ても人間の女だ。
栗色の長い髪を三つ編みにしている。
豊満なバストとくびれた腰は、なるほど魅力的な外見をしていた。
つぶらな瞳も、丸顔も、愛らしい八重歯も、どれをとってもただの可愛らしい人間の若い女にしか見えない。
「な、なぜ自分が補佐官の任を解かれるのでありますか?」
「簡単だ。そりゃてめえが……魔法を使えないからだよ。最弱のカスが」
ぺっ……! とイリーガルがつばを吐く。
「オレ様達魔族を魔族たらしめているもの、それはなんだ?」
「強大な魔法力……であります」
「その通りだ。てめえは魔族だっつーのに魔法がまっっったく使えねえ! この欠陥魔族! 魔族の面汚しが!」
うぐ……とヴィーヴルは言葉を詰まらせる。
「た、確かに自分は魔族なのに、なぜか、生まれつき魔法が使えないのであります……ですが! 使えないなりに努力したつもりであります!」
「ケッ……! なぁにが努力だタコ! 未だに人間をひとりも殺せたことねーくせに。それどころか、てめえ、捕虜の人間を逃がしたことがあったなぁ~?」
「そ、それは……しかし……人間の子供を捕虜にするのは……可哀想であります……」
ビキッ! とイリーガルは額に血管を浮かべる。
「ほぉ~……オレ様に楯突くなんざ、百億万年早いんだよぉ!」
イリーガルは声を荒らげた。
それだけで、この場の全てが凍り付いた。
魔法ではない、純粋な怒りだけでこの威力。
魔王四天王はダテじゃなかった。
ヴィーヴルは北方の四天王の実力を前に、恐怖で尻餅をついてしまう。
「それだよ、オレ様が最も許せねえのは。魔族のくせに死ぬことにびびってんじゃあねえよ!」
「む、無理であります……死ぬのは……誰だって……怖いのであります……」
ケッ……! とイリーガルは悪態をつく。
「魔法も使えない、命令には従わない、おまけに腰抜けときてる。これでクビにならねぇほうがおかしかったんだよ!」
「そ、それは……先代様から、自分が補佐官の任務を任されたからでありまして……」
イリーガルの前の補佐官は、非常に優秀であった。
信頼する部下でもあった。
先代である彼は、孤児だったヴィーヴルを拾い育てた。
引退の際、次の補佐官に指名したのは、北壁にいる猛者どもではなく、ヴィーヴルだった。
その理由は、先代補佐官がいなくなった今も、あかされていない。
「じーさんの忘れ形見だからよぉ、手元に置いてやったがもう我慢ならねえ! クビだヴィーヴル。とっとと荷物をまとめてこの国から出て行きやがれ……!」
「この、国……? ま、まさか! ま、魔王軍すらも、クビということでありますか!?」
「そーだよ! 魔法が使えない魔族などゴミ同然! つーわけでてめえはクビ。消え失せろカス」
じわり……とヴィーヴルは目に涙を浮かべる。
「カスだなんて……酷いであります……同じ魔族のなかまだと、思っていたのに……」
「ケッ……! てめえなんぞ無能を仲間だと思ったことねーし、周りの奴らだっててめえを同族なんて思ってねえよ! なぁ、【ツクァエーネ】」
部屋に入ってきたのは、長身の魔族だった。
「ええ、その通りでございます、イリーガル様」
かつかつ……と靴を鳴らしながら、ヴィーヴルの隣までやってくる。
「だ、だれであります、あんた?」
「わたくしはツクァエーネ。新しい補佐官でございます」
「あ、新しい補佐官……じゃ、じゃあ……自分のクビは……もう……」
「そーだ。魔王様も承認なされた。じゃあな無能」
「とっとと消えるが良い、この底辺の屑が」
ボロボロと涙を流し、ヴィーヴルは目元を拭う。
自分を拾って育ててくれた、先代のために、必死になって補佐官を務めたつもりだった。
その努力を、認めてもらえなかったよりも、先代から任された仕事を、成し遂げることができなかったことの方が……悲しかった。
「わかりました。自分は、これにて失礼します……」
きびすを返し、トボトボと出て行こうとする。
「待て、ヴィーヴル」
「なんでしょう、イリーガル様……?」
にやり……とイリーガルは邪悪に笑う。
「貴様には死んでもらおう」
「なっ!? なんででありますか!?」
突然のことに戸惑う彼女に、ツクァエーネもまた笑う。
「当然でございましょう? あなたは元四天王の補佐官。内部事情を知っている人物を外に出して、もし勇者に情報が渡ったら大事。殺すのは妥当ではありませぬかぁ~?」
さぁ……とヴィーヴルが顔を青くする。
「や、やめ……ころさ……ないで……」
逃げようとしても、無駄だった。
なぜなら、イリーガルから吹き荒れる、その強大すぎる魔力を前に……完全に闘志が砕かれてしまったからだ。
荒れ狂う魔力は、天候にも作用する。
よく晴れた青い空は、一瞬にして雪雲に覆われ、ブリザードが発生している。
「なんて……強力な氷の魔法でありますか……」
「ハッ? バカ言うな。こんなの魔法ですらねえ。オレ様が魔力をちょっと放出しただけだ」
「さすがですイリーガル様ぁ~。純粋な魔力だけで天変地異を起こしてしまうなんてぇ。魔法を使ったらそれこそ人間の勇者なんぞ、全員皆殺しでしょうなぁ」
「くくっ、さらばだ出来損ない。来世では使える魔族に転生できるといいな」
イリーガルは魔法を発動させる。
それは人間の使う、極大魔法と呼ばれるものを、数倍威力を上げた魔法だった。
発生したブリザードはあっという間にヴィーヴルを吹き飛ばす。
「死にましたねぇ」
「ったりめえだ。オレ様の魔法を受けて、今まで生きていたやつは一人もいないんだからな」
……さて。
その後の、ヴィーヴルはというと……。
「う、うう……」
驚くべきことに、彼女は生存していた。
魔王四天王の使う氷魔法の直撃を受けてなお。
「もう……だめ……先代……すみません……」
と、そのときだった。
「まだだ。諦めるには、まだ早いぞ」
うっすらと、目を開ける。
そこにいたのは、アクト・エイジだった。
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