35.悪徳ギルドマスター、悪行の限りを尽くす③
その日の午後、俺はユイとともに町長の元へ行って、ギルドへと帰ってきた。
ギルド会館の裏手に馬車を止めてもらい、入ろうとしたその時だ。
「あれ? みなさん何してるんでしょうか?」
数人のギルメンたちが、しゃがみこんで何かを囲んでいる。
「あ、ギルマス!」
「裏口で何をしている貴様ら?」
「実はこの子を見つけまして」
ギルメンたちが指さす先に、小汚い猫がいて、隅っこで震えていた。
「わぁ! 可愛い猫ちゃん!」
ユイが目を輝かせて、猫を抱き上げる。
黒い猫だが、四肢が靴下をはいているように白かった。
「うちにつれて帰りたいのはやまやまなんですが、宿屋でして……」
「おれ独り身ですし面倒見れなくて……」
ちらちら、とギルメンたちが俺を見てくる。
「なんだ、その目は?」
「いや、腹空かせてそうで、可愛そうだなーって」
「寒くて震えててかわいそうだなーと」
ユイは意を決したようにうなずく。
「わ、わたし、この子連れて行きます!」
俺はユイから、子猫を取り上げる。
「バカ言え。おまえ、孤児院住まいだろ。猫なんて飼う余裕があるのか?」
「う……それは……」
「こいつは俺が処分しておく。ユイ、後処理は任せるぞ」
「あ……アクト様……」
しゅん、とユイが肩を落とす。
一方でギルメンたちがポンポン、と彼女の頭をなでる。
「だいじょぶ、だいじょぶ」「ユイちゃん心配ないよ」
「どういう……?」
★
翌日。
俺が部屋で仕事をしていると、ユイがさっきから、チラチラと俺の様子をうかがってきた。
「なんだ、朝からチラチラと」
「いえ……あのぉ……昨日の黒猫ちゃんはどうしたのかなぁと」
「ああ、あの猫か。ちゃんと処理しておいたぞ」
「しょ、処理……? ま、まさか……殺……」
「まず熱いお湯にいれてやった」
「え?」
「次に猫の口に無理やりミルクをつっこんでやった」
「え、えっと……お風呂に入れて餌まであげたってことですか?」
「勘違いするな。腹が減ったとやかましかったから、黙らせただけだ」
するとなぜかユイは表情を明るくさせる。
そこへ、昨日のギルメンたちが、部屋へやったきた。
「ギルマスー! 猫ちゃんみせてくださいよー!」
「またか。きちんと自分たちの仕事をしたんだろうな?」
「ばっちりっすよ!」
ギルメンたちは俺の執務机へと近づいてくる。
「ユイちゃんもみたいでしょ?」
「え? いったい何を……?」
俺の足元に、箱が置いてある。
毛布と、暖を取るための水晶(魔道具)に挟まれて、猫がすやすやと寝息を立てている。
「昨日の猫ちゃん!」
しゃがみこんで、ユイが子猫の頭をなでる。
「でも、処分したんじゃ?」
「俺が飼うことにした」
「ほんとですかっ! ありがとうアクト様!」
「勘違いするな。あのまま猫を捨てたら、貴様やギルメンたちの士気を下げることになったからな」
猫を飼うくらいの金銭的な余裕はあるしな。
「なんだかんだ言って、弱ってる動物も見捨てられないんだもんな」
「さすがおれたちのギルマス、人にも動物にもやさしいぜ」
ギルメンたちが猫の頭をよしよしなでながら言う。
「そーいやユイちゃん、ギルマスんちって行った事ある?」
「? いえ、ないですけど?」
「じゃ今度行ってみるといいよ。すげえから」
俺はため息をついて、しっしっと手を払う。
「貴様ら仕事に戻れ。猫の面倒を見るのは俺の仕事だ」
「「へーい」」
ギルメンたちが部屋から出て行く。
俺は時計を見て時間を確認すると、魔法瓶からホットミルクを取り出す。
脱脂綿にミルクをしみこませて、子猫の口に近づける。
「ごはんですね」
「ああ。このくらいの猫は定期的にミルクをやらないと脱水で死ぬからな」
「詳しいんですね」
ニコニコしながら、ユイが俺を見る。
「なんだ?」
「いえ、手慣れてるなと思いまして」
「まあな」
「今日、アクト様のお屋敷に行ってもいいですか?」
「好きにしろ」
★
その日の仕事を終えて、俺はユイとともに屋敷へと戻る。
庭にある別邸にて。
「わぁ! もふもふがいっぱーい!」
多くの犬や猫たちが、俺たちめがけて走って来る。
犬も猫も、俺に体をこすりつけたり、舌でなめてきた。
「おや、マスター、お帰りなさいまし」
「何をしているフレデリカ。貴様今日は非番だろうが」
「この子たちと戯れておりました」
俺は動物たちの餌を用意しに行く。
そのあとを、彼らがドドドとついてくる。
「フレデリカさま、あのわんわんたちは?」
「虐待や捨てられていた動物たちを、マスターは保護し、飼っているのです」
「な、なるほど……だから手慣れていたのですね」
「ちなみにマスターの手によって立派に成長した動物たちは、新しい里親に譲渡しているのです。結構好評で、国外からもマスターの動物が欲しいと問い合わせてくるほどなんですよ」
俺は動物たちの状態を鑑定眼でたしかめて、適切な量の餌を与える。
「アクトさまはとてもお優しい素晴らしい方ですね!」
「ええ、この世の誰よりも慈悲深い素敵な殿方だと思っております」
餌をやり終えたあと、俺は彼女たちの元へ向かう。
「勘違いするな。別に慈善事業でやっているわけじゃない」
「どういうことです?」
「マスターは保護動物たちを使った喫茶店も経営しているんです。聞いたことありませんか? 猫カフェ」
「! 知ってます知ってます! 最近若い子たちにとーっても人気のあるやつですよね! 猫ちゃんと一緒にお茶が飲めるっていう……ま、まさかアクト様が経営なさっているんですか!?」
「そのとおり。全国規模で支店がある猫カフェをはじめとし、動物の譲渡を兼ねた様々な事業を展開しているのです」
フレデリカが自分のことのように、胸を張って言う。
「す、すごい……アクト様、冒険者ギルドのギルドマスターだけじゃなくて、経営者としても一流なんですね!」
あくまでも動物取扱事業は、色々やっている事業の一つではあるが、なかなかリターンのあるおいしい仕事である。
競合相手は今のところゼロだし、若者からお年寄りまで、幅広い層が利用している。
動物を使った金もうけはなかなかに実入りが良い。
「あの、この子猫も誰かに譲渡するんですか?」
「無論だ」
「……そう、ですよね。大事にしてくれる、ちゃんとした人にわたったほうが幸せですもんね」
ユイが寂しそうに子猫の頭をなでる。
「ユイ、その猫を飼う意思はあるか?」
「あります! けど……今は孤児院住まいなので……」
「あと数年すれば貴様も社会人となり、孤児院を出るだろう。そのときまで、うちで保護していてもいい」
「! ほ、ほんとですか!?」
「ああ。ただし、仕事終わりには必ず、この猫の面倒を見にここへ来ることが条件だ。できるか?」
「できます! やった! 猫ちゃんねこちゃーん!」
ユイが嬉しそうに、黒猫を抱きしめる。
「ありがとうアクト様!」
「良かったのですか、マスターもあの子をたいそう気に入っていたのに」
「…………」
「おやおやマスター? いつものように『勘違いするな。別に気に入ってなどいない』と言わないのですかー? あいたっ」
「余計なことを言うな。貴様も捨て犬にするぞ」
「それは困ります。拾ったのはあなた様なのですから、最後まできっちり面倒を見てもらわないと」
フレデリカはそう言って、微笑むのだった。
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