45.悪徳ギルドマスターと集う「ざまぁ」された者たち6
ギルドマスターのアクト・エイジの活躍により、イランクスは倒された。
その様子を、遙か高みから見下ろす影があった。
「実に見事でしたよ、アクト君。やはり君は素晴らしい」
悪神ドストエフスキーは、豪奢な玉座に座りながら、宙に浮かんでいる。
その背後には、7人のフードをすっぽりかぶった男女が並んでいた。
「特に最後の力、あれは神に匹敵する能力だ。しかも君はまだまだ成長途中。ああ、素晴らしい、是非とも君は、今以上に強く大きくなってもらいたいものです」
さて、とドストエフスキーは微笑む。
「戻りますよ諸君。なに? イランクスは処分しなくていいのかですって? 能力の消失と同時に私に関する記憶も消えるよう術を施してあるので心配無用です」
ドストエフスキーは立ち上がって、アクトとフェンリルを見下ろす。
「では、アクト君。また会いましょう。今度は、同じ【ギルドマスター】として、君に挨拶に伺わないとですね」
悪神【フョードル・ドストエフスキー】は、実に楽しそうに笑うと、夜の闇に消えていったのだった。
★
後日、街の外では、イランクスが騎士とともに、馬車が来るのを待っていた。
「…………」
イランクスはあの後、騎士に連行された。
街に被害を出したこと、そして殺人未遂の罪で逮捕。
犯罪奴隷として、炭鉱での強制労働を強いられる羽目となったのだ。
「……終わりだ、何もかも……」
ギルドを失い、ギルメンを失い、妻と子にも出て行かれ……犯罪奴隷に堕ちた。
今の彼には何一つ残っていない。
それどころか、犯罪者になってしまった。
仮に刑期を終えたとしても、待っているのは……暗い未来。
ならいっそ、殺して欲しかった。
あの、ギルドマスターに……と、そのときだった。
「何を暗い顔している?」
「アクト……」
鋭い目つきの青年が、イランクスの元へとやってきた。
「彼と話がしたい。少し時間良いか?」
騎士は馬車が来るまでの間なら、といって少し離れる。
逃げようにも、イランクスの首には、奴隷に強制的に言うことを聞かせる首輪がつけられている。
また、逃亡しようが位置情報を送る仕組みにもなっているため、逃げるに逃げられない。
「……何をしに来のかはわかっている。わしを、嗤いにきたのだろう?」
イランクスは力無く言う。
「嗤いたければ嗤うが良いさ……憐れな老骨の、惨めな最期を……」
すると意外にも、アクトは首を振ってこう言ってきた。
「貴様の人生はまだ終わっていない。諦めるのはまだ早いだろう」
「なっ、何を言っているんだ……?」
「貴様は終身刑ではないだろう? 刑期を終えれば、また一般人としてリスタートできる」
今回はアクトのおかげで街の被害が抑えられ、さらに死人も出ていないということで、彼への刑は比較的軽い部類に入る。
だが、犯罪奴隷から解放されるのは……まだまだ先。
「……無理を言うな。その頃わしは何歳だと思っている? もう、何もかもが手遅れだ……」
するとアクトはフンッ、と小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「そうやって何でもかんでも勝手に決めつけて、勝手にその人の可能性を狭める。なるほど、やはり貴様は最低最悪のギルドマスターだな」
「くっ……!」
アクトに完全敗北しているから、イランクスは何も言い返せない。
それに、勝手に彼を無能と決めつけ、アクトの秘めたる大きすぎる可能性に気づけなかったのは事実。
「だが、あくまでギルドマスターとしてはの話だがな」
「なん、だと……?」
「衰えているとはいえ、まだ貴様には卓越した剣の才があるだろう?」
彼がギルドマスターとしての地位まで上り詰めることができたのは、その剣術の才能があったからゆえにだ。
「その天賦がある限り、やり直せるはずだ」
つまり彼は、ギルドマスターとして1からではなく、冒険者として、ゼロから始めろと言っているのだ。
「し、しかしギルマスになってから、剣なんぞ一度も握ったことがない……それに、体もなまりきっている」
「炭鉱で肉体労働をするのだろう? なら鈍りきっていた体が、少しはマシになるかもしれん」
「しかし今更、冒険者としてなんてやっていけるものか……それに、わしのような犯罪者を、入れてくれるギルドがあるわけがない……」
するとアクトは、深々とため息をつく。
「ここまで腑抜けていたとはな。期待外れだ」
「な、なんだと? どういうことだ?」
「刑期を終えた貴様を、天与の原石で雇ってやろうと思っていたのだがな」
イランクスにとって、寝耳に水だった。
「バカな……わしは貴様を追い出した男だぞ? 今更、わしを救おうとしていたのか?」
「勘違いするな。貴様はギルマスとして最低だが、剣の才能は抜群にあったからな。うちで拾ってこき使ってやろうと思っていたんだが……やめた」
フンッ、と鼻を鳴らす。
「こんなやる気のない腰抜けの老害に、手を差し伸べるだけ無駄だったな」
「腰抜けの……老害、だと……?」
フツフツ……と怒りがわき上がってくる。
自分より年下の男に、言いたい放題言われて……むかっ腹が立った。
「もっとも貴様が泣いて土下座するのならば、天与の原石に入れてやってもいい。そのときは俺の下で、まずはお茶くみから始めてもらうがな」
「……ふざ、けるな」
「なんだ?」
「ふざけるなぁッ……!」
イランクスは顔を上げると、アクトをにらみつける。
「誰が……貴様なんぞ若造の手を借りる物かッ……!」
ビシッ、とアクトに指を突きつける。
「わしは、このままでは終わらんぞ! 刑期を終えて必ずここへ戻ってきて、冒険者としてゼロからリスタートしてやる!」
先ほどまで、穴の開いた水袋のように、気持ちはしおれていた。
だが今は、アクトを見返してやるという怒りで、満ち満ちている。
「見ていろよ! 剣の天才であるこのわしにかかれば! 再び冒険者のトップに返り咲くことなど造作もないのだ!」
ちょうど、そこへ炭鉱行きの馬車がやってくる。
「わしが冒険者の頂点になったとき、わしをギルドに入れなかったことを、後悔してももう遅いからなぁ……!」
わかっている。
これは、悔し涙だ。
アクトの眼を見ればわかる。
彼は……自分に同情していた。
自分より年下のくせに、自分が欲しいものを全部持っている。
そんな若造に同情されたことが……悔しくて悔しくて、仕方なかった。
「そうか。期待してるぞ」
「ッ! どこまでも調子乗ったガキだ! せいぜい、わしがシャバに戻ってくるまで、ギルドを潰さないようにしておくことだな!」
イランクスは騎士に連れられ、馬車の荷台に詰め込まれる。
そして、街を離れ……炭鉱へと連れて行かれる。
彼の胸中には、アクトへのどす黒い復讐心はもうなかった。
今は、彼を見返してやるという意欲であふれている。
イランクスを乗せた馬車が去って行った後……アクトがため息をつく。
「さすがですね、マスター」
彼が振り返ると、メイドのフレデリカが立っていた。
アクトはフレデリカの横を通り過ぎ、街へと戻る。
「あなた様はやはり慈悲深いお方です。自分を虐げた元上司だというのに、手を差し伸べて、激励までしてあげるなんて」
アクトが尻を蹴ってやらなかったら、今頃イランクスは人生をとっくに諦めていただろう。
炭鉱で働いている途中で、自死していたのかもしれない。
そんな未来が、アクトの眼には見えたのかも知れないと、フレデリカは思った。
だから、最後の最後に、彼なりの優しさで、助けてあげたのだ。
「勘違いするな。俺はただ、あいつを顎で使って、うっ憤を晴らしてやろうと思っただけだ。断られてしまい、実に残念だがな」
従者であるフレデリカには、それがアクトの本心ではないとわかっていた。
過去を清算し終えたイランクスが、再び歩き出せるように、わざと煽るような発言をしたのだと。
「わたくしは、慈悲深く広い心を持つあなたのことを心から尊敬しておりますよ」
フレデリカは静かに笑う。
この青年は、どこまでもお人好しなのだ。
たとえ自分を追放した相手だろうと、行き場のない弱者であれば、救いの手を差し伸べる。
それが、弱者救済の被追放者ギルド、【天与の原石】の、ギルドマスターなのだ。
「何がおかしいんだ?」
「いえ……改めて、あなたが最高のギルドマスターだと、思っただけです」
フンッ、とアクトは鼻を鳴らす。
「バカ言え。俺は冒険者ギルドの、悪徳ギルドマスターだ」
するとフレデリカはおかしくなって、大声で笑った後に、こういった。
「最高に優しいあなたの、いったいどこが、悪徳ギルドマスターなんですか」
【※読者の皆様へ 大切なお願いがあります】
これにて第1章が終了。
次回から新しい展開に入っていきます。
2章も精一杯がんばって書かせていただきますので、
「面白い!」
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