47.悪徳ギルドマスター、適材適所に追放する
ある日のこと、俺のギルド【天与の原石】。
ギルマスの部屋にて。
「【シルム】。貴様をこのギルドから追放する」
俺の前に立っている少年、シルムが、目を丸くする。
「そ、そんな……どうしてですか?」
「簡単だ。貴様がこのギルドには、不要な人材だからだ」
「不要……そんな……おれ、一生懸命このギルドのために、尽くしてきたつもりなのに……」
シルムは泣きそうになる。
「確かに貴様はギルドに貢献してきた。だが、それとこれとは別問題だ」
ギルドのトップとしている以上、時には非情な決断をしなければならない。
「おれ……クビ、ですか。じゃあ、これから……おれは、どうすれば……?」
捨てられた犬のように、しょぼくれているシルムに、俺は言う。
「【アイン近衛騎士団】のポストを用意した。貴様はそこへ行け」
「おれ……学もないし故郷にも……って、え?」
ぽかん……とシルムが口大きく開く。
「あの、今、なんて?」
「近衛騎士団が貴様を欲している、と言ったのだ」
「あ、アイン近衛騎士団っていえば、この国最高の騎士団じゃないですか……!? そんなすごいところが、どうして……?」
驚き困惑するシルムに俺は言う。
「貴様の持つ【聖騎士】技能は、強固な防御力、さらに味方のダメージを肩代わりするなど、壁役として非常に有用だ。近衛騎士にこそふさわしい」
味方だけでなく、たとえば要人を狙った暗殺があったとしても、聖騎士がいればしのげる。
俺の元で回復の技能も伸ばしたので、要人警護には最適だ。
「ギルマス……こんな凄いポスト、おれのために、用意してくれるなんて……」
グスグス、と本格的に泣き出してしまった。
追放されたことがショックなのだろうか。
しかし非情にならないといけない。
「……壁役なんていらないって、前のパーティから理不尽に追放されて……幼馴染みの女の子まで寝取られて……途方に暮れていたおれを励まし、ここまで成長させてくれて……しかも近衛騎士のポストまで……」
俺のギルドにいるやつらは、みな訳ありばかりだ。
こいつも前のパーティから追放されたくち。
「なんで、そこまでおれのために、そこまで優しくしてくれるんですか?」
「勘違いするな。貴様のためではない。これは、俺のためだ」
「え……?」
「貴様が近衛騎士として活躍すればするほど、貴様を育てたギルドの評判が上がる。これはそういう戦略だ。優しさなどでは断じてない」
シルムは目を丸くすると、苦笑する。
「ほんと、ギルマスって優しい人ですよね。おれが出て行くのを気にしないよう、わざとそう言う風な言い方するんですから」
別にそういうつもりではないのだが。
シルムは涙を拭いて、晴れ晴れとした表情で俺を見やる。
「この話、謹んでお受けします!」
「そうか。先方には伝えておく。準備が整い次第王都へ向かえ」
「はい!」
「引っ越し代の請求を忘れるなよ。それから退職金も出る。必ず申請しろ」
「わかりました! ギルマス、ほんとありがとう! 感謝してます!」
シルムは笑顔で、俺の前から立ち去る。
「さすがですねマスター」
後ろで控えていたフレデリカが、絶妙なタイミングで紅茶を入れて、俺の前に出す。
「近衛騎士団へのポストなんて、なかなか用意できるものではありません」
「エドワードのやつが優秀な騎士をほしがっていたからな。これでやつに貸しも作れる。シルムが活躍すれば評判も上がる」
俺は紅茶を一口啜って言う。
「俺のためにしか動いていないというのは、本当のことなんだがな……なぜみな俺に感謝するんだろうか? 理解できん」
フレデリカは苦笑しながら言う。
「マスターはもう少し、あなたが思っている以上に、あなたの行いが人を幸せにしていることを理解してあげてくださいまし」
「ふん……次は誰だ?」
コンコン、と部屋がノックされる。
「失礼しますわ、ギルマス♡」
入ってきたのは、天与の原石ナンバーワン冒険者の、ロゼリアだった。
「忙しいところ呼び立ててすまない」
「いいえ♡ ギルマスのためなら、何があっても秒で駆けつけますわ」
鮮血のロゼリアという二つ名がつくほど、彼女は有名な冒険者だ。
彼女への依頼は毎日のように、凄まじい量舞い込んでくる。
「それで、ご用向きは?」
「手短にすませる」
俺は彼女を見て言う。
「ロゼリア、貴様をこのギルドから追放する」
★
S級冒険者、ロゼリア。
彼女はこのギルドに多大なる貢献をしてきた。
「貴様はよく尽くしてくれた。だが、もうそろそろギルドを離れ、別の場所で活躍してもいい頃合いだろう」
俺はフレデリカに眼で合図する。
ドンッ……! と俺の机の上に、辞書のように分厚いファイルが載せられる。
「貴様を欲しているところは星の数ほどある」
「わたくしを……こんなたくさんの方々が、必要としてくれているのですか……?」
ロゼリアは目を丸くしながら、ファイルを遠巻きに見やる。
「そうだ。中でも俺が最適だと思うのは、これだ」
ファイルをめくって、彼女に依頼書を渡す。
「隣国の……勇者パーティ、ですか」
勇者パーティ。
各国が魔王討伐のため、選び抜かれた精鋭達のことだ。
「その国は魔王討伐のために、新たに勇者パーティを作るそうだ。そこの、勇者のポストを用意した」
「勇者……わたくしが、勇者……」
ロゼリアの剣技はすでに常人を遙かに凌駕している。
「高い戦闘力もさることながら、その人柄、指揮力、どれをとっても一級品。貴様は勇者にふさわしい」
「恐縮ですわ。どれも、ギルマスが育ててくれたおかげです」
ロゼリアは微笑むと、依頼書を……俺に返した。
「せっかくの申し出ですが、お断りさせていただきます」
深々と、ロゼリアは俺の前で頭を下げた。
「なぜ、断る?」
「わたくしには、やるべきことが、まだここにありますので」
「なんだ?」
「それは、ギルマス。あなたへの恩義を返すことです」
ロゼリアは自分の胸に手を当て、昔を懐かしむように笑いながら言う。
「悪しき令嬢と、周りから蔑まれ、婚約破棄をきっかけに国外へと追放されたわたくしに……優しくしてくれたのは、あなたですわ、ギルマス」
彼女は俺に近づいて、俺の手を握って言う。
「周りからの悪いウワサなど関係ない。わたくし個人が欲しい。……偏見ではなく、わたくしの中身を見て評価してくださった。どれだけ、あなたに救われたことでしょう」
花が咲いたように、彼女は笑って言う。
「わたくしは、あなたのおそばで、あなたのためにこの剣を振るいたい。恩を返したいのです」
やれやれ、こうなるか。
「そうか。ならば今以上に活躍しろ。俺に尽くせ」
「はい♡ かしこまりましたわ♡ ところで……」
ロゼリアはずいっと顔を近づけて、笑顔で言う。
「今度の週末、わたくしとお食事でもどうでしょう? 高級なレストランと宿を予約したのです。ふたりで夜景を見ながら……」
「あーはいはい。マスターは忙しいんです。さっさと出ていってくださーい」
フレデリカはロゼリアの腕を引いて、部屋から退場させようとする。
「お、おやめになって! わたくしギルマスにデートのお誘いを……」
「マスターは多忙を極めます。デートなんてしてる暇ないんです。とっとと出て行ってください。はいバイバイ」
フレデリカはロゼリアを追い出し、ふぅ……とため息をつく。
「マスターの危機は、従者たるわたくしが守ります」
得意げに胸を張るフレデリカ。
何をやっているのかさっぱりわからん。
「しかしマスター、【ここじゃなく勇者として活躍して、俺への恩義を返せ】と言えば、彼女は大人しく追放を受け入れたのではありませんか?」
「かもしれんな」
だが、そうはしたくなかった。
「やはり、マスターはお優しい。追放を受け入れるかどうかは、最終的に彼らに任せるのですから」
「勘違いするな。シルムは騎士になりたがっていた。だがロゼリアはそうじゃなかった。いくら適性があっても、やる気がなければ送ったところで、最大のパフォーマンスを発揮出来ず無駄に終わる」
俺は紅茶を啜って言う。
「そうなると、推薦したこちらの評判を落とすことになる。だから追放を取りやめただけ。結局は俺のためだ」
「ふふっ」
フレデリカは笑いながら、無駄になったファイルを片付ける。
「なんだ?」
「いえ……今日もよい悪徳ギルドマスターっぷりだと、感心したまでです」
「馬鹿にしてないか?」
「いえいえ、とんでもありません。大好きですよ、あなたのその優しいところ」
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