30. 追放されたハーフエルフと愚かな王子【ドラニクス③】
一方その頃、ドラニクスは私室にて、秘蔵のワインを片手に、優雅に嗤う。
「くく……これで目障りな穢れた血どもを、ようやく排除できましたね、父上」
彼の正面に座っているのは、ドラニクスの父バラニクス。
この国の国王だ。
「うむ。その通りだ我が息子よ。純粋なエルフのみがいる。これこそ、この国のあるべき姿なのだ」
国王はワインをあおり、舌の上で転がすようにして味わう。
「それをあの目障りなクソ兄貴め。なにがハーフエルフも我らと同じだ、だ。ふざけるな、人の血が混じってるまがい物ではないか」
「その通りです父上。所詮ハーフエルフは、我ら森人に遠く及ばぬ劣等種。それをエルフと同格に扱うなんて。侮辱にも程があります。殺して、正解でしたねぇ~」
「おっとドラニクス。それは我らだけの秘密であろう?」
「良いではありませぬか。死人に口なし。先王暗殺を企てた張本人が、まさか王族とは、絶対誰も気づきませんよ」
ガタッ、とどこかで物音がした。
「ん? なんだ? ま、まさか聞き耳を立てたやつがいるのかっ」
「父上、ご安心を。鳥でございます」
窓の外にはカラスがいた。
「なんだ、脅かしよって。ところでドラニクスよ。ハーフエルフたちの代わりの労働力についてだが」
「ええ。先日、僕が開発した【魔導人形】が、しっかり働いてくれておりますよ」
「魔力で動く人形か。疲れを知らない、我らに刃向かわない、命令したとおりに24時間動く……なんと素晴らしい! さすが我が息子、見事なものだぞこれは!」
「お褒めいただき光栄です父上」
ドラニクスは勝利の美酒をあおりながら、満足げにうなずく。
邪魔者を排除し、なおかつ自分の有能っぷりを印象づけることに成功した。
これで次期国王は自分で確定したも同然……とドラニクスは最高に良い気分で居た。
「魔導人形を使えば、これでもう我らは働く必要はなくなるな。うむ、これを国中に普及させよう……!」
魔導人形を作るのもまた、魔導人形だ。
生産ペースをあげろ、と命じるだけで、あっという間に大量の人形が完成する。
「まったく、素晴らしいな魔導人形! 無敵ではないか! それを開発したドラニクス、さすがは我が自慢の息子だぞ!」
「くく……ありがとうございます父上」
バラニクス国王は、有能な息子に育てた自分の教育の腕に。
ドラニクス王太子は、自らの魔法技術の腕に。
それぞれが、酔っていた。
「穢れた血どもも、バカなことを言ったものだなぁ。なにが自分たちがいなくなれば大変なことになるだ!」
「ほんとですよ父上ぇ~。僕の作った魔導人形は完・璧! 完全無欠、どこにもほころびのない、まさに我が叡智の結晶とも言える代物! 穢れた血程度ができることなど、完璧以上のパフォーマンスをもって実行してみますよぉ~」
ゲラゲラと楽しげに親子は笑う。
今夜は間違いなく、彼らにとって人生の絶頂期だった。
……彼らは知らない。
ここからが転落の始まりであることを。
魔導人形は、たしかに命令されたことに【忠実】に動く。
たとえば馬の管理。
何時にエサをやれと命じれば、その通りにエサをやる。
馬の体調など、一切気にせずにだ。
たしかに魔導人形は優秀なツールかもしれない。
ハーフエルフたちの行っていたことを、それ以上の効率で実行可能かも知れない。
だが、彼らにないもの、それは、思いやりの心だ。
魔でできた人形に、人特有の気配りというものは、できなかった。
……結果、その日の夜、国が所有する獣たちが暴れ出したのだった。
★
ミード加入から、幾日か後。
ギルドマスター・アクトは、ミードを連れて、とある場所を訪れていた。
そこは、人が決して踏み入れないような深い森の中。
霧の結界で守られたそこに、目的地はあった。
「アクトさん。ここって……?」
「ケンタウロス達の隠れ里だ」
「え、えええ!? う、うそぉ!」
ミードは目を剥いて言う。
人馬、それは知性ある高位の魔物である。
彼らは魔獣であるが、人と関わることを極力避けていた。
人と関わっても、百害あって一利なし。
それが、森の賢者ともいえるケンタウロスたちのモットーである。
『アクト殿』
若いケンタウロスがアクトに気づいて、近寄ってきた。
「ヒュース。悪いな、無理を言って」
『いえ、他でもないアクト殿の頼みだ。喜んで引き受けますよ』
ミードは目を剥く。
「す、すごい……あの森の賢者ともいえるケンタウロスが、アクトさんに敬意を払っているなんて……何者なの、アクトさん?」
「言っただろ。ただのギルドマスターだ」
「いや、全然普通じゃないし……」
一方でヒュースは、ジッ……とミードを見つめる。
「な、なによ……?」
『小娘。名乗れ』
「ミードだけど……」
『ではミード。これを貸そう』
ヒュースは魔法で短弓を作り、彼女に手渡す。
『これで的を射貫いてみろ』
「は? 的……? 待って待ってどこにあんのさ! 霧で全然見えないんだけどっ」
深い霧に覆われており、視界は不明瞭だ。
『おまえは耳が良いときいた。風の音を耳で捕らえてみろ』
「いや……意味わかんないんだけど……」
ケンタウロスが一言二言レクチャーする。
ミードは半信半疑で、弓を射った。
「ほら、当たらない」
「いや、きちんと当たったぞ。見てこい」
アクトに言われて、ミードは首をかしげながら奥へと進む。
的が置いてあり……そして、中央に矢が刺さっていた。
「う、うそ……何で当たってるってわかったの?」
「俺の目は、おまえが矢を見事当て、喜ぶ未来が見えた」
「ギルマス……やっぱあんたの目、規格外すぎるよ……」
ヒュースは近づいてきて、的を見て感心したようにうなずく。
『さすが、アクト殿が連れてくるだけのことはある。彼女は弓の天才だ』
ミードは生まれてこの方、弓を扱ったことは一度もなかった。
それなのに、この深い霧の中、遠く離れた的を射貫いた。
確かに、凄まじいまでの弓の才能だった。
「ミード。今日からヒュースに師事して、弓の訓練をやれ」
「わかった。【テイマー】の訓練はどうすんの?」
「偵察訓練は続けて、弓の方に今は比重をおけ。さすれば貴様は生まれ変わる。誰も穢れた血だと、バカにできない最強の存在へとな」
アクトはミードの頭をなでる。
彼女は笑顔になって、ヒュースを見て、頭を下げる。
「よろしく、お願いします!」
『任せろ。本来我ら人馬は人に力を決してかさない。だがアクトの頼みならば特別だ。貴様に我らの技術を伝授しよう』
アクトはうなずくと、ミードを残して、踵をかえす。
「ギルマス、どこいくの?」
「俺は俺のやるべきことをする。貴様は自分のことに集中しろ」
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