46.駄犬メイドの過去、彼を愛する理由
ギルドマスターのアクト・エイジ。
彼の元に仕える従者フレデリカ。
彼女は【超越者】の手によって作られた、最強の魔獣だ。
彼女の使命はたった一つ。
『いいかいフレデリカ。君は門番だ。外から敵が来たら、追い払うんだよ。ただし殺しは駄目だ。オーケー?』
とあるダンジョンの地下深く。
奈落の底に、【超越者】は居を構えていた。
主の住む住居を守る。
それが門番であるフェンリルの少女に与えられた使命。
……だが、こんな場所を訪れるものなど、皆無に等しかった。
そもそも奈落に堕ちてきた時点で、大抵の人間は死んでいる。
ごく希に、運良く生きているものたちもいる。
だが……。
『ひぃ……! ち、近寄るな化け物ぉ!』
『お、おれを食う気だろ! 来るな! 化け物ぉ……!』
彼らは皆フレデリカを拒んだ。
治癒を施し、彼らを助けてあげたというのに、誰一人として感謝の言葉を述べてこない。
みな、自分に敵意を、恐怖を向けてくる。
せっかく助けてあげたのに……。
彼女は悠久にも等しい時間、一人孤独に過ごした。
主人たる超越者は、一度たりとも、外に出て彼女の様子を見に来たことがない。
フレデリカは門番だ。
屋敷の中に入ることを許されていない。
主人も、奈落に堕ちてくる人間達も……みなフレデリカに好感情を向けてはくれない。
誰一人として、彼女を構ってくれない。
さみしくて、さみしくて……けれど、死ぬことを許されない。
『さみしい……』
それは何千、何万、何億回目のつぶやきだったろうか。
神がようやく、フェンリルの言葉を聞き届けたのか、ある日、【彼】が堕ちてきた。
黒い髪の少年は……しかしボロボロだった。
『…………』
少年に息があることを確かめると、治癒を施す。
そこに特別な感情はない。
主人に命じられたから、追い返すだけだ。
ぱちり……と彼は目を覚ます。
彼は不思議な、黄金の瞳を持っていた。
『おい貴様』
『………………へ?』
最初、彼が自分に声をかけてきたことに、気づかなかった。
『貴様が俺を助けてくれたのか?』
フレデリカは、大いに驚いた。
助けた人間達は、この姿を見て驚き、敵意を向けてきたから。
目の前の少年からは、それを感じなかった。
『え、ええ……まあ』
『そうか。助かった。礼を言う』
さらに驚くべきことに、彼は自分に対して、頭を下げ、感謝してきたのだ。
『…………』
不思議な、少年だった。
どうして自分を怖がらないのだろう。
どうして、感謝してくれるのだろう。
『貴様、何を泣いている?』
『え……?』
気づけばフレデリカは、ポロポロと涙を流していた。
『貴様、何を泣いてる? 何か悲しいことでもあったのか?』
『いえ……ちがうのです……これは……うれしいのです……』
ああ、そうかと言葉を口に出して気づいた。
初めて、感謝された。
初めて、化け物ではなく、対等な個として、会話してくれた。
それが本当に、嬉しかった。
『貴様、名は?』
『フレデリカ……です』
『俺はアクト・エイジ。冒険者……だ。いちおう』
彼が言うには、つい先日ギルドを追放されたばかりで、ソロの冒険者をやっているらしい。
『フレデリカ、貴様はこんなところで何をしている?』
アクトに問われ、フレデリカは表情を曇らせる。
『なにも、していません……ただここで、ずっと……ずっと……ひとりで……』
主人の命令は、敵が来たら追い払うというもの。
だが何世紀待っても、超越者たる彼を狙う敵は一度も現れたことがない。
やってくる者たちを追い払う日々は、ただただ退屈で……なにより寂しかった。
『そうか。つまり暇を持て余しているのだな』
『は……?』
涙を流す自分に、アクトはそんなことを言う。
『ちょうど良い。貴様、俺に力を貸せ』
『え? あ? え……?』
『貴様からは膨大な魔力を感じる。それに、俺を一瞬で治したその治癒の力……とても役に立つ』
アクトはフェンリルに臆することなく、近づいて、手を差し伸べる。
『その素晴らしい力も、使わなければ宝の持ち腐れ。俺が使ってやる。だから、俺と一緒に来い』
彼は、アクト・エイジは、真っ直ぐにフェンリルを見やる。
『貴様が必要なんだ、フレデリカ』
フレデリカは涙を流し、頭を垂れる。
誰かに必要とされたことは生まれて初めてだった。
彼の目は、鋭さはあれど、しかしとても温かさを秘めていた。
きっと彼は、孤独な自分に、同情してくれたのだ。
気づけば、フレデリカは人化の術を使い、美少女の姿になっていた。
『アクト様。ぜひ、わたくしをお連れくださいまし』
彼女はアクトの手を取ってうなずく。
彼は手で乱暴に、フレデリカの目元を拭った。
『しかし、アクト様。ついて行きたいのはやまやまなのですが、わたくしには主人がおりまして、許可なく離れることはできませぬ』
『そうか。では会いに行こう』
アクトは臆することなく、屋敷へと入ろうとする。
『お、お待ちくださいまし! 主人は、その、ここに敵を誰も入れるなと……』
『俺は敵じゃない。そいつに会いに来た客だ。貴様は客と敵の区別も付かないのか?』
『いやでも……』
彼は堂々と胸を張って、屋敷の中をずんずんと進んでいく。
どうしていいのかわからなくて、フレデリカは戸惑いながら、彼の後をついて行く。
その堂々たる足取りたるや、実に見事な物だった。
未知に対して臆することなく進んでいく姿に、フレデリカは感心した。
奈落の底で、こんな化け物が守っている主人。
さぞ恐ろしい存在なのだろうと、普通なら尻込みするはずだろうに。
『アクト様は、恐怖を感じないのですか?』
『バカ言え。そんなわけなかろう。だが、怯えてうずくまっていても仕方あるまい。臆せず進むことでしか道は切り開けない』
『…………』
長い間、あの場から離れられなかった自分の胸に、アクトの言葉が突き刺さる。
『貴様も、俺に仕えるというのなら、もう二度と立ち止まるな。惨めな姿をさらすな。いいな?』
彼は言葉は悪かったが、そこからは確かな、フレデリカに対する気遣いが感じ取れた。
とくん……と、心臓が飛び跳ねた。
これはどういう感情なのだろう。彼女は首をかしげる。
やがて、主人たる【超越者】の部屋の前までたどり着いた。
『…………』
フレデリカは、うつむき震える。
主人からはここに敵を入れるなと厳命されていた。
だが侵入者を許してしまった。
どんな罰が待ち受けているのかと思うと、足が止まり、体が震える。
『ふん、駄犬め。俺の言葉をもう忘れたか?』
くしゃり、とフレデリカの頭をなでる。
『貴様はもう俺の物だ。誰であろうと、俺から何も奪わせない』
……きゅん、と胸が締め付けられた。
そして、やっと彼女は自分の感情に気づく。
『なんだ貴様? 尻尾をそんな振って?』
『いいえ……アクト様。いえ、マスター』
思えば出会ったそのときから、彼にひかれていたのだろうとフレデリカは思った。
『気が早いヤツだ。まだ主人は中に居るのだろう?』
『いいえ、もうわたくしの身も心も、あなた様のものでございます。中にいる前のマスターに、そう言って、わたくしを連れ去ってくださいまし』
『元よりそのつもりだ。いくぞ、フレデリカ』
『ええ、私のご主人様』
……その後、彼は超越者と出会い、気に入られ、あれこれと力と知識を授かる。
以後、フレデリカはアクト・エイジのメイドとして仕えている。
彼の作ったギルド【天与の原石】。
行き場のない弱者達の寄り合い。
彼らがもう二度と、悲しい思いをしなくてすむよう、強く成長させ……そして巣立たせる。
彼の掲げた理想を体現するべく作られた、被追放者達のギルド。
弱者が踏みにじられることのない世界。
その理想は、あまりに高すぎた。
誰も実現できないだろう。
そもそも掲げようとしなかっただろう。
……この、誰よりも優しい彼じゃなければ、決して。
それでもマスターたるアクトは、自分の目的を達成しようと邁進する。
フレデリカと出会ってから、一度も、後ろを振り返ることも、立ち止まることもしなかった。
そんな彼の姿を、すぐ後ろという特等席で、見ることができる。
なんと幸福なことだろうか。
だから彼女は最期まで、彼の側に仕えようと思うのだった。
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