04.落ちぶれたギルドマスター【イランクス】
ギルドマスター・アクトに仕えるメイド、フレデリカの朝は早い。
朝4時半に起床し、身支度を調える。
アクトの住む屋敷は、そこまで広くないものの、しかし使用人を雇う程度には面積がある。
フレデリカはピシッとした格好で廊下を歩き、他の使用人たちのもとへ向かう。
すでに使用人たちは動き出しており、朝から屋敷を清掃していた。
ほどなくルーティンの仕事が終わったあと、朝礼が始まる。
「みなさん、おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
彼の屋敷に住み働く者は、みな訳ありのものたちだ。
元奴隷、獣人など、居場所を失い、途方に暮れていたところを、アクトが拾い雇ったのである。
「フレデリカ姉さま!」
料理長の娘が、手を上げていう。
「アクトさまが、あたしのケーキを食べてくれたってほんとうですかっ!」
まだ10にも満たない獣人の女の子が、元気よく言う。
「ええ、良い仕事だと、おっしゃってました」
「やったー!」
「「「くぅ……! いいなぁ……!」」」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる娘を、使用人たちが悔しそうに見やる。
「くそっ! アクト様に喜んで貰えるなんて! うらやましいぞ!」
「あたし、アクト様にもっともっと喜んで貰えるよう、料理の腕を上げる為お母さんから勉強しますっ!」
使用人達はみな、アクトのことを心から尊敬し、好いている。
行き場をなくした彼女らをも、『才能を埋没させる方が無駄だ』といって拾い育てたからだ。
「ところで、フレデリカの嬢ちゃんよ」
門番担当のドワーフが、手を上げていう。
「また【アイツ】来てるぜ? 昨晩からずぅっとな」
使用人達がみな、くしゃ……と顔をしかめる。
全員が、【彼】に対して悪感情を抱いている。
さもありなん、彼らの大好きで尊敬すべき主人を【追放】した張本人だからだ。
「【ゴミ掃除】はわたしに任せて、みなは各自の仕事をこなすように。いいですね?」
「「「了解です!」」」
ややあって。
フレデリカは屋敷の外へ出て、朝霧のなかを進んでいく。
屋敷の物陰からこちらをうかがう不審者が一名。
「当家に何か、ご用でしょうか?【イランクス】様?」
イランクスと呼ばれた、ハゲて太った男が、びくんっ! と体を硬直させる。
「わ、わしは怪しいものじゃあないぞぉ! 大規模冒険者ギルド【生え抜きの英雄】でギルドマスターをしているものだぁ!」
「元、大規模ギルドの間違いでしょう、イランクス様?」
冷たい視線を向けるその中年男は、かつてアクトを追放したギルドマスターだった。
「こ、これはこれはフレデリカ嬢ではございませんかぁ~?」
手をこすり、ヘコヘコと頭を下げるイランクスからは、かつての威厳など微塵も感じられない。
「アクト【様】はご機嫌いかがですかぁ?」
驚くべきことに、イランクスは追放者である【アクト】に対して、様付けをしていた。
それほどまでに、彼我の実力差が開いている、ということだ。
「主はまだ就寝中です。御用向きの際はアポイントを取ってからきてください。こんな朝早くから来られても迷惑です」
「も、申し訳ない! しかしアクト様は多忙ゆえアポも全然取れなくて……」
こうして夜から明け方まで、張り込みを行い、タイミングを見計らっているのだ。
「何のご用ですか?」
イランクスはその場にしゃがみ込み、深々と頭を下げる。
「アクト様にぜひ! わがギルド【生え抜きの英雄】に! 戻ってきていただきたいのですう……!」
またか、とフレデリカはため息をつく。
「アクト様を愚かにも追放してから早数年! 我がギルドは衰退する一方! 彼の卓越した鑑定眼と、育成術があったおかげで我がギルドは回っていたと気付いたときには時すでに遅し! 今やもう潰れる一歩手前なのでございますぅう!」
同情を買う作戦なのか、情けない声をあげながら、イランクスが土下座をする。
「もう一度我がギルドにきて、立て直していただきたく存じます!」
フレデリカは、ゴミを見るような目で、吐き捨てるように言う。
「お断りです」
「なっ!? なぜぇ!?」
「アクト様を理不尽に追い出しておいて、戻ってこいというのは少々虫が良すぎるのでは?」
「そ、それでは我がギルドとアクト様の【天与の原石】とで、手を組むのはどうでしょう!」
「論外です。こちらに一切メリットがありません」
【天与の原石】は、数年前に立ち上げられたというのに、今や王国で名うての冒険者ギルドに選ばれるほどになった。
かつて栄華を極めた【生え抜きの英雄】とは、真逆の運命を辿っている。
「お帰り下さい」
「待ってくれぇ! アクト様は弱者を救済なさる、慈悲深き御方なのでしょぉお? わしらも助けてくださいよぉ……!」
フレデリカの足にすがりつくイランクスを見て……彼女は珍しく、感情をあらわにした。
「……いい加減にしろ、虫けらが」
ビキッ……! と地面が【凍り付いた】のだ。
フレデリカの体からは、青白い光が立ち上る。
その頭には【オオカミの耳】、そしてお尻からはしっぽが生えている。
「……あの日、アクト様を追放しただけでなく、部下を使って彼を【殺しかけた】罪を、忘れたとは言わせぬぞ」
「ひぃいいい!」
イランクスの体が、頭部を残して凍り付けになる。
「マスターは弱者に手を差し伸べ希望を与える。だがそれは善良なる弱者を助けるためにやっていること! 貴様のような真の悪に向ける慈悲などありはしない!」
フレデリカの体が光り輝き、そこにいたのは、巨大な【オオカミ】だ。
「あ、ふぇ、フェンリル!? 最難関ダンジョン【氷獄】のモンスターがどうして!?」
……いかん、とフレデリカは首を振り、人間の姿へと戻る。
「失礼、取り乱しました」
パチン、と指を鳴らすと、氷が溶ける。
「アクト様に取り次ぎたい意思は承知しました。ただ、あなたはその前に、まずすることあるのでは?」
「す、すること?」
「ご自分で、ギルドを立て直す努力をするべきかと」
冷たく言い放つフレデリカに、イランクスが首を振る。
「わ、わしには到底無理だ!」
「アクト様を役立たずと追放したのですから、あなた様はさぞ、優秀なのでしょう?」
そんなわけがないのを承知済みで、彼女が言う。
「マスターに頼るのは、まだ早い。まだあなたは、ご自分のところで頑張れるはずです」
話はこれで終わり、とばかりに、フレデリカはきびすを返す。
「わたしの正体をバラすのは自由ですが、その際命の保証はないと、忠告しておきますね」
泣きわめきながら、イランクスは去って行く。
アクトに近づく害虫を払い、ホッと吐息をつく。
目を閉じ、主人の言葉を思い出す。
『行き場がないなら俺の元へ来い』
『その力を地下で腐らせておくのは資源の無駄だ』
『俺の作る理想のギルドに、おまえが必要なんだ』
恐らく今後も、同じように、ロクでもない人間が主に近づいてくるだろう。
だが彼女の決意は変わらない。
「マスターはわたしが守る。あなたが、理想を貫けるように」
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