34. 追放されたハーフエルフと愚かな王子【ドラニクス⑦】
アクトがドラニクス達の野望を打ち砕いてから、そこそこ経過したある日のこと。
ハーフエルフ・ミードは、アクトの部屋に呼び出しを食らっていた。
「アクトさん! 久しぶり!」
ソファセットに移動し、ふたりは腰を下ろす。
「故郷の復興は、進んでいたか?」
「うん! 大変だけど、みんな生き生きしながら働いてた!」
ミードは先日まで、彼女の故郷であるエルフの小国に行っていた。
無論、冒険者として、クエストという形での派遣だ。
現在、彼女の故郷は、下記の状況にある。
・現国王、および次期国王は、先王殺人の罪で逮捕。そのまま犯罪奴隷となった。
・国王が不在の中、実は王族の隠し子だった騎士団長が、急遽国王の座につく。
・新国王は、殺された先王同様に、ハーフエルフに対して寛容な人物だった。
・現在、ハーフエルフ、エルフ、そして他国の難民など、多種族を幅広く受け入れる国として、再出発したとのこと。
「騎士団長……じゃなかった、現国王がアクトさんに、くれぐれもよろしくって言ってたよ」
「それはそうでしょう」
メイドのフレデリカが、お茶を入れて、ミード達の目の前に出す。
「今、国が立ち直っているのは、マスターの援助があってこそですからね」
アクトは現在、ミードの故郷に多額の支援金を送っている。
さらにアクトの呼びかけで、エドワード王太子を初めとした国々が、彼女の国を支援していた。
結果、ドラニクスが作った魔導人形を発端とする負債は、綺麗さっぱりなくなったのだ。
「ありがとね。アクトさんの支援がなきゃ、国がヤバかったって国王さん言ってたよ」
「そうですね、今頃赤字まみれで全員奴隷商人に売り払われていたところでしょう」
ミードは深々と、頭を下げる。
「あたいのために、そこまでしてくれてさ、ほんと……感謝してもしきれないよ……」
するとアクトはフンッ、と鼻を鳴らす。
「貴様が気にする必要はない。俺は自分のためにやっただけだからな」
「え……?」
「俺は単にエルフとの太いパイプが欲しかっただけだ。それに新エルフ王にもデカい貸しができたし、魔導人形の権利が手に入ったことで俺の懐は潤った。俺の方が礼を言いたいくらいだ」
きょとん……と目を点にするするミード。
「ようするに、ミード様が気に病まないよう、マスターなりのフォローを入れているのですよ。ねぇマスター?」
アクトはフレデリカを無視して、紅茶を啜る。
「ほら、否定しない。この人都合が悪くなると聞こえないフリするんですもの」
「なにか言ったか?」
「さすがマスターと、いつも通り感心しただけです」
「そうだぜ! アクトさんは最高に優しいギルドマスターだぜ! あたい、心からあんたのこと尊敬するぜ!」
フンッ……とアクトがそっぽを向いて、紅茶を啜る。
「照れてんのか?」「ええ、照れてますね」「ギルマスって案外可愛いな」「ええ、ですがわたくしのマスターです。譲りませんからね」
ふぅ、とアクトがため息をつく。
「ところでミード。そろそろ本題に入ろう」
アクトが鋭い目つきで、ミードをにらみつけていう。
「今日貴様を呼び出したのは他でもない。ミード、貴様を今日限りで、天与の原石から追放する」
ギルマスからの、突然の追放宣言。
だがミードは平然としていた。
「貴様はテイマーとしても弓使いとしても一流の腕を手に入れた。もううちのギルドではどちらも手に余る。そこで追放することにした」
「ふーん……急だね」
「ああ。荷物をまとめてさっさとギルドを出て行け。ミード」
控えていたメイドが、ミードに書状を渡す。
「次の就職先だが、貴様の国の新エルフ王が、使える弓使いを探していてな。副騎士団長のポストを用意したから、そこへいけ」
「副騎士団長……」
「……やれやれ。それのどこが理不尽な追放なのでしょうか。単に仲間達の居る故郷で、働けるように、ポストを用意して送り出してあげただけではありませんか」
ミードの故郷と、こことではかなり距離が離れている。
冒険者をここで続けるよりは、仲間が側に居た方が良いという、アクトの配慮だった。
しかし……。
「せっかくだけどさ、アクトさん。あたい、副騎士団長にはならないよ」
「なんだと……?」
書状をフレデリカに返して、頭を下げる。
「……今後は、どうするつもりだ?」
と、そのときだった。
「それはおれが答えよう!」
「ローレンス……」
ドアを開けて入ってきた大男は、勇者ローレンスだ。
「ミードはおれの、勇者パーティで働くことになった!」
「なんだと……?」
アクトはローレンスをにらみつけていう。
「貴様からの打診は、断ったはずだが?」
「? どーゆーこと?」
フレデリカはそっと、ミードに耳打ちをする。
「……実はローレンス様からも、ミード様をパーティに入れたいという打診を受けていたのです。ですが、勇者となればあなた様が故郷にいられる時間が短くなるからと、断ったのですよ」
どこまでも、部下のためを思って、次の仕事場を用意してくれる。
アクト・エイジという男は、たとえここを立ち去る者に対しても、最大限の幸福を用意して送り出す。
アフターケア抜群ゆえに、出て行った後も、みな彼に力を喜んで貸すのだ。
「……あたいのために、そこまで考えてくれるなんて……」
ふぅ……とアクトがため息をつく。
「良いのかミード。貴様、病気の母親がいるのだろう?」
するとミードに代わり、ローレンスが答える。
「それは心配ないぞ! おれのパーティの回復術士が、たちどころに病気を治してみせたからな!」
「そうか。優秀な回復術士もいたものだな」
ちなみにその回復術士は、かつて天与の原石に居た追放ヒーラー・ルーナだった。
アクトのギルドを追放された後、勇者パーティに加わった次第。
「これで後顧の憂いもなく、おれのパーティに入れるようになった、というわけだ!」
「貴様はそれで納得してるんだな、ミード?」
彼女はハッキリとうなずく。
「もう十分すぎるほど、あんたに色々良くしてもらった。だから、今度はあたいが、その恩に報いる番。おかあちゃんにも、仲間達にも、そう伝えてきた」
「そうか。なら勝手にしろ」
ミードは立ち上がって、直角に腰を折って言う。
「今まで、大変お世話になりました!」
「俺の用意したポストを台無しにしてまで選んだのだ。もうここには戻ってこさせないからな」
「うん! ギルマスのために、一生懸命頑張るからな!」
ミードは勇者とともに、部屋を出て行った。
あとにはアクトとフレデリカだけが残される。
「解せんな」
「なにがでしょう?」
「故郷で副騎士団長をやるのが、あいつにとって最善の選択だったはずだ。なのに、どうして勇者パーティに入ったんだ? 俺のため? 理解できんな」
フレデリカは苦笑しながら、紅茶のおかわりを煎れる。
「確かに、故郷に帰れば、彼女は十分幸せに暮らせるでしょう。ですが、勇者パーティとして活躍すれば、勇者の一員を沢山育てたと【天与の原石】の知名度はあがります。魔王を倒せば言わずもがな」
つまり、とメイドは続ける。
「彼女は自分のためではなく、マスターのために、進むべき未来を選んだのです」
ずず……とアクトは紅茶をすする。
「それが解せぬと言っているのだ。人は自分の幸せを一番に考えて行動するものだろうに」
フレデリカは微笑みながら言う。
「恐れながら、マスターはもう少し、皆からとても愛されていることを、ご理解くださいまし」
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