40.悪徳ギルドマスターと集う「ざまぁ」された者たち1【イランクス⑥】
アクトが休暇を過ごしている、一方その頃。
彼を追い出した元ギルドマスター・イランクスはというと。
「おわりだ……なにも、かも……」
ふらふらと、当てもなく、彼は街を歩いていた。
「すべてを失った……全部……全部……」
ギルマスとして地位、名誉、そして城。
何もかもを失った彼に残っていたのは、途方もない後悔だった。
「ああ……わしは……なんて、愚かなことをしたのだ……アクトを、追放さえしなければ、こんなことには……」
大の大人が涙を流しながら、ふらつき街を歩く。
たどり着いたのは、自分の自宅だ。
「……ただいま帰ったぞ」
イランクスは既婚者であり、妻も子もいる。
だが、自分が帰ったというのに、妻が出迎えてこない。
「? おい、帰ったぞ! どこだ! おい!」
しかし家中探しても、妻の姿がなかった。
「どこへ行ったんだあのノロマめ……ん?」
そこで、イランクスは気づく。
テーブルの上に書き置きがあった。
どくんっ、と心臓が飛び跳ねる。
「ま、まさか……な。あいつがわしを裏切るわけが……」
恐る恐る、テーブルの上に置いてあった手紙を手に取る。
【実家に帰らせてもらいます】
【仕事が上手くいってないからと、帰ってくるたび酒を飲み、わたしや子供に暴力を振るう……もう耐えられません。子供を連れて実家に帰ります。さようなら】
ドサッ……とイランクスはその場にへたり込んだ。
「ふ……ふはは……ふははははははは!」
イランクスはもう、笑うしかなかった。
「終わりだ終わりだぁ! 何もかも、ぜぇーーーーーんぶ終わりだぁ……!」
自分が大切にしていたはずのものが、全部この手からこぼれ落ちてしまった。
取り返す元気も、もはや彼には残っていない。
「うぐ……ぐす……うわぁあああああ!」
深い悲しみが彼を襲う。
今まで頑張って積み上げてきたものは、いったいなんだったのだろうか。
アクト・エイジ。
彼を追放しただけで、ここまで落ちぶれてしまった。
すべては自業自得だった。
彼の行いを認めてあげなかった、自分が悪かったのだ。
「もうお仕舞いだ……なにもかも……」
と、そのときだった。
『まだです。諦めるには、まだ早いのではありませんか?』
「だ、誰だ!?」
すぅ……と、誰も居ないはずの室内に、黒い外套を羽織った男が現れた。
顔の上半分に、ピエロのような仮面をつけている。
口元をニヤリとつり上げて、恭しく頭を下げた。
『こんばんは。私は【ドストエフスキー】。しがない【悪神】でございます』
「悪神……ドストエフスキー……だと?」
悪神。
神話において、かつてこの世界に存在したという、邪悪なる神々の総称。
「ば、バカ言うな。悪神なんぞはおとぎ話だろう?」
『ええ、そうですね。なのでまあ、悪神を騙る道化とでもとらえてくだされば』
くすくす、とドストエフスキーが笑う。
……その声に、どこかイランクスは聞き覚えがあった。
「貴様……どこかで会ったことがないか?」
『おや、それは私を口説いているのですか? 残念ながら私は男なので、そっちの気はございません』
必死になって思い出そうとする。
だがこの悪神を名乗る人物に、ついぞ思い至ることができなかった。
「そ、それで貴様……何を勝手にわしの家に入ってきたのだ。不法侵入で騎士に突き出すぞ!」
『それは早計かと。私めはあなた様に、よいプランをご提案しに来たのです』
「よい……プラン? なんだそれは?」
ドストエフスキーは、口元を歪めて言う。
『アクト・エイジ。あなたをそこまで追い詰める元凶になった彼への、復讐プランのご提案をと思いまして、はせ参じました』
悪神はパチン、と指を鳴らす。
ずらり、と彼の背後に、数名の人間達が現れた。
「殺す……」「アクト……殺す……」「アクト・エイジぃいいいいいいい!」
「な、なんだこいつらは……?」
『みなアクトに恨みを持つものたちです』
スッ……とドストエフスキーは、立ち並ぶ彼らを指さしながら言う。
『彼はイーライという少年を追放したパーティのリーダー。彼はザルチム、婚約者を追放した貴族。彼はバルカン、回復役を追放した勇者。そしてドラニクス、ハーフエルフ達を追放したエルフの王太子』
年齢種族、見事にバラバラだった。
ただ共通する事柄がある。
それは、みな誰かを追放した、という点だ。
『彼らは皆、あなたと同じ境遇の……仲間なのです』
「仲間……だと?」
『ええ。誰かを追放してしまい、そのせいで手ひどいしっぺ返しを受けたものたち……ようするに、【追放者】たちです』
追放者。
なるほど、自分もアクト・エイジを追放した立場の人間なので、彼らと同じなのかもしれない。
『私は彼らのような、追放者たちを集めて寄り合いを作っている。いわば、【追放者ギルド】のギルドマスター、と言えばよいでしょうか』
「追放者ギルドだと。バカな、そんなギルド、協会に登録されていないぞ」
『ええ、非公式の組織ですからね』
いよいよもって雲行きが怪しくなってきた。
イランクスは、ドストエフスキーが連れてきた、追放者達に目を向ける。
彼らの目は皆、憎しみで濁っていた。
だが強い怒りの炎が、瞳の奥に見て取れる。
ぞくり……と背筋に悪寒が走った。
「わ、わしは結構だ」
『本当に、よいのですか? アクト・エイジに復讐する力……欲しくないですか?』
ドストエフスキーがうなずくと、ザルチムが前に出る。
「うぐ……ぐおぉおおおお!」
ボコボコ! とザルチムの肉体が膨れ上がっていく。
筋骨隆々の巨漢へと変貌を遂げると、その拳を握りしめて、壁に向かって殴りつける。
凄まじい破壊音とともに、イランクスの家の壁が破壊された。
その衝撃波は家の天井すらも破壊し、あとには何も残らなかった。
「す、凄まじいパワー……っておい! わしの家を! ……な、なんだと?」
愕然と、イランクスはつぶやく。
壊されたはずの家は、次の瞬間には元通りになっていた。
「ば、バカな……壊された家が、どうして?」
『それが彼に【与えた】才能ですよ』
「才能を……与える、だと?」
『ええ、私は望む才能を、他者に与えることができるんです』
才能を開花させる力。
それは、誰かを彷彿とさせた。
「お、おまえ……アクト・エイジなのか?」
『まさか。彼と私は全くの別ものです。彼はその人が本来持つ力を見抜き、引き出すに過ぎません。ですが……私は違う』
ドストエフスキーは自分の胸に手を当てて言う。
『望みを叶えるのに、最適な才能を、追放者様にご提供できるのですよ』
確かに、アクト・エイジとは違った。
彼はあくまで、天から与えられし、秘めたる才能を引き出しているだけ。
一方でこの悪神は、望む能力を、望む本人に与えている。
『欲しくないですか? 彼に復讐する力を』
あの強大な力を目の当たりにして、欲しくないと言ったら嘘になる。
アクト・エイジ。
やつを失ってから、人生が全て上手くいかなくなった。
『私のギルドに所属すれば、あなたは力を手にする。そうすれば、またかつてのような栄光を手にできましょう。そして見返してやるのです。アクト・エイジに。自分を捨てていった者たちに』
それはまさしく悪魔のささやきだった。
今、彼の手の中には、何も残されていない。
だが心の中では、自分を見限った者たちへの、見返してやりたいという、肥大した欲望が渦を巻いている。
「欲しい……わしは……わしをコケにしたやつらに、復讐する力が、欲しい!」
『我がギルドへの加入に、合意していただいたとみなしてよろしいですね?』
「ああ! 貴様のギルドに入ってやる! それでアクトに復讐ができるなら!」
にぃ……! と笑うと、ドストエフスキーが近づいてくる。
『では、契約成立ということで』
彼はイランクスの眉間を、つん……と指でつつく。
その瞬間だった。
「う、ぐ、うがぁあああああああ!」
突如としてイランクスが苦しみ出す。
「き、貴様ぁ……! なにをぃおおお!」
頭の中を何かが這いずり回っている。
記憶が、意識が、なにか別のものへと変えられていくような感覚。
それと引き換えに、体には凄まじいまでの強大なエネルギーがなだれ込んできた。
『そうそう。言い忘れていました。確かに私は他者に才能を与えることができます。ですが……』
にぃ……と邪悪に笑う。
『それは決して、追放者様ご本人が望む才能とは限りません』
「き、さま……騙したなぁあ!」
『誰も、本人が望む才能とは言ってないでしょう?』
イランクスは異形の化け物へと変貌した。
それは、彼の中に秘められていた、アクトへの憎しみを、具現化したかのような……醜い姿だった。
『私のギルドは、私の望みを叶えるべく作られた組織です。あなた方のような弱者を食い物にして、私の都合の良い駒にかえ、悪事を働くためのね』
『アクト……エイジぃいいいいいいい!』
化け物となったイランクスをはじめ、ザルチムたちに、ドストエフスキーが言う。
『さぁ、参りましょうか、追放者の諸君』
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